「皆さん、準備が整ったようだね」
審判を務めるのは、明泰学園長。
そちらへ視線を向けると、向かって見上げるほど上部に観覧席のような場所があった。
誰かが居る。
……もしかしたら、上木さんが身に来ているかもしれない。
「じゃあ、ホイッとな」
ちょっと腑抜けた声で、明泰学園長は手に持つ何かを押す。
すると、いつも学園で見ているような光景が始まる。
――疑似ダンジョン生成。
いつ見ても慣れるものではない。
何もない無機質な壁と床と天井が、みるみるうちに様変わりしていく。
毎度思うのけど、これが視覚的なものだけならば納得がいくんだけれど、触れても物体として認識し、そこには感触もある。
どういう技術なんだ、とは幾度も思うけれど、物凄く現実的で緊張が漂ってきて、本当のダンジョンとはきっとこんな感じなのだろう。
「よし、これで場所の準備も完了っと。じゃあ、バフの準備とか始めちゃってね。後はカウントダウンするから」
光崎さんたちとはそこまで離れていないのだろうけど、不思議なものだ、目の前に木々や岩などの障害物があるだけで距離があるように感じる。
そして、バフをかけている今もその声が聞こえない。
「光崎さんの幻覚スキルは、マジックバリアで一度だけ無効化できる。そして、たぶん再使用可能までの時間で勝敗が決まる」
「……でも、戦闘中にそれをかけると、相手に悟られて対象を変更されちゃうんじゃない?」
「うん、だから賭ける」
「え、志信くんがそんなこと言うんだね。ちょっと驚いた」
「まあね。賭けと言っても、正直負けの確率の方が高い。一華は大盾があるから、スキルにかかることはないんだけど、桐吾・一樹・結月の三択で選ばないといけない」
「そうなると、結構難しいね。どうすればいいのかな……」
「だけど、僕はもう決めてるんだ」
そう、3人の中で最も可能性が高い人。
「一樹に託そうと思う」
「え、俺?」
「うん。予想でしかないんだけど、開幕速攻で前衛同士がぶつかり合うと思う。その時に兄貴を真正面から止められるのは一樹しかいない」
「そ、そうなのか?」
「確かに。お兄さんが一度でも足を止めてくれるなら、僕でも大丈夫だと思うけれど」
「あの見たまんまの感じで突進してくるなら、無理無理っ」
「だから、一樹のパワーに賭けたいと思う。一樹だったら、兄貴とやり合えると思う」
「……わかった」
「後は、掛け声を忘れずに。スリー・ツーを」
これで準備は整った。
その意を込めて、明泰学園長へ視線を送る。
「両パーティの準備が整ったということで。カウントダウン! 5――4――3――2――1――始めッ!」
――開戦。
「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「みんな、来るよ!」
予想的中。
いや、そんなことは最初から分かり切っていたことだ。
覇気が込められた雄叫びはどんどん近づいてくる。
焦るな、判断を見誤るな。
「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
来た。
全速力で駆け、姿を現す兄貴。
「一樹!」
「おうよ!」
一樹は片手に剣を握り締めながら突進してくる兄貴の前に立ち塞がる。
「次も来るよ!」
美咲の声に他のみんなは兄貴の後ろに視線を送る。
そこには、残り全員の姿が。
やはり、開幕速攻の総力戦。
次に来るのは光崎さんの幻覚スキル。
兄貴を止めにかかる一樹へかけるはずだ。
「おっらあああああああああ」
「負けねえ!!!!」
一樹の大斧と兄貴の剣が凄まじい音を鳴らしぶつかり合う。
一撃、二撃、三撃。
鬼気迫る撃ち合いは続く。
頼む一樹、勝ってくれ!
「私だっていくよ!」
彩夏は後方から駆け寄るメンバーへ、行動阻害を試みる。
直接こちらへ真っ直ぐ進めないように、一瞬にして足元が炎・氷・雷の魔法が散りばめられた。
流れは順調だ。一樹は兄貴の怒涛の攻撃を防いでいる。だけど、やはり兄貴は兄貴。攻撃が一樹の体に届いている。対して兄貴は一度も攻撃を食らっていない。
でもこれは対人戦。いくらでも回復できる。
「桐吾、結月そろそろだ」
「わかった」
「はいはーい」
彩夏の行動阻害もそう長引きはしない。
もう少ししたら相手は一気に飛び込んでくるだろう。
「一華、叶もそろそろだ」
「うんっ!」
「はいよ」
「美咲、ここからだ」
「うん!」
燃える心とは逆に、頭は冷えるほど冷静だ。
このまま順調に行けば、僕たちなら勝てる。
ん? このまま行けば……?
そうだ。
なんでこのまま、なんだ。
なんで兄貴は回復をし続けている一樹に対して、あそこまで変わらず張り合っているんだ。
上級生だから? 鍛錬の鬼だから? 意地があるから?
いや、そんなものであんな人間離れした力が出せるわけ……。
そうだ。
なんでこのまま、なんだ。
物理攻撃や魔法攻撃を完全無効化するバリア系のスキル。
それは絶対的なものには変わりないはず。
だけど、発動すれば必ず赤光する破片が飛び散る。
どういうことだ。
――幻覚スキルは、対象の記憶に作用するものだ。
あの時、光崎さんはそう言っていた。
もしかして……敵に使用して一時戦闘不能以外に、仲間に使用して孤軍奮起させることにも使えるってことなのか!?
だとしたら、マズい。
一樹だけで対処させるのではなく、今の内に全員で兄貴を仕留めに行かないと!!
「みんな、予定変更だ! 今の内に全員で兄貴を――」
だが、遅かった。
「うおらあぁああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ぐはっ」
「志信、行くぞおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「くっ、はっ」
一樹が兄貴の強烈な一撃によって吹き飛ばされてしまった。
そこからはほぼ一瞬の出来事。
兄貴が一直線で僕に突進、一華や叶が間に入ってくれたけど、それは虚しくも薙ぎ払われてしまった。
そして目の前。
盾で攻撃の軌道をずらそうとしたけど、そんなものは無意味だった。
圧倒的力の差、圧倒的力の暴力。
僕の盾ごと攻撃を打ち込められ、一撃で後方に薙ぎ飛ばされてしまった。
攻撃と着地の衝撃によって、僕は気を失い戦闘不能状態に陥ってしまう――。