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第68話『迷うな。仲間を信じて、自分を信じるんだ』

「キミが志信君だね」

「はい……?」


 書類渡された後、担当の先生からそんな声を掛けられた。


「何かありました?」

「いやね、噂はいろいろと聞いているよ。学園唯一のアコライトでありながらパーティノリーダーを務め、それだけには留まらず今回の学事祭で好成績を残し続けているんだってね」

「そんな大袈裟なことはしていませんよ」

「ふむ。しかもその謙虚さも持ち合わせている、か」

「志信君のお兄さん、あの兄にしてどんな弟かと思っていたけれど、全然違うじゃないか。良い意味で予想が外れてちょっと面白い」


 主旨がわからず、話が読めないため僕はつい首を傾げた。


「ああごめん。僕は三学年の非常勤講師をしていてね。逸真君を何度か授業で受け持ったことがあるんだ。入ったパーティがパーティだから随分と苦労していたよ。なんせ、あの光崎生徒会長のところだからね」

「え、そうだったんですか」

「ああ。一対一で話した時は、真っ直ぐな芯のある男の子って感じだったけれど、あの人と話している時は常に困り顔をしているよ」

「なんだか想像できます。妹たちが居るのですが、困ったり悪ノリしたりなんです」

「そりゃあいいね。立派なお兄ちゃんをしているというわけだ」

「その調子だと、学園でも変わりなさそうですね」


 あれ、今、兄貴が加入しているパーティに光崎さんが居るって言ってた? ってことは、兄貴もこの会場に来ているのか。

 食事会で見掛けなかったけれど、まあ顔を見回ったわけではないし見逃していたんだろう。

 ……そうか。つまり、もしかしたら兄貴と競い合う時が来るかもしれないのか。

 もしそうなったら、いつぶりだろうか。楽しみだ。


「志信君は自然でいいね。表情が柔らかいし緊張してない、心配がいらなさそうだ」

「そうですか?」

「まあね。試験官である身でこんなことを言ってはいけないのだろうけれど、みんな緊張の色が隠しきれていなかったからね。しかも、担当した子たちはかなりの人数が不合格になってるよ。これは他言無用でお願いね」

「はい、胸の内に留めておきます」

「じゃあそろそろ始めようか。準備は……大丈夫だね」

「よろしくお願いします」


 目をそっと閉じて脱力を意識する。

 大丈夫だ、大丈夫。

 僕には応えなければならない期待があり、僕を信じてくれる仲間が居る。

 前回みたいに幻覚を打ち破ってみせるだけだ。


「いくね――【ダゾール】」


 一瞬にして眠りについたような感覚が訪れた。




「大丈夫、このまま押し通せるよ!」


 美咲の掛け声に目を開く。


 目の前に広がるのは、夢で出てきたあの獰猛なモンスターと戦闘するみんな。

 見事な連携力により、強力な攻撃を防ぎ、回避している。

 頭に生やす角は飾りではないといわんばかりに、頭を下げて武器のように左右へ振っているが、そんな強力な攻撃をわざわざ防ぐ必要はないと、前衛のみんなは回避。

 隙を突いて背後や左右から結月や桐吾が空かさず攻撃を加える。

 巨大な石斧を振り回す攻撃は、あえて避けず一華が受け止め、そのタイミングを攻撃。

 彩夏の行動阻害の魔法スキルによって、素早い動きは完全に封じ込められている。


 みんながみんな、確実かつ堅実に自分の役割を果たす、見事な連携。


 僕も気を抜かず、集中しなくては。




「みんな、お疲れ様」


 そこからほどなくして、あの獰猛な名前も知らないモンスターを討伐できた。

 快勝だからか、とても心地良い達成感が体を支配する。


 だけど、みんなの様子は少し違い、各々が背中を向けていた。


「じゃあお疲れ様。ここでお別れだね」

「おつかれ、じゃあまたどこかで」

「おつおつー」

「お疲れ様」

「じゃあまたっ」

「またどこかで」

「じゃあな」


 あれ、みんなどうして。

 別れの言葉を告げ、みんなはそれぞれの方向へ歩き出した。

 僕たちはパーティだよね、みんなどこに行くの。


 誰を追いかければ良いんだ。

 誰を呼び止めれば良いんだ。

 どう声を掛ければ良いんだ。

 僕を、置いていかないでよ。

 僕は、まだ一緒にいたいよ。

 僕が実力不足なら頑張るよ。


 誰かを追いかけたわけじゃない。

 誰かだけを追いかけたわけじゃない。

 みんなを呼び止めるために走り出した。

 みんなとまだ一緒に居たいから走り出した。


 なんで、なんで。

 走っているのに、がむしゃらに走っているのに、なんで追いつけないんだ。

 誰か、誰でも良い、僕に気づいてくれ、止まってくれ。


 疲れが来たのか、足がもつれて転んでしまった。

 ぜえぜえと荒げた息をして、地面に視線が落ちる。

 なんで誰も気づいてくれないんだ。

 僕がダメなのか、僕のせいなのか。


「――」


 声! 誰かが僕に気づいて、来てくれたんだ。

 視線を上げると、そこには。


 靄の掛かる顔の人たち。

 そして、言葉が続く。


「やっぱりお前が役に立たないからみんなが離れて行ったんだ」

「身の丈に合ってないことをするからいけないのよ」

「だっせえ、お前みたいなのはそうやって地面を這いつくばってるぐらいがちょうどいいんだよ」


 どうして、今なんだ。

 僕を邪魔しないでくれ。

 僕はみんなのために……みんなのため……?

 みんなは、僕を置いて行ってしまった。

 じゃあ僕は誰のために頑張るんだ……?

 僕は1人じゃ何もできないじゃないか。

 誰かが居ないと、僕は何者でもない。


 あれ……僕は、何のために頑張っているんだっけ……。

 僕は……僕は……。


『俺は待っているぞ』。


 そんな声がどこからか聞こえてきた。


 そうだ、何を迷っていたんだ。

 そうだ、何を考えていたんだ。

 なんて情けない、忘れたのか。

 僕は、期待に応えたいんだろ。

 あの人のようになりたいんだ。

 ここで諦められるわけがない。


 目線を上げろ。

 立ち上がれ。

 なりたい自分を思い出せ。

 これは現実じゃない。

 僕は僕を信じて、みんなを信じているんだろ。

 脚が重くたって踏ん張れ、腕が重くたって振れ、目線なんて下げる必要はない。


 立て、楠城志信。

 お前は上木道徳さんのような人間になるんだろ。


「んぐっ」


 歯を食いしばれ!!

 止まるな。

 行け!

 走れ!


 いつの間にか目の前の視界は晴れ、部屋に射す光に気が付く。


「終わりました」


 僕は終了を告げるため、手を上げた。


「お疲れ様でした」


 ゆっくりと目を開ける。

 まだ安心するには早い、制限時間を越えていてはダメだ。


「流石ですね。二十九分でした。ギリギリではありますが、合格は合格です」


 良かった。

 僕は僕の役割を無事に果たせたんだ。


「それではこれにて試験は終了になります」

「ありがとうございました」

「よーし、これで僕も担当する子は居ないから気が楽だ」

「先生もお疲れ様です」

「ははっ、ありがとう。それにしても、気に障ったらごめんね。志信君は、いろいろと今まで沢山苦労したと思う、だけど一度も転職しようとは思わなかったのかい?」

「はい、ありません」

「ははっ、即答とはたまげた。なんだか志信君を見ていると、あの人を思い出しちゃうね」

「誰ですか?」

「志信君がさっき、無意識に口に出してた、上木さんだよ」

「え」


 恥ずかしい。

 そんなことがあるのか。

 あー、ほっぺがカーっと熱くなっていく、恥ずかしい。


「まあ、誰に憧れたって慕ったって悪いことじゃない。目標は高い方がいいからね。これからも、もしかしたら大変なことがあるかもしれない。頑張るんだよ」

「ありがとうございます。険しい道だというのは自分でもわかっているつもりです」

「うんうん、そのまま励みたまえ、若人よ」


 僕は深く頭を下げ、部屋を後にした。

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