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第66話『打ち勝つのは友のため、覚悟をみせるのは仲間のため』

それでは、月森美咲さん古宇田彩夏さんは移動をお願いします」


 案内役の先生に名前を呼ばれた美咲と彩夏は立ち上がる。


「よし、行ってくるね」

「ちょっと緊張してきたかも」

「頑張って」

「応援してるぜ」


 美咲と彩夏は、僕たちの言葉にしっかりと頷いて会場へ歩いて行った。


「ここまで来ると、条件が条件ってのもあって緊張してきた」


 一樹は柄にもなく手や足を細かく動かして緊張の色を表に出している。


「確かにね。幻覚に関しては一度経験しているからといって、そう簡単に打ち破れるものではない。だけど、僕たちにできることは、みんなを信じて自分も頑張るだけ」

「だな」


 話をしていると、先生に誘導されて戻ってくる桐吾・結月・一華の姿が。


「それでは、3人の試験は終了になりましたので、ゆっくりとお休みください」


 そう言い終えると先生はこの場から去って行く。


「みんなお疲れ様」

「おっつおつー!」

「お、お疲れ様!」

「お疲れ様。一応、今ここで言えることはない。試験実施場所に着くと規約書にサインさせられるぐらい、かな」

「わかったよ、ありがとう」


 試験内容については、パーティメンバーだとしても他言無用、ということか。

 少し厳密すぎる気もするけれど、これが筆記試験であればカンニング行為と同等になると考えれば納得がいく。




「それでは古宇田さん、中にお願いします」


 中に入った彩夏は、みんなと同じく規約書にサインを終える。


「それでは、制限時間と規定は大丈夫ですね」

「はい。三十分で終わったら手を上げる、ですよね」

「その通りです。では、始めるタイミングは自分で決めてもらって大丈夫ですので」

「大丈夫です。このまま始めちゃってください」

「わかりました」


 彩夏は座る姿勢を正し、目をつぶり深呼吸を一度だけした。


「では始めます【ダゾール】」


 すーっと意識が遠のいていき、頭を下ろす。


 沢山の人々が賑わっている中、彩夏はポツンと佇んでいた。


「私は、独りぼっち――」


 周りの人間は、それぞれがグループを成し、それぞれが和気藹々と談笑している。

「これからどこに行こうか」、「今日の放課後は勉強会をしよう」、「また明日学校で会おうね」という声。

 周りの人間はみんながキラキラしていて、真新しい学園の制服を着ている。

 眩しい世界、誰もが気を使い、表面だけの笑顔を並べていた。


(私には、あんなことはできない。やったところで、昔みたいにボロが出てみんな私の近くから居なくなる。だったら、私は最初から最後まで独りで良い)


 どこか他人事で、自分には不相応だと自分で決めつけている。


(今日はどうやって時間を潰そうかなー。まあ、何処に居ても私は独りだし、周りの目を気にしなくても別に良いっか)


 腕を首の後ろに回し、彩夏は歩き出す。

 だが、そんな彩夏に1人の女子の声が。


「ね、ねえ。もし、もし良かったらこの後一緒にどう、かな」

「え?」

「初めまして、私は月森美咲」

「ああ、そう。声を掛ける人を間違ってるよ、あっちの人たちの方があんたにお似合いだ」


 彩夏は冷たく冷めた目で、あのキラキラした方へ視線を向け、顎をクイッと動かす。


「……」


 言葉が返ってこない。

 つまりは、そういうことだ。

 目の前にいる美咲は、見た目も綺麗だし、テストで好成績を収めているというのもチラッと聞いたことがある。

 自分とは合わない、そんなことは考えなくてもわかる答えだ。


「……気分を害しちゃったなら謝るね。ごめんなさい」

「いや、別に」

「……なんだか、一緒な感じがして、つい声を掛けちゃった」

「同じ? 私をあんたが?」

「うん。だって、私も知っているから、その目を」

「……お前に何がわかるって言うんだ」

「ごめんなさい。あなたが言う通り、私はあなたのことを何も知らない。だけど、その目が持つ意味は知っている。……私も、同じだから」

「同じなわけがねえだろ。茶化しに来たんならもう付き合いきれねえ。私はどっかに行く」


 目線を下げる美咲を見て、同情心で声を掛けられたと思い苛立ちが湧き上がる。


「人間関係って、疲れるよね」


 その一言に、彩夏は足を止めた。


「言ったでしょ、私も同じなんだ。今までは上手くできていたかもしれないけれど、そろそろ限界なのかもしれない。だから」

「だから、なんだよ。逃げるのか」

「それはお互い様じゃないかな」

「いい度胸じゃねえか。喧嘩すっか」

「いいやしないよ。私は戦えないから。でもそれだけじゃない」

「はぁ……?」


 美咲は彩夏へ手を差し出す。


「私たちは、同盟を組みましょう」

「何言ってんだ」

「気を遣うめんどくさいのは、私はちゃんと知っているし、あなたもそうでしょ? だから、これから気を遣わない関係を築きましょうって言ってるの」


 随分とふざけたことを唐突に言い出すやつだ、と印象づくけれど、美咲の目は真っ直ぐにブレることなく向けられている。

 それを見た彩夏は、鼻で笑った。

 だが。


「面白れえ。私の名前は古宇田彩夏」

「じゃあ、これからよろしくね」


(ああ、あれからいろんなことがあったっけね。あーだのこーだのと言い争ったり、互いに譲り合わなかったり。人付き合いが苦手なのに、パーティを組まなきゃいけないからっていろいろ考えたり、沢山苦労したり。本当にいろんな苦労をした。だけど、その度に思い出した。美咲だって頑張ってるんだから、私だって頑張んなきゃって。じゃあ今も、親友のために頑張んなきゃ、ね)


 意識を取り戻した彩夏は手を上げる。


「お疲れ様でした、彩夏さん。時間は二十二分です。試験クリアおめでとうございます」

「ありがとうございました」


 彩夏は一礼し、立ち上がって部屋を後にした。




「それでは先生、よろしくお願いします」

「では、始めます【ダゾール】」


 目の前に広がる景色に、美咲は少しだけ拍子抜けだった。

 嫌な記憶と言われていたから、てっきりそういうものが来ると予想立てていたのに。

 今のパーティメンバーが全員揃っている。


 でも、みんなの背中から視線を少し前方に向けると、多数のモンスターの姿が。

 それに視界を振ると、全員負傷している。


 誰もがこれ以上動ける状況ではない。

 まともに動けるのは美咲だけ。


(なにこれ、物凄くピンチじゃない!)


 まさに絶体絶命。


 美咲も諦めそうになった瞬間、影がちらつく。


(……違う、そうじゃない。私は絶対に諦めちゃいけないんだ)


 握る杖にグッと力が入る。


(今ここで私が諦めたら、全てが終わってしまう。志信くんはこういう場面では絶対に諦めない。今も何か策はないか全力で考えているはず。私だって考えるんだ。何か、何か、何か策を!)


 前衛のみんながなんとかモンスターを倒してくれている。


(私も考えるんだ、私が考えるんだ。私が、私が……あ、これなら。いや、これしか)


 策を思い付いた美咲は、手を振るわせながら歩き出す。


「美咲、どこに」

「志信くん、私、やるよ。私にしかできないことを。みんなを信じてる」

(志信くんを信じてる)


 その言葉を最後に、美咲はみんなが陣取る場所から大きく横方向へ駆け出す。


(こんなこと、随分とらしくないよね。だけどみんなは必死に戦ってくれている。それに、こんな時、志信くんだったらこうするよね。でも、優しいからそれを私にお願いできない、わかってるよ。だから私だって覚悟をみせるんだ)


 みんなの場所からほど良く離れた場所に着くと、美咲は回復スキルをありったけ発動させる。


「【ファストヒール】【フィウヒール】【ヒール】――――【ファストヒール】【フィウヒール】」


 今もモンスターと戦う前衛陣にありったけの回復を行う。

 そんなことをすれば、モンスター全てのヘイトを一身に集めてしまう。

 当然、今回も例外なく。


 モンスターの大群は一直線に美咲に向けて駆け出す。


(大丈夫。私は独りじゃない。みんなが居る。私は、みんなを信じてるっ!)


 死ぬ気の覚悟。

 美咲は恐怖に目を閉じることなく、盾を前に構え杖を握り締め、ただやられはしないと意思を提示する。


「私だって、やってやる! はぁあああああ!」


 ここで、美咲の意識は戻る。

 そして、すぐに手を上げた。


「月森さん、お疲れ様でした。記録は、二十二分です。試験クリアおめでとうございます」

「ありがとうございました」


 美咲は深く一礼し、部屋を後にした。

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