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第61話『無意識に開けられた記憶の蓋』

「それにしてもこんなところを歩いていると、現実味が無さすぎるよね」

「だな」

「桐吾はこういう場所に馴染みがあると思ってたよ」

「え、いやいや、そんなことはないよ。似たようなところは通ったことがあるけれど」


 そうでしょうね、というツッコミは野暮というものだろう。

 だぶん、桐吾にとっては僕ほどの感動はきっとない。

 お家柄というのは怖いものだ。


「俺、こういうところでの食事とかしたことねえから、なんだかソワソワしてきた」

「わかる、僕もそう」

「何が出るんだろうなぁ、コース料理か? バイキングか? デュッフェっていうのか?」

「たぶん、ビュッフェだとは思う。でも、僕も初めてだからどんな感じなんだろうね」


 一樹と僕は少し浮足立っているのかもしれない。

 右を向けば壁にお高そうな絵が飾られ、左を向けば要所に設けられている小机の上にある壺。

 そのどれもが近寄りがたく、価値のわからない身からすれば、触れれば雑に扱ってしまうだろう。

 だからこそ、不自然ながらもこうして未知のど真ん中を歩いてしまっているのだけれど。


 通路としては広々としているものの、太い柱が等間隔であるため、迷惑にはなっていないはず。

 現に、今ここら辺を歩いているのは僕たちだけだし。


「俺はナイフとかフォークとか両手で使えるかわかんねえ。テーブルマナーなんて勉強したことも見たこともねえ」

「隣に同じく。まずい、ちょっと緊張してきたかも」

「あはは、そんなの気にしなくても大丈夫だよ。適当になんとなくやってれば大丈夫だし、試験の結果に反映されるわけでもないんだし」

「確かにな、それもそっか。……てはならねえよ」

「桐吾は余裕そうで羨ましいよ」


 何食わぬ顔で話を続ける桐吾を羨ましく思う。

 そりゃあ経験があれば心配もいらないでしょうよ、なんなら、お家柄的にちゃんとやっているんだろうから。


「そうだ、こうなったら桐吾の真似をすればいいんじゃないかな」

「志信――お前、天才だな。そうだ、それがいい。恥ずかしい想いをするぐらいだったら、ぎこちなくたって絶対そうした方が良いに決まってる」

「よし、僕たちの戦術が決まったね」

「さすがだぜ」

「なんだか、謎の団結力が生まれている気がするけど、本当にそんな感じで良いの?」


 僕と一樹は手を打ち合わせた。

 いいのさ、これで。


 たしか、会場まではもう少しのはず。

 広すぎて感覚がおかしくなりそうだ。

 遠足ではないのだから、気が緩み過ぎだと言われればそこまでなのだけれど。


 そんな折、ある人たちが偶然にも視界に入り、足が止まり、呼吸が止まる。


 あ……あれは……。


 目線を外せない。

 あれは、あれは……忘れようとしていたのに、忘れていたと思っていたはずなのに。

 前に居た、クラスメイトたち。


『ほら、お前はこれしか役に立てないんだから頼むぜ』

『あらら、大事な物が入ってるから壊したりしないでよー』

『あー、しっかりついて来いよ。離れられても困るからな』


 こんな記憶、捨ててしまいたい。

 いつまでだ、いつまでこんなものが付きまとってくるんだ。


『今回も役に立ったよ、アコライトってありがたいクラスだよな』

『こんなに便利なら、またパーティに誘ってあげてもいいわよ』

『そりゃあいい、その方が楽だしな』

『ウケるんだけどー』


 奥歯に自然と力が入る、耳鳴りが響くほどに。

 両手も同じく、手のひらに爪が食い込む。


「志信、どうかしたの?」

「なんかあったか?」

「――――い、いやなんでもないよ」


 僕が向く視線の先へ桐吾も視線を移す。


「ああ、他校の生徒もいるみたいだね。もしかして知り合いだった?」

「そういや、西鳩先生が他の客もいるからとか言ってたしな」

「それに、他校も学事祭の時期だしね」

「志信は転校してきたんだもんな。知り合いがいたって不思議じゃねえな」

「……そんなことはないよ。勘違いだったみたい。見たことがある顔かなって思ったら、全然別人だった」

「あるよねそういうの。特に、知らない場所にくるとあるあるだと思う」

「あー、それ俺もわかるかも」


 2人ともごめん、嘘なんだ。

 本当は、忘れようとしても忘れられない顔ぶれであり、ずっと僕の影を踏み続ける存在。

 憎んでいるのかと聞かれるとそうではないけど、二度とは話したくはない。


 タイミングが良かったのか悪かったのかわからないけど、彼らはこちらに気付くことなく去って行った。


「俺たちも行こうぜ、もう、今からよだれが零れそうだ」

「そのよだれ、見られたら恥ずかしいよ」

「そうだな、危ねえ危ねえ。桐吾をしっかりと観察して真似しないとな」


 僕たちも歩き出しす。

 桐吾と一樹の明るい話題には上手く入れず、食事会場に着くまで、僕は無い視線を意識して目線が下がってしまっていた。

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