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第55話『遠征試験の告知』

 朝、教室で各々の時間を過ごしている中、どこかで見たことのある光景が広がり始めた。

 先生に見られたら怒られそうなほど廊下を行き交う人たちが駆けている。

 そして、その勢いのまま教室に入って来るや、波に乗り遅れている友人の背中を盛大に叩く。

 痛みに悶える友人を気遣うことなく、話題を口にするその人、それを耳にして驚愕する友人。


「あの騒ぎ方……また学事祭関連のことなんじゃない?」


 美咲の一言に、みんなは『またあれか』と微笑する。

 和んだ空気と同じく、自分の中に緊張が走った。

 なぜなら、前回は告知の告知のような内容であったけれど、今回は本告知がほぼ確定しているから。




 前回同様、足を揃えて現地へと向かった。

 辺りの反応は、前回と違ったものになっている。

 その告知を見たであろう人たちは、そのほとんどが肩を落していた。


「そういう、ね」


 誰かが言った内容に、僕も同様のことを思う。

 そして僕も同じくつい目を見開く内容に、彼女彼らが体で表現していた意味を知る。


 ――――――――――

 今後の予定について


 皆の皆、数日に渡って開催している学事祭も遂に後半戦へ差し掛かった。

 前回の告知に合った通り、次回の試験内容の告知と締め切りを設ける。


 遠征試験

 【中央首都サーコカトミリア】にて実施。

 以上のことから、パーティ申請の締め切り日を設ける。


 締め切り日時

 明日、教師の帰宅時間まで。


 意欲のある生徒は早急に検討すること。

 そんでもって、ついでに最終試験も遠征先にて行うからよろしくっ!


 生徒会長光崎奏より

 ――――――――――


「それにしても、相変わらずだね」


 その誰かの言葉に誰かがつられて笑う。


 ……僕の表情はどうなっているだろうか。笑っているのだろうか。

 思うことはみんなの一緒のはず。

 だけど少しの間、そのふざけた文面から目を離せなかった。


 遠征試験と締め切り。

 締めきりに関しては、僕たちには何一つ影響はない。

 それに、遠征試験についての追加情報といっても【中央首都サーコカトミリア】へ向かうというだけ。

 ツッコミどころ満載ではある。

 僕が目を離せなかったのは、最後の文にある。


『最終試験も遠征先にて行う』。

 いよいよ、このお祭りの終わりが示されていたから。

 僕にとって、祭りの終わりは単純な終わりじゃない。

 負けられない。勝たないといけない。

 そう、約束を守るため。


「志信くん、戻ろ?」


 ハッと我に返り、声の主へ振り替える。

 不思議そうに顔を覗かせて声を掛けてきたのは美咲だった。


「うん、そうだね」




 教室に戻って、告知について話し合いが始まった。


「俺、中央首都なんて行ったことねえなぁ」

「僕も資料では観たことがあるだけかな」


 一樹の言葉にそう返すと、ほとんどみんなが同じだった。


「そんなに緊張するような場所でもないと思うよ?」

「そうそーう、普通普通」


 そう答えるのは桐吾と結月。

 お家柄的に、言っていてもおかしくはない。

 移動時間だけ見れば、基本的には誰でも行ける。

 それに、各種申請や買い物なども各都市で済ませられるため、妄想だけが広がり、中央首都という名前だけが膨らんでしまっているのかもしれない。


「で、でも、なんだか楽しみかも」

「同じく、ちょっとわっくわくしてきた」


 一華と彩夏が目線を合わせて高揚感を共有している。


「確かに、楽しみでもあるけれど、情報が足りな過ぎるよね」

「た、例えば?」

「お金、とか」

「あ……」


 大体のみんなの顔に、『確かにそう』という言葉が浮かび上がった。


「最悪、実費ってことになると思うんだけど。移動費はなんとかできるとしても、宿泊費となればわからない。しかも、最終試験もやるって書いてあったし、下手したら数日間分の費用が必要になるってことでしょ?」

「ううぅ……そんなにお金ないよぉ……」

「私もそう。流れ的には親に頼む他ないと思うんだけど、そうすると断られる可能性だってあるわけじゃない?」


 叶の言う通り。

 こればかりは自分たちで解決できるものではない。

 しかも、締め切り日が発表されたけれど、移動開始日は記されていなかった。

 光崎さんのことだ、締めきった次の日にでも出発とか言い始めるかもしれない。

 そう予想立てるとしたら、今日明日にでもまとまったお金を用意することになる。

 どんなにいいアルバイトをしたとしても、無理だ。


 ――ダンジョン以外。


 あまりにも破天荒なスケジュール。

 最悪、辞退しなければならない。


「まあ、貸しあげてもいいけどね」

「僕もそれくらいのことなら大丈夫だと思うよ」


 前触れもなくそう切り出したのは結月と桐吾。

 当然、その驚きの言葉にみんなは目が点になる。


 最初の一言に、「そんなの悪いよ」とみんなも言いたいだろうけれど、それ以上に2人だけでみんなの分のお金を用意できるの!? という疑問が先行してしまっているだろう。

 僕も同じく。

 これも、お家柄な問題なのだろうか。

 いや、それにしても、そんな言葉がヒョイッと出るの凄くない? 驚愕通り越して、怖さが勝り始めている。


「ま、まあ。とてもありがたい申し出ではあるんだけれど、続報を待とう」

「だ、だね」

「何かしらの救済処置または学園の支援があると思う……と、信じたい」


 平然としている結月と桐吾を前に、苦笑いしかできない。

 みんなも若干渇いた笑みを浮かべる。


「それにしても、いよいよだね」


 桐吾のその言葉に気分が切り替わる。


「うん、いよいよ最終試験。何があっても、誰が相手でも負けるつもりはない」

「おー、我らのパーティリーダーはやる気だねぇ~」

「ちょっと彩夏、茶化さないで」

「いやいや違うよ。頼もしいってか、リーダーがその意気なら私も負ける気がしないっていうか」


 両腕を首の後ろに回して彩夏はそう言う。


「ふふっ、なるほどね。だったら私も隣に同じ、かな」

「でしょでしょ」

「うんうん」


 なんて言葉を返せばいいのかわからない。

 互いの顔を合わせ、そんなににんまりと笑われては。


「だけどさ、今更なことを言うけど最優秀の地位を得られるのは学年で一つなのかな」

「そ、それ、昨日私も考えてた」

「もしかしたら、上級生とも競い合うってことになるよね」


 確かにそうだ。

 今の今まで、考えるのを後回しにしてしまっていた。

 可能性的にそれは十分にあり得る。

 各学年のパーティへ報酬となれば、それだけでいろいろと大変だろうから。

 それに、二学年でさえどれぐらいのパーティが結成されているかもわかっていない。


「本当に、続報を待てって感じだね」

「生徒会長のことだから、もしかしたら明日にでも伝達があるんじゃない?」

「あはは……それはないと言えないのがまた何とも」

「美咲が困り顔してるぅ」

「こらっ」


 本当にその通りだから困る。

 夏休みまでそう日にちはない。

 残る一週間、最終日は終業式を控えている。


 でも、さすがに昨日の今日とかにはならないよね……?

 まさか、ね?

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