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第34話『機転の利いた強力な一手』

 全員の意思が決定し、同じ方向に向いた。


 だけど、それだけでは拭いきれない問題点もまた浮かび上がる。


「でもでも、この中で志信みたいに指揮ができる人っているの?」


 結月の問い掛けに対して、全員の返事は静寂だった。


 全員が薄々気づいている。

 今まで完全に頼り切っていた、自分では考えられていなかった、と。


 みんなの目線が少しだけ下がってしまった時、美咲だけは目線を上げていた。


「私がやる」

「え、でも美咲、あんた回復っていう重要な役割なのに全体を把握しながら役割をこなすって大変じゃない」

「うん、彩夏の言う通り。物凄く大変だと思うよ」

「陣形だけみんなで決めて、冷静に判断できる叶に任せた方が良いと思う」

「そうだね。私もできるか心配だけど今回はそんなこと言ってられない。やってみせるよ」


 彩夏の言っていることは正しい。

 実際、どれだけ他のクラスが欠けてはならないとしても、プリーストほどではない。

 それにプリーストは状況を反転させてしまえるほどの力がある。


 ――良い方にも悪い方にも。


 そんなパーティの要ともいえる美咲が、わざわざ自らそんな重りを背負う必要はどこにもない。

 厳しい言い方をすれば、他のことを考えている暇があったら、最善のタイミングを見計らって回復してくれた方がよっぽどパーティに貢献できる。


 だけど、美咲の意思は、決断はそんな生半可なものじゃなかった。


「志信くんは、そんな状況だったとしても、やってくれてたよ」

「……それは……」

「志信くんがアコライトだからって、そう言いたいの? それは違うでしょ。私ほどじゃなくても回復はできるし、私と同じくバフも掛けられる。でも、それ以上に全員をちゃんと見て、戦況を把握して、的確に判断していた。違う?」

「そうだけど……今回は、美咲が一番大変になっちゃうから」

「だとしたら、それは私に課せられた試練なんだと思う。私はちゃんと隣で見てきた。――彩夏、心配してくれてありがとう。大丈夫だよ、私も挑戦してみたい。そして、過去の情けない自分を変えたい。だから……」


 美咲は真っ直ぐに彩夏の目を見る。


 すると、彩夏は少し強張った口を緩めた。


「はいはーい、わかったよ。親友がそこまで強く望んでるのに、それを拒絶したら親友失格だもんね。うん、頑張りなよ」

「ありがとう彩夏!」


 美咲は感極まって酒屋に抱き付く。


「じゃあ美咲、指揮よっろしくー」

「よし、燃えてきたぞー!」


 各々がやる気を示している中、明泰学園長は立ち上がり、歩み寄ってきていた。


「はいはーい、みんな準備の方はいいかな? じゃあ、今回の目標なんだけど……あんまり決まってなくてね。適当に頑張ってーって感じにはなるんだけど、一つだけ終了条件があるんだ」


 学園長は扇子を開いて閉じてを繰り返す。


「ズバリ、戦闘不能者が出たら一発退場。そして、パーティメンバー全員が戦闘不能になったら試験終了! 謂わば生き残りを賭けた戦い!」


 これ自体、そこまで珍しいルールではない。

 だけど、注目する点はそこではない。


 ――生き残りを賭けた戦い。


 それが意味すのは、対人戦もありということ。


 当然、二つのパーティは目線が交差する。


「まあだけど、君たちがやり合うかどうかは君たち次第だからね。そう、疑似モンスターと戦闘をし続けるのも良し、パーティ同士でやり合うのも良し。ちなみに、倒したモンスターは得点として加算されるから、一番利口なのはモンスターと戦うことではあるんだけどね」


 この場に居る全員、様々な考えが生まれた。

 あまりにも可能性がありすぎる。

 試験早々パーティ同士がぶつかっても良し、試験終了までぶつからないのも良し。


 幸いにも後者の可能性が出てくるのは、この第一演習場に二パーティしかいないからだ。


 これがもし、第二演習場で上級生との合同と考えればそこには絶望しかない。


「てな感じで今回の試験については以上だよーん。何か質問はあるかな?」

「……はい学園長、一つだけ聞いても良いですか」

「はいはい、どうぞ」


 美咲1人だけが手を上げた。


「先に脱落したパーティにはペナルティのようなものは課せられるのでしょうか」

「なるほどなるほど、それは良い質問だね。――ペナルティはないよ。だから、どちらかが脱落すれば試験終了だけど、どちらも脱落しなければ、点数は加算し続ける。まあ、教えられないけど無限じゃないからね」

「わかりました。ご回答、ありがとうございます」


 美咲はしっかりと一礼する。


 それを見る学園長は穏やかに微笑み、扇子で靴元を隠していた。


 美咲はこの一瞬でかなり気の利いた牽制を成功させたのだ。

 この特別試験、最初の説明だけ聞けばパーティ同士の対人戦。

 ある程度の点数を稼いだ後、タイミングを見計らって敵パーティを強襲して脱落させればそれで勝利。

 参加する生徒たちは、どうしたら有利に相手パーティを脱落させられるかだけを考えてしまっていただろう。


 だがしかし、学園長は言った。


 ――どちらも脱落しなければ、点数は加算し続ける。と。


 この新たな選択肢を引き出したことにより、相手パーティは混乱を隠せない。


 後は各々のパーティがどう判断するかに委ねられるも、共存という手段の有用性というものは格段と高いものになった。

 争わずして勝利を掴む。

 そんな強力な一手を美咲は打ったのだ。


「じゃあ、これから試験を開始するんだけど……一応ね、君たちの開始地点は真反対からにしてもらおうか」


 みんなはその提案に了承の返事をし、移動を開始した。

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