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第29話『憧れとの邂逅』

 訊きたいことが沢山あるが、まずは自己紹介をする。


 手汗握る状況。

 憧れとの間にある扉を開いて中に入る。


 四つのソファー、中にはたった1人――上木さん。


 本当だった。

 正直、この部屋に入るまで信じられていなかった。


 でも、目の前には本物の上木さんがいる。


「は、初めまして!」

「ああ、そこまで緊張しないで。君が楠城君だね」

「はいっ!」


 自分でも情けない声が出ているとわかる。


 そんな僕を見て、察してくれたのか上木さんは優しく声を掛けてくれた。


「まずは座っておくれ。俺は堅苦しいのは苦手でね。君もその方がいいだろ?」

「ありがとうございます!」


 心臓の音が尋常じゃないぐらい聞こえる。

 こんなのを誰かに聞かれたら間違いなく笑われてしまう。


 一歩一歩がぎこちなく、多分手と足が一緒に出ていると思う。


 距離なんてさほどないというのに、ソファーまでの時間が長く感じた。

 ようやく腰を下ろしたけど、物凄い量の手汗は上木さんに見られたくない。


「じゃあ、自己紹介……は、一応しておこうか。俺はクラン【大成の樹】リーダーの上木道徳だ。よろしく」

「ぼ、僕は楠志信です! よろしくお願いします!」

「あっはは、ちょっとだけ印象が違ったな」

「え……?」

「いや、勝手に俺が抱いていた印象だから気にしないでくれ。なんというか、ちゃんと年相応だなって」


 そう言われてしまうほどには緊張の色が見えてしまっているということだ。

 自分でもわかる。

 普段の自分からすれば、随分と冷静さを欠いていると思う。


 こんな姿をみんなに見られようものなら、後から笑い者にされるに違いない。


「こんな急な状況、正直に言うと俺も混乱している。なにしろ、俺も先ほどいろいろと聞かされたばなりなんだ」

「そうだったんですね」

「ということは、嬉しいことに君が俺に目標の類を定めてくれているというのも知っている」

「間違いありません!」


 仲間内で憧れを語るのことに抵抗はあまりない。

 だけど、その憧れている対象である張本人にこうして面と向かって言われてしまうと、羞恥心が湧き上がってきてしまう。


 頬が物凄く熱く感じる。

 外見でも赤くなってるのだろうか。

 み、見えてませんように……。


「ありがとう。それで、俺も暇ではない。こんなファンサービスみたいなことは基本的に誰が相手でもしない」


 もちろん、それは自分でも理解している。


 そして思う。

 では、なぜ?


 この疑問が冷静さを取り戻させてくれた。


「君に対しての好奇心が刺激された。興味を湧いてきてしまった」

「こんな僕にですか……? 僕は目立った功績も上げたつもりはないですよ」

「君のクラスはなんだね」

「アコライトです」

「いつ頃から? クラスチェンジは?」

「最初からです。クラスチェンジは一度もしたことはありません」

「それだけでまず一つ。君は知ってくれているかどうかはわからないけど、俺も一緒だ。最初から今の今まで一度もクラスチェンジしたことはない」


 気持ちがられるかもしれないけど、その情報は既に知っていた。

 数年も前のインタビュー記事に載っていたからだ。


「それに、君は物凄い功績を上げている。まずはそれを理解した方が良い。あ、でも、他言無用だよ?」

「え?」

「実際に見たことではないから、確認も含めて訊くんだけど演習授業中にレンジャーラットを討伐したんだってね?」

「はいそうです」

「……なるほどね」


 それのどこが功績に値するのだろう。

 あくまでも本番ではなく、授業で出現していた最上級のモンスターだった。

 正直、本物のダンジョンであれば勝ち目は非常に薄いというのは理解しているつもりだけど、それがどういう意味で……?


「追加で訊いても良いかな。君は事前準備にどれぐらい掛け、蓄え、シミュレーションした?」

「情報は、毎晩書類や教本を眺めています。それをノートに移し、他の教本との差異を見定めて情報が偏らないようにしています。同じくして、新しい教本を見つければ目を通すようにしています」

「ほうほう。シミュレーションの方は?」

「はい。その情報を元に、様々なパーティ編成で戦います。最高の条件から最悪の条件まで想定し、壊滅の条件を設定し、何度も試行錯誤しています」

「素晴らしい。素晴らしいぞ。なるほどな」


 上木さんは突然拍手を始める。


「今聞かせてもらった内容で話をさせてもらおう。正直、君は学生の域を超えている」

「え……それはどういう意味ですか?」

「君は既に、金策をする探索者、富を求める探検者、そんな者たちなど超えている。俺らのような攻略などを生きがいとする冒険者、そのものだ。どうしてこんな逸材を学園は秘匿しているんだ。理解に苦しむな」

「い、いやいや! 僕なんて全然そんなことはないですよ!」

「では訊こう。レンジャーラットとの戦闘を決行する時、勝算はいくらあった?」


 あの時のことを思い出す。

 ソルジャーラットとの戦闘の勝率は計算できた。


 でも、様々な好条件とはいえない中、出した勝率は限りなく無しに等しかった。


 それでもみんなを信じ、戦うことを選んだ。


「勝率はありませんでした」

「ははっ。答えは出ているじゃないか。それが答えだ。考えたことはあるかな。冒険者とはなにか、と」

「いえ――」

「そうか。冒険者とは命知らずの人種だ。自分の限界に挑み、命を賭け、勝てるかもわからない敵と相対する。勝つためには危険を冒すし、モンスターに背を向けて逃げ出す時もある。それが冒険ちょうせんだ」


 ハッと気づく。

 その言葉に覚えがあった。

 あの時、僕はそれと同じ言葉をみんなに発したのを憶えている。


「良かったよ。心当たりがあるみたいだね。つまり、そういうことなんだよ」

「……」

「君には素質がある。いや、そんなもんじゃない。君は――生粋の冒険者、ってことだ」


 体と心に電撃が走った。


 衝撃を受けたというものじゃない。

 全身にブワッと鳥肌が立ち、眼が勝手に見開いた。


 こんな感覚は初めてだ。


 憧れの人から言われた言葉がここまで響くなんて予想だにしていなかった。


「今すぐにでも君を推薦したい……んだけど、この面会自体、実際は褒められたことではないというのはわかっている。見方を変えれば職権乱用だ。だから、申し訳ないんだけどこのことは本当に他人へ口外しないで欲しい」

「……はい。それは大丈夫です」

「だがしかしな……ここまで優秀な存在を持て余しているなんてな。今すぐにでも学園に抗議をしたいところだがな……それもできない。何かいい手はないものか」

「あの、それでしたらもしかしたら手段があるかもしれません」

「お、それはなんだね」


 今回の学事祭において成績最優秀者に与えられる褒賞を思い出す。

 全校集会時、光崎生徒会長が言っていたことだ。


「褒賞として特別インターン権利、夏休みの一カ月延長。というのが今回の学事祭において、成績優秀者に与えられます」

「おお! なんだってそんなちょうど良い事が用意されているんだ。あの生徒会長は随分と太っ腹じゃないか。じゃああれだ、そのインターン先として我々のクランが名乗りを上げるとしよう」

「ですが、今回はパーティを組んで――えっ、そんなことをして大丈夫なのですか?」

「なに、俺らだって数あるクランの中の一つだ。学園の未来ある生徒を受け持ちたい、と思うのは何もおかしくはないだろう?」

「た、たしかに……」


 これは前代未聞なことが起きてしまっている。


 このことが全校生徒の耳に入れば、今よりもっと上を目指す生徒が増えるのは必須。


「細かいことは良いんだ。重要なのは、君は、君のパーティは上に行けそうか?」

「……正直に言うと、わかりません。期待に沿えず申し訳ございません」

「いいじゃないかそれで。勝てるかわからない勝負だからこそ、面白いんだろ?」


 ……なんて人だ。

 ……なんて考えの人だ。


 これだから、この人の背中を負うのをやめられないんだ!


「勝ちます。勝ってみせます!」


 この人の期待に応えたい。


 いや、必ず、必ず応えてみせるんだ!

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