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第28話『謎の呼び出し』

「よっしゃぁ昼休みだー」


 力の抜けた声でそう呟く一樹。


「お腹空いたー! ごっはん~ごっはん~」

「え、もう食べ始めるの……?」

「待てないんだもーん」


 教本などを片付けることもせず、鞄から弁当箱を取り出す結月。

 いつものことながらその欲求に従順な姿に引いてしまう美咲。


 一樹も同様に弁当箱を取り出し始めている。


 教室中賑やかではあるが、ここ一帯は一層賑やかに感じた。


「あれ? 海原先生が戻ってきた」


 彩夏の一言に一同の視線が前入り口の方に向く。


「しかも、志信のところ見てない?」


 彩夏の言う通り、ちょうど目線が自分に向いているように感じる。

 次いで先生が軽く手招きし始めた。

 確認のため自分に指をさすと、先生は二度首を縦に振る。


「お呼ばれみたいだね。志信、何か悪さでもしたの?」

「いや、そんなはずはないんだけど……」


 今までの行動を振り返っても、指導を受けるような記憶は見つからない。

 そして、もしかしたら、という先生との話題も見つからない。


「いってくるね」


 疑問は残るけど、それは直接先生と話せばわかること。


 僕は立ち上がり、先生の所へと向かった。



「急にごめんね志信君。ちょっとした急用が舞い込んできてしまって、たぶんだけど昼休み全部使うことになるかもしれないから」

「わかりました。それで、急用ってなんですか?」

「それがね、僕は詳しい内容を把握していないんだ。――詳しくは、この子が説明してくれるらしいよ」


 流れがよくわからない。

 先生は詳しい内容を把握していないけど、僕を呼び出した?

 それに、説明してくれる人って……。


「やっほーっ。初めまして、ボクはこの学園で生徒会長を務めている、光崎奏だよー。って、そんなこと知ってるよねー」

「は、はい。昨日の全校集会に参加していましたので」

「だっよね~」


 貝原先生の背後からひょっこりと姿を現す光崎さん。


 正直驚いた。

 どう考えても、ただの一生徒の僕が生徒会長と直接話をする機会なんて偶然でもなければあるはずがない。

 そんな遠い存在の人がこうして何の前触れもなく姿を現し、話があるというのだ。

 驚かない方がおかしいというもの。


 遠くから一度だけしか目にしたことのない光崎さんは、第一印象に抱いた天真爛漫というイメージそのまま。

 茶色い髪、短髪だと思っていたけど予想以上に髪は肩に掛かっている。

 身長は少ししか変わらないと思っていたけど、予想以上に目線を下げることになった。


「あ……今、予想以上に小さいなって思った? 思ったでしょ?」

「あいや、そんなことはないですよ」

「まあ慎重に関しては否定できないんだよねー。ここだけの話、壇上のところにみんなからは見えないような小さい台があってね……これは機密情報だから口外はしないように」

「……わかりました」


 前に屈んだり、手の甲を頬にあてたり、近づいたり離れたり。

 身振り手振り細かく動く様は、どこか小動物を連想させ、なぜか楓と椿が脳裏に過ってしまった。


「光崎さん、志信君に用件を伝えてあげてください。先ほど聞かされた内容、どう考えても信憑性に欠けるものです。本当にそんなことがあるというんですか」

「そうですね、先生の言う通りです。ここで立ち話というわけにはいかないので、歩きながら話を進めましょう」

「そう、したほうが良さそうですね」

「……はい? わかりました」


 海原先生は先に軽く内容を聞かされている様子。

 でも、先生には同様の色が見える。

 そこまでのないようということなのだろうか。


 光崎さんを前に、僕と海原先生が横並びになって歩き始める。


「まず初めに、事の経緯を話します。――ボクがそこに行くまでの話はわからないのですが……とある生徒から伝言を受けたということで話を受けました。そして応接室へ向かい、部屋に入ると、ギルド総括理事長の源藤宰治さんと、クラン【大成の樹】リーダーの上木道徳さんが顔を合わせていました」

「え……」

「本当、俄かに信じがたい状況ですね。お2人が顔を合わせるというのは関係性上、何ら不思議ではありません。ですが、不思議にもこの学園の応接室でそれが行われていた」


 あまりにも衝撃的内容すぎて言葉が出ない。


 先生の言う通り、ギルドとクランというのは切っても切り離せないような関係性であり、そのトップ同士が話をしていることに違和感はない。

 でも、なぜ。なぜ、その場所として選ばれた場所がこの学園なのか。


 そして、それと僕の関係はどのようなものなのか。


「ボクもそんな2人が居るところなんて、心臓が口から出そうなほど緊張しました」

「そりは仕方がない。僕もその場に居たら同じでしたよ」

「そこで、源藤さんから出された話題がふ……一つでした。――それが、上木さんに志信くんを合わせること」

「え……?」

「そこが疑問ですよね。なぜ」


 海原先生は顎に手を当て思考を巡らせる。


 僕はそれどころではない。

 足音を鳴らし、他生徒たちを横切っているこの現状。

 異色のメンバーにひそひそとありもしない考察を始める人もいた。


 でも、僕はそんなことすらも気にならないぐらい混乱している。


 あの上木さんが僕と会いたい? 源藤さんがそれを要求した?

 憧れの存在、そんなに人がなぜ? これは素直に喜んでいいことなのか?

 それとも、トップが顔を合わせて話し合う場を設けるほど僕が知らぬ間に不祥事を起こしていた?

 勧誘? だとしてもなぜ? そこに至るまでの功績は上げられていないはず。


 ありとあらゆる可能性を上げてもどれも腑に落ちない。


「詳しいことはボクも聞かされてないので、ぶっつけ本番って感じにはなってしまいますね」

「なるほど。そんな感じであれば、光崎さんも情報を持ってなさそうですね。まあ、ものすごく緊張するとは思いますが、志信くんならなんとかなるでしょう。失礼なこともしないと思いますし」

「……はい」


 本当に大丈夫なのか自分ではわからない。

 現に、こうして側だけの情報を耳にしただけでも緊張と混乱が渦巻いてしまっている。

 こんな状況で失礼な発言をしないという自信はない。


「さて、そんなこんな話をしていると、着いちゃったね」

「あ……」


 できればもう少しだけ時間の猶予が欲しい。

 ……と、懇願したいところだけど、そんなわがままが許される状況でもない。


 ――覚悟を決めるしかない。


「そして、ここで残念なお知らせを伝えなくちゃならないんだ」

「……なんでしょうか」

「先生はここから先の同行はできません。そして……ボクもまた、同行の許可は下りていません」

「……わかりました」

「っことで、物凄く緊張すると思うけど源藤さんは先に帰ったから安心して――ってのは無理だと思うけど、頑張ってね。上木さんはとても良い人だったよ」

「少しばかり心配だけど、あの方々の意向に背くことはできない。志信君、頑張ってね」


 僕の肩をポンッと叩いて海原先生はこの場を後にした。


「でもね、一応ボクも後から用事があるから頃合いを見計らって訪問するから。その時はよろしくーっ」

「わかりました」

「じゃあ、それまでごゆっくり!」


 満面の笑みで手を振りながら走り去る光崎さん。


「――さて、」


 いつも通りの普通の扉。

 だけど、今日ばかりはこの扉が巨大かつ圧倒的な重量感を放つように思えて仕方がない。


 でも、この扉の先に待っているのは僕の目標であり憧れの人。

 高鳴る心臓を必死に抑え、意を決して扉に手を掛けた。

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