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第23話『一華と叶』

 放課後、一華と叶は夕陽に照らされる教室で話をしていた。

 他にも生徒はチラホラと数人の姿があるも、その全員が帰宅する準備を整えている。


「おつかれさま」

「おつかれ~」


 教科書を鞄に詰め込む叶。

 机へ溶けるように張り付いている一華。


 今回初めてのパーティ戦を終えて、緊張感から解放されたかのように安心している。


「今日さ、どう感じた?」

「どうって? みんなのこと?」

「そう」


 その問いに対し、喉を鳴らし「ん~~~~」と唸る一華。


「そうだね~。みんな凄かった」

「だよね」

「それに……楽しかった」

「それね」


 2人は薄っすらと笑みを浮かべ、その時のことを浮かべる。


「なんか、何をするわけじゃないんだけどさ、いてもたってもいられなくいられなくなるよね」

「うん。今何ができるわけでもないのに、思い出すだけで何かしなくちゃっ、てね」

「最初はさ、ちょうどいい船を偶然にも見つけられてラッキー程度しか思ってなかったのにね。完全に当たりくじって感じ」

「なんだかそれ失礼じゃない……? でも、わかるかも。パーティを組んで全然時間経ってないのにね」

「本当にそうだよね。パーティを組んでまだ五日目だっていうのにね」

「そうだよねー。でも、もう五日も経ったんだね」


 一華は体を起こし、座ったまま背を伸ばす。


「私、今までで一番楽しい」

「えっ、叶ちゃんが随分と珍しいこと言ってる」

「何よそれ。私には感情がないとでも思ってたの?」

「え? 違うの?」


 くだらない冗談に、2人は目線を合わせて笑う。


「でもさ、一華も人のこと言えないからね?」

「え?」

「一華、いつもより笑ってるよ。それはもう楽しそうに」

「そ、そうか……な?」


 叶に言われたからなのか、夕陽に染められたのか、嬉しかったことを思い出しからたからなのか、それとも全てなのか。

 本人にもハッキリと理解できない感情が湧き上がり、頬を赤く染める。


「私、初めて褒められた……」

「たしかに、一華が褒められてるところ初めて見たかも」

「え。今、もしかして流れで酷いこと言われた?」

「いいや? 気のせいじゃない」

「ふぅーん」


 一華は反撃とばかりに、意味深な顔をしながら口を尖らせる。


「な、なに」

「私だってわかってるんだから。そんなに鈍感じゃないよ」

「だからなにが――」

「叶ちゃんも初めて褒められてたじゃん」

「そ、それは……」


 核心を突いたと確信した一華は、これを好機と見て怒涛の追撃を繰り出す。


「し・か・も、ほんの少しだけほっぺを赤くしちゃって! あぁ~、あんな姿の叶ちゃんかわいかったなぁ」

「あ、あれは! あれは、あれは……そ、そう。体を動かしたからで」

「え? 叶ちゃん、あの時は動いてなかったよね?」

「うぐっ」


 滅多にない機会に、ニヒヒッと悪い笑みを浮かべながら更なる追撃をする。


「はぁ~、かわいかったなぁ~。いつもあんな感じで過ごしてたら、叶ちゃんも男子からの人気も急上昇だろうにねぇ。はぁ~、せっかくの美人さんがもったいないよ」

「…………」


 身振り手振りため息を交え、わざとらしい名演技を見せる一華。

 普段は、自分の意思をこれでもかというぐらいに先読みされ、的確に刺激され、話題のネタにされているのだ。

 こういう時ぐらいでしか優位に立てないことを良いことに、更につけあがる。


 その反面、言い訳や他の要因を疑う余地もなく、頬を、耳を真っ赤に染める叶。

 挙句の果てに顔を下に向け、前髪を垂らし、表情を伺えなくなってしまった。


 小さくも可愛らしい復讐心を燃やた一華は、止めの一撃を放とうと目論む。


「もしかして叶ちゃん。志信くんのこと好――」

「食らえ!」

「あいたーっ! いたーい! 叶ちゃんひっどーっ!」

「自業自得」


 かなり容赦のない手刀が一華の脳天へと放たれた。

 得意げに叶をおちょくっていたせいで目を閉じていた一華。

 当然、避けられるはずもなく直撃。

 それはもう即座に反応してしまうほどの痛み。


 もちろん叶もその反動で手に痛みを覚え、プラプラと右手を振っている。


 手刀の直撃部分を両手で覆い、涙目になる一華。

 目で痛みを訴えるも、叶からは殺意のオーラを纏った笑顔だけが返ってきた。


「ひ、ひぃっ! あのぉ……怒ってます……よね」

「どうだろうね」


 叶は酷く冷静で、声にも何かが宿っている。


「随分と痛そうじゃない。もし良かったら、もう片方の手がまだいけそうなのだけど」

「ご、ごごごごごめんなさいっ!」


 完全に攻守が逆転した瞬間であった。


 そんなやりとりをしていると、気づけば教室の中は自分たちだけになっている。

 滅多にこんな経験をすることができず、もう少しだけ物寂しい教室を堪能していたいところではあるが、叶は鞄を手にし、スッと澄ました顔に戻す。


「じゃあ、そろそろ私たちも帰ろっか」

「うんっ」

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