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第41話『初めて触れる温度』

 ――――あの後、先生がきて授業は終わりを迎えた。


 勝利の余韻はまだ冷めない。

 気分の高揚が収まらない。

 あの場所でまだ戦っているかのような錯覚さえ覚える。

 きっと、この熱を持っているのは僕だけではないはずだ。


 この熱を抱えたまま、僕たちは更衣室にて汗を拭いていた。


「今日はお疲れ様」


 長椅子に腰を下ろして、そう切り出したのは桐吾とうごだった。

 それに応えるように康太こうたが、


「あーもー。思い返すと、やっぱ悔しいわ。もっと上手くできたっていうか……」

「あればかりは仕方がないよ。康太こうたはあんなに強い相手を正面から押さえ込んでくれたんだ。逆に自分を誇っていいと思うよ」


 桐吾とうごのいうことは、まさにその通りだ。

 時間的にはそこまで長くなくても、あそこまでの強敵を目の前に1人で耐え忍んでいた。

 それはもはや、今回の演習において一番の功労者といえる。


 その言葉を聞いた康太は、


「ありがとよ。あー! 燃えてきた。燃えてきた! 俺、先に帰るな。んじゃっ!」


 と、急いで着替え終え、僕たちの返答を待つことなく更衣室を飛び出していった。


「あっはは。あれは、悔しさ未だ拭えず。といった感じだったね」

「康太のことだから、この後走り込みとかしちゃいそうだ」

「わかる。簡単に想像できる」


 そんな笑い話を広げつつ、制服に着替え、袋に服を入れ終えた。

 前回同様で、後の授業はなく放課後になって帰宅するだけ。

 僕たちも更衣室を後にして、下駄箱に向かい始めた。


「そういえば、ここ数日言おうか迷っていたんだけど」

「なに?」

「えっと、そこまで重要ってわけじゃないんだけど、月刀げっとうさんのことでね」


 そういえば、一度だけ気になった。

 結月ゆづきも名字に【刀】が入っている。

 偶然、と思っていたけど桐吾からその話が出るということは、やはり偶然ではないということか。


「以前、というかかなり小さい頃、親戚の集まりに参加したとき初めて会ったんだけど、こう……なんというか、今とは性格……印象が真逆だった」

「へえ。今の結月を見たら、かなり疑わしいけどね」

「そうなんだ。だから、最初みたときかなり困惑しちゃってね、この話を切り出せなかったんだ」

「別に、親戚だったなんてそんなに重要なことでもないし、気にしなくていいんじゃない?」

「うん……」


 僕の返しに納得いってないのか、靴を取り出しながらの返事は何かを思わせるものだった。

 それでも、これ以上深堀したところで何も生まないから、聞き返すことはない。


 外履きへと履き替え外に出た僕たちは立ち止まり、


「僕は反対側の門からだから。今日はお疲れ様。志信しのぶ――これからもよろしくね」


 その言葉と共に桐吾は手を差し伸べてきた。


 ――握手の合図。


 そんなことは見ればわかる。でも、でも……

 他人とこうして握手をするなんていつぶりだろうか。

 いや、記憶にないのではなく、初めてだ……


 そんなことを考えていると、


「どうかしたの? 別に、取って食うつもりなんてないよ」

「――――う、うん。……だよね。ごめん、ちょっと考え事してた」


 僕は、そうはぐらかして、優しくも暖かい手と握手を交わした。


「これからもよろしく――」


 なんら不思議ではない行為。

 でも僕は、なんて言葉を口に出せばいいのかわからなかった。

 次になんて言えばいいのかも、


「それじゃ、またね」


 そう言うと、桐吾は背を向けて歩き始めた。

 僕はその背に向かい、


「う……うん、また学校で」


 すんなりと言葉が出てこなかった。出せなかった。

 誰かにこんな言葉をかけたことがなく、言葉が詰まってしまった。


 僕は、去りゆく桐吾の背中を見て、わかったことがある。

 気兼ねなく接することができる関係――「またね」。なんて言葉を交わせる関係……。

 仲間……いや、これが『友達』……か。

 初めて込み上げてくる温かい気持ちに、薄っすらと視界が歪んだ。

 目頭が熱くなる感覚を夕陽のせいにして、踵を返して帰路に就いた――。

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