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第39話『本性と思惑』


「ふむ……撤退、ですか。悪くない判断ですね。もう少し見ていたかったですが……」

「いい状況判断ですね」

「そうですね……ですが、僕的にはもっと――いやいや、これは失礼」


 夢中に話す源藤げんどうさんは、先生の苛立ちを込めた視線に気づいて謝罪を述べた。

 それもそのはず。

 今回の演習も源藤げんどうさんの介入があってのものであり、カリキュラムにもない。


海原かいはら先生、冒険者として必要な素質とはなんでしょう」

「……それは、どういう意味合いでしょうか」


 源藤さんからの質問。

 その質問は、海原かいはら先生をまさか教師と知らずに質問しているわけでもあるまい。

 不可解な質問に対して、海原先生は再度聞き直した。


「私を教師と知っての質問ですか?」

「ああ――大丈夫ですよ。わかってますから」

「…………さすが、と言いますか。そうですか、わかりました」


 先生は天を仰いで、深く息を吸い込んで軽い吐いた。


「私が思うに、勝利への渇望――挑戦。枯れることのない探求心――冒険。それらがなければ、冒険者として……いや、冒険者を名乗れないでしょう。――そう、今の彼らのように」

「素晴らしい、素晴らしいですね。そういう解答が欲しかったのですよ。流石ですね、さん」

「……あまり、下の名前で呼ばれたくはないのですがね」

「あっはは、これは失礼致しました」


 源藤さんは片手をお腹に添えて一礼をした。

 そして、顔を上げるなり話を再開。


「それにしても、素晴らしい生徒さんをお持ちになりましたね」

「……そうですね。本当にありがたいことです」


 このとき、先生はある点について疑問に思うことがあった。

 でもここでその話を深堀しても仕方がない。


 話が一旦途切れ、再び視線を戻すと――。


「おお、おお! なんと! 素晴らしい! 素晴らしいですよ!」


 源藤さんの嬉々とした声を耳に、最も懸念していたことが起きてしまった。


「そうですよ。そうでなくちゃあ面白くない。――次は、次は何をするんですか!」


 まるで子供のようにはしゃぎだす源藤さん。

 その姿を見るに、先生はこう思った――『やはりこの人は壊れている』、と。


 想定していた最悪の状況に固唾を飲むことしかできない。

 隣にいる壊れた人のように楽しむことなんてできない。

 自分の生徒が危機的状況と直面しているなか、誰が笑顔を向けて見ていられるというのだろうか。

 今すぐに中止にしたい――今すぐに助けにいきたい――そう思うのが普通ではないか。


「ここは一旦――」


 と、先生は振り向いて中止の提案しようとしたが、


「ダメですよ。ダメに決まってるじゃないですか――先生」


 落ち着いた冷たい声色が耳まで届く。

 先ほどまでの無邪気さはなく、酷く落ち着いた声と殺意を匂わせる鋭い目線。

 その圧を目の前に、思わず「はい……」と即答する他なかった。

 血の気は一気に引いていき、背中に冷たい汗が流れ始め、まるで従わなければいけないと、体が訴えかけてきているかのように。


「……わかりました」

「わかってくれればそれでいいんです。じゃあ……この素晴らしい戦いを最後まで見届けましょう!」

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