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第35話『僕は挑戦したい』

「はぁ、はぁ――危なかったな」

「うひゃー、全力疾走とか久しぶりで疲れたー」


 一度、呼吸を整えるために足を止めた。

 康太こうた幸恵さちえの言っている通りだ。僕も例外なく、こんなに全力で走るのは久しぶりだ。他のみんなも呼吸の荒さをみるに同じなんだと思う。

 呼吸を整えながら、辺りを見渡して索敵する――が、偶然にも先ほどと同じく安全地帯のようだ……運がいいとしかいいようがない。


「はーもう、さっきのってなんなの? 絶対やばい奴じゃん」

「いやホントに、あんなの聞いてないよ」


 幸恵さちえ彩夏さやかの言っていることは、まさにその通りだ。

 演習授業にあそこまで強力といえるモンスターが登場するなんて、いったい誰が予想できただろうか。序層の階層ボスだとしても、僕たちは未だ学生の身であって冒険者ではない。

 戦闘経験もなければ、僕みたいに軽く情報を知っている人も、みんなみたいに情報……いや、存在自体初めて見る人のほうがほとんどのはず。


「あれは、レンジャーラット――階層ボス」


 みんなの疑問に答えるように、僕は呟いた。


「え、それって本当なの?」

「私も薄々そうなのかなって思ってたけど……そうなんだね」

「階層ボスって、こんなただの授業で出てくるものなの……?」


 桐吾とうご守結まゆはそれぞれの反応を示しているけど、思った通り知識などはバラバラのようだ。

 それに、美咲みさきの着眼点には僕も同意見だ。


「わからない……でも、現に目の当たりにしてしまっては、そうとしかいえない。それに……」

「それに?」

「もしかしたら、偶然出くわさなかっただけで、前回も出現していたのかもしれない」

「もしそうだとしたら、本当に運が良かったとしか言えないね……」

「それで、今のうちに今後の方針について決めたい」


 終了条件について、先生は何も言わなかった。

 それに、前回の終了したときの状況も不確か。

 ……なら、こんな状況のなか、わざわざ危険を冒してまで続行しなくてもいい。でも……。


「僕は、あいつ……レンジャーラットと戦いたい。と思ってる」


 普段のモンスターと違い、大きさ、外見など見るからに強さの桁が違う――完全な危険な架け橋。


「今まで僕は、こんな挑戦をしたことがない。こんな……パーティ、いや、みんなとどこまでいけるか挑戦してみたい。これは、僕のわがままなのかもしれない。1人でも『嫌だ』という意見があるのなら、その意見を尊重したいと思ってる。……だから、みんなの意見を聞かせてほしい」

「私は賛成だよ。志信がそう言うなら勝てると思うし、それに、絶対面白いじゃんっ」

「だな。俺も賛成だ。強いやつとやり合えるなら、俺だって挑んでみたいしな」


 結月と康太は即答。


「で、でも、あいつって相当強いんだよね……」

「そう、勝てる核心なんて何一つない。正確な情報なんて何もない」


 美咲みさきは胸の前で右手を左手で包んで俯いている。不安になる気持ちは至って自然。

 その不安を拭ってあげられるほどの説得力は持ち合わせていない。


「僕は正直に言ったら、危険すぎる……と思う」


 桐吾とうごの言うことはごもっともだ。


「でも、志信しのぶは……いや、僕も同じ。同じだ。僕も挑戦してみたい」


 桐吾と目線を合わせて、一度だけ頷いた。


「私は後衛火力だからさ、守ってもらう立場だから、みんなの意見に従うって言うか……いや違うな。うん――私も挑戦してみたい」

「ふふっ、私はなんかもう吹っ切れちゃってるもんねー。なんでもドーンと来いって感じだよ」


 彩夏さやかと幸恵の各々の返答を確認。

 残りは守結と美咲――。


「私も、彩夏と一緒で、みんなに守ってもらう立場だから、私はみんなの意見に賛成だけど……志信くん、私……大丈夫かな……?」

「ごめん。無責任かもしれないけど、僕はそれを保証することはできない。美咲の思ったことを言って大丈夫だよ」


 美咲の感情を全部とは言わなくても理解はできる。

 守ってもらう立場であるからこその不安や重圧。

 もしも、自分の回復が遅れてしまえば、前で戦ってる人が大怪我をするかもしれない。

 もしも、自分の回復が早くなれば、連携が崩れてパーティが壊滅するかもしれない。

 そんな、見えない負担を抱えながら強制的に参加させるなんて、僕にはできない……してはダメだ。


「――――うん。よし、私決めた! やる、やるよ」

「……ありがとう」

「はぁー。やっぱりこうなっちゃうかぁ」


 そうため息を零しながら呟いたのは守結だった。


「私はね、正直反対。だって、しーくんも言ってたけど、あんなの勝てる確証なんてないわけじゃない? もしかしたら大怪我をするかもしれない。そんな危険なことを快諾なんてできるわけない」


 守結が言ってることは至極真っ当なことだ。非の打ち所がないほどの正論。


「でもさ……。でもさ、しーくんが……。いや、今のなし。やっぱりさ、私もそうだけどみんなの言葉を聞いて改めて思ったんだ。私たちが目指してるのって、冒険者なんだって。――冒険者だったら、やっぱり冒険ちょうせん、しなくっちゃねっ」


 ――そうか……ようやくわかった。

 僕は、『冒険ちょうせん』したかったんだ。

 僕が求めていたのはこれだったんだ――。


 全員の意思は決まった。

 完全なる見切り発進。

 でも、僕たちならっ!


「標的はソルジャーラット――討伐開始!」

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