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58話 終戦祝いのパーティー

式典の終わったその日の夜、王城の大ホールには賑やかさであふれていた。


魔王討伐を祝うための立食パーティーが催されているのだ。大ホールの会場の脇には見た目も味も良い豪華な料理がズラリと並び、常に給仕きゅうじの男女が忙しそうに行き交っている。パーティーへの出席者たちは各々でグループを作って談笑に興じていた。



「ねぇグスタフ、この料理を子供たちに持ち帰るのはアリかしら」


「うーん……気持ちは分かるがナシだな」


「ではグスタフさん、あそこの肉付きのよいチキンを魔術研究用の材料として持ち帰るのはアリでしょうか」


「絶対ナシだ。なんの研究だよ」



俺たち親衛隊メンバーもまた1つのグループになって美味しい料理に舌鼓したつづみを打っている。



……会場の隅っこの方で。だって、他に寄っていけるようなグループも無いし。



……こういうパーティーって居辛いんだよなぁ。前世で結婚披露宴ひろうえんにも出席したことのない俺だぞ? いったいどんな顔してこういう空間に居たらいいのかがまるで分からない。



「おぉ……」



俺たちの方に顔を向けて、会場の男連中が感嘆の息をこぼしている。どうやら俺たちは隠れるように隅の方に立っているだけでも注目を集めてしまうようだ。



……まあ、主に俺以外の2人の存在によってだが。



「なんか周りからイヤに視線を感じるわね、なにかしら」


「……無自覚系美少女って実在したんだな」


「はぁ?」



俺の返しにニーニャは訳が分からなそうに首を傾げた。



……そういうところなんだよなぁ。俺たちに集められる視線の半分はニーニャが持って行っているというのにさ。



俺たち3人は式典の時からは服装を変えてパーティー用の衣装に身を包んでいた。そんな中でニーニャが着ているのは肩を大胆に出したスカーレットレッドのドレス。ロングスカートの裾には可愛いフリルがあしらわれており、ニーニャの年相応の少女らしさを存分に引き立てている。



「なんと素晴らしい美少女だ……」


「ぜひワシのせがれを紹介したいもんじゃ……」


「ダンスに誘ってみようかな……」



遠巻きにニーニャを眺める貴族と思しき男たちからはそんな声が漏れ聞こえている。まあ、気持ちは分かる。俺もこんな子が学校のクラスに居たら授業中は黒板よりもニーニャを眺める時間の方が長くなるだろう。それくらい可愛いからな。


当の本人は自分がそんな視線にさらされているなんてまるで分かっておらず、首を傾げたままなのだが……それがまた純真でいいよね!



「ふふっ、ニーニャはモテますね」


「え、なんの話よ?」


「さあ、なんでしょう?」



スペラはそう言いつつ、手に持ったグラスのシャンパンを飲み干した。どうやらスペラはニーニャほど鈍感ではないらしい。視線の意味もちゃんと理解しているようだ。だがしかし──。



「理解したうえで、スペラさんはその恰好なわけ……?」


「ええ、まあそうですが。似合うでしょう?」



スペラはあえて強調するように、えっへんと胸を反らした。瞬間、「おぉっ!」と周りを遠巻きに囲う貴族の男連中から歓喜の声があふれ出す。



……まあそりゃそんな反応にもなるわな。



スペラのドレスはなんていうか、【歩く公然わいせつ物】とでも言ったらいいのか、とても挑発的なものだった。星の輝く夜空のような色をしたその濃紺のうこんのドレスは、胸元の生地がクロスして2つの束に分かれており……つまり丸い胸の形とその谷間が存分に強調されるデザインだ。スカートはミニで肉付きの良い白い太ももが動く度にチラチラと見える。



「ぜひウチの嫁にっ! 嫁にっ!」


「たまらん! せがれには紹介できんっ! ワシのモノにしたい!」


「ハァハァハァ……あの子もダンスに誘ってみようかな……」



やはり貴族の男どもはそんなスペラにくぎ付けになっている。さっきから入れ替わり立ち替わりスペラに話しかけるタイミングを掴もうとそれとなく歩いて近づいてくるのだが、しかしスペラの胸の圧倒的存在感を間近にするとみんな前屈みになって去っていく……さながら人からサルに戻っていくように。ダーウィンの進化論の図を逆再生しているようだ。男は弱いね。



「しかしグスタフさん、あなたさきほどから私を全然見ないですね? ホラ、ちゃんとドレスを見てくださいよ」


「いや、さっき見たからもういい」


「そんなこと言わず。ホラ、どうです? 寄せてますよ? 夜這いも可です」


「だ、だからいいって!」



俺と言えばありったけの理性を総動員してそんなスペラの爆発的なボディから顔を背けることでなんとか隣にいることができている。ものすごい苦行ではあったが、しかしこれを乗り越えねば今日の俺の目的は達せられない。俺にはやるべきことがある。だからまだ、無残にも前屈みになったまま姿勢を戻せないでいる貴族の男連中のようになるわけにはいかないのだ。



「──おぉっ!」



そんな時、会場がひときわ大きなざわめきに包まれた。みんなの視線が入口へと向いている。俺たちもまた並みいる数の貴族たちの合間から覗き見た。



「す、すごいわね……!」


「わぁ、本当にお綺麗です」



ニーニャもスペラも口をポカンと開けてその光景を眺める。会場にいるほとんどすべての人間の視線を独り占めしていたのは──レイア姫だ。侍女に手を引かれて登場した彼女は、胸元が花柄のレースにあしらわれた純白のドレスに身を包み、会場の中央を歩いてきた。



「なんとお美しい……」


「心が洗われるようだ」


「僕ふぜい、あいさつに行くのもおこがましく感じる……」



先ほどまでスペラの姿に鼻息を荒くしていた連中も、まるで毒気を抜かれたように呆然としている。見とれて、時間が止まったかのように誰も動かなかった。それほどまでに姫のたたずまいは完ぺきだった。


しかし、姫が足を止めてからしばらくして、1人の貴族が動き出すとつられたように多くの男連中がいっせいに動き出した。



「レイア姫っ! ごあいさつをしたく!」


「私もです!」


「ぜひその次は私と!」



たちまち、レイア姫の前にはあいさつ待ちの貴族たちの行列ができてしまう。



「あらら。大変ねぇ、レイアも」


「ですね。あいさつだけで疲れてしまいそうです……どうかしましたか、グスタフ?」


「ん、いや、なんでもない」



ずっと無言だった俺にスペラがそう訊いてきたが、俺はひと言そう返事をすると手に持っていたグラスのシャンパンを一気に飲み干した。心にくすぶる火の粉を消火するように。



……まったく、俺ときたらどこまでレイア姫に惚れてしまったのか。貴族の男どもがあいさつに群がるそんな様子にさえ、嫉妬の火が点いてしまうとは。



しばらくすると、会場には楽団による生演奏での音楽が流れ始めた。パートナーのいる貴族たちはそれに合わせて優雅にダンスを踊り出し、パートナーのいない男たちはいそいそと女性を探しに辺りを見渡しだす。



「さて、と」



──そんな中で俺は、レイア姫へと向かって1歩を踏み出した。



「グスタフっ?」



ニーニャとスペラの俺を呼ぶ声が後ろから聞こえるが、俺は振り返らない。俺はただ歩く。大股で1歩1歩、風を肩で切るように。



……ごめんな、2人とも。もうこれ以上ジッとしてはいられないから。ちょっと行ってくる。



俺がその場を離れるやいなや、貴族の男連中どもが狙いすましたようにニーニャたちへと殺到した。きっとダンスの申し込みに行ったのだろうが……命知らずな。ニーニャたちは一筋縄ではいかないぞ?


ともかく、俺は歩いた。レイア姫へと一直線に、彼女へと続く他の貴族たちの長い列には目もくれない。そして、姫と、今まさに姫の関心を引こうと夢中になって喋りまくっている貴族の間に割り込むようにして口を開く。



「姫」


「っ!」



俺の声に、姫は弾かれたようにバッとこちらに振り向いた。



「グ、グスタフ……様っ?」


「はい。グスタフです」



こちらを向いたレイア姫の額には薄く汗が浮かんでいる。驚きに少し上ずったその声もどこか渇いていて、絶えずに続く貴族たちとの会話に疲れているのだろうということがありありと分かった。



「君、何用かね?」



レイア姫と現在進行形で話をしていたヒゲもじゃの貴族の男が、眉間みけんにシワを寄せた。



「見ての通り、今は私が姫と話しているんだがね」


「ええ、知ってます」


「ではなにゆえ割り込んできたのかね。まさか作法を知らないわけでもあるまい……と、そういえば君は確か魔王を討伐したとかいう元平民か。それならば無作法なのも頷けるが」



そう言ってその貴族がせせら笑うと、レイア姫が普段の温厚な表情を険しくする。きっと何か言い返してくれようとしているのだろうが……その前に、俺はそんなレイア姫を止めるようにしてその手を取った。



「へっ……グ、グスタフ様っ⁉」



とたんに、姫の顔は真っ赤に染まる。



「おいっ、君っ! 姫殿下の手を急に取るなど……無礼だぞっ!」



貴族は顔に浮かべていた薄笑いを引っ込めて鼻息を荒くする。対照的に、俺はあえてひょうひょうとした態度で振り向いた。



「姫はお疲れです」


「なにっ?」


「当然でしょう、何人もの方々と連続でごあいさつをされているのですから。姫にはご休憩が必要です」


「し、しかしだなぁ。私はここまで並んで……」


「貴族の作法とは、自分の都合を押し通すのみで相手の気持ちをおもんばからないことを言うのでしょうか?」


「ぬ、ぐっ……!」


「親衛隊隊長として、俺は姫を休ませるという責務を果たさせていただきます」



俺の言葉に貴族が言い返せずに押し黙ったので、俺は取った手をそのままに引いて貴族たちの列の前からレイア姫を連れ出した。



「グ、グスタフ様っ……」


「行きましょう、姫」


「で、でも……」


「姫、俺は姫といっしょに居たいです」


「っ⁉」



レイア姫がビックリといった様子で俺の手を強く握り返した。その顔は先ほどよりも赤く、会場に来た時に凛としていた完ぺきそのものの態度も今は無い。照れか恥ずかしさか、モジモジと体をくねらせている。



「レ、レイア姫殿下……!」



後ろから、そんな声とともに貴族たちのすがるような目が追いかけてくる。レイア姫はそれに一度振り向くと、困ったように笑いかけて、



「……ごめんなさい、私、少し疲れてしまったようですわ」



そう言い残すと、俺の腕をギュッと引き寄せ、横に並んで歩き始めた。

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