──王城への魔王軍の大規模侵攻から3日が経過した。
俺のケガはスペラの回復魔術によって完全回復、特別な後遺症も無い。
だがしかし、侵攻によって大ダメージを与えられた王城はボロボロだ。復興作業が猛スピードで進められてはいるが、主戦場となった中庭には大きなガレキが山積みで、あちこちの壁には大穴が空いており、どこもかしこも人手不足だ。
そして、そんな慌ただしく、とても忙しい日々の中のことだ。
「グスタフ君、ニーニャ君、スペラ君。
「えっ、うそ?」
モーガンさんの言葉に、俺は思わず敬語も忘れてそう問い返してしまった。俺と同じく王城の中庭の復興作業に汗水を垂らして土埃だらけになっていたニーニャとスペラもまた、ポカンと口を開けている。
「嘘ではない。4日後だ。陛下はこれを催すため、すでに一昨日には周辺諸侯に招待状も送っている」
「えぇ、なんでまたこんな忙しい時期にするのよ」
ニーニャは眉間にしわを寄せた。
「それってたぶんアタシたちの方もいろいろと準備が必要なのよね? アタシたちが作業を抜けちゃったら王城復旧が遅れちゃうわよ?」
「ああ、それは分かっている。だがな、陛下はこの王国と魔王軍の戦いの正式な終戦宣言を優先なさりたいご意向だ」
「それってそんな大事なことかしら?」
はぁ、とため息を吐くニーニャへと隣でスペラがひょこっと小さく手を挙げた。
「私は式を行ってしまうのに賛成ですね。たかが式と思われるかもしれませんが、これって結構重要なことだと思うんです」
「え? なんでよ。戦いは終わりましたーって、王様が発表すれば済む話でしょ?」
「口や文書ではなんとでも言えよう、というものです。それに直接、この戦いの起こった場所を見てもらうことでより実感を持ってもらえるでしょうから。実は昨日、私は医薬品類の物流ルート復旧のための作業をしていたのですが、隣町から来た商人さんたちに話を聞く限りだと、周辺の町々では『本当に魔王は死んだのか?』と疑う声がまだまだ大きいようです。だから恐らく地方に行けば行くほど、この事実はあいまいになっていくでしょう」
淡々としたスペラの言葉にモーガンさんは深く頷く。
「その通りだ。この城下町での商業活動は、最初の魔王軍襲来から依然として縮小してしまっている。だからこそ早々にこれを解決せねばならない、というのが陛下のお考えだ。よって
「なるほど……地方貴族たちに直接事実を伝える場があれば、あとはその貴族たちがそれぞれの領地でその発表の事実性を広めてくれるってことか」
……よく考えられているなぁ。だいたいのRPGにおける国王っていうのは存在感が薄いか悪役かのどちらかだけど、この王国の長はちゃんと深く考えて国のために動く、れっきとした王なんだなと改めて実感する。
「……って、終戦宣言式をするために招待状を送ったってことは、俺たちの叙勲式はそのオマケにやるってことですかね?」
「う、うむ……」
目を泳がせるモーガンさん。オイ、そこは嘘でもそんなことはないって言ってほしかったな。
「まあ、単にオマケというわけでもないぞ」
「ん? どういうことですか?」
「グスタフ君、君は覚えていないのかね? 君が魔王を討伐した際に陛下に求めた褒美の内容を」
「……あっ」
……そうか、ゴタゴタで忘れていたが、そういえばそうだった。
「グスタフ君、君はこれから貴族の仲間入りを果たすんだ。今後は他家の方々に名前を覚えていってもらわなければならないだろう」
「確かに……。そういった意味ではこの貴族全員が集まる叙勲式は俺にとってはチャンスってわけですね」
「うむ。今回同時に叙勲式を行うのにはそういった陛下のお心遣いもあるのだろうな」
つくづく、王はいろいろなことに頭を回せていてすごいなと感心してしまう。
「分かりました。それじゃあご厚意に甘えます」
「うむ。そうするのがいいだろう」
モーガンさんはにこやかに頷いた。
……あ、そうだもう1つ聞いておきたいことがある。
「あの、叙勲の対象って俺とニーニャとスペラさんだけになるんですか?」
「うん? まあそうだが、それがどうかしたか?」
「いちおう勇者とかがいたよなーって思って」
「ああ、勇者アークか……」
モーガンさんはどこか遠い目をすると、
「ヤツは罪人の身だ。いまは王城地下の留置場にいるから式典は無理だな」
ため息とともにそう吐き出した。
……まあ、そりゃそうか。いちおうは魔王討伐の貢献人のひとりではあるが、その前に王城で働くメイドを人質に城から逃亡しようとしていたんだもんなぁ、アイツ。
ちなみに魔王を倒すために俺はアークをぶん投げたわけだが、そのあとアークは大きなケガもなく無事だった。城から少し離れた場所の建物の壁に突き刺さった俺の槍に、必死の形相でしがみつきながら気絶しているところを、発見した衛兵たちによって保護されたようだ。意識もなく無抵抗だったのでついでにその場で逮捕されたらしい。
「……そういえばグスタフ君は陛下にアークの減刑願いを出していたな? 君もアイツには散々振り回されていただろうに、どうしてだ?」
「まあ、なんかちょっと
「ふむ……まあ、君がそうしたいというなら止めはせん」
モーガンさんが苦笑していると、
「──モーガン様っ」
突然この中庭に響いたソプラノの声。俺は少し肩を跳ねさせてしまう。王城の入口から侍女に手を引かれながらゆっくりと中庭に歩き出てきたのは、レイア姫だった。
「お父様がモーガン様にご相談事があるそうです。至急、玉座の間までいらして欲しいと」
「これはこれは、姫。わざわざお呼びに来ていただきありがとうございます」
「いえ、私にできることといえば今は伝令の真似事くらいのことですから」
レイア姫はそう言ってほほ笑んだ。
太古の魔術が不発に終わり、唯一残念だったこと──それはレイア姫の目のことだ。彼女の目は再び閉ざされてしまい、それきりもう何も見ることはできなくなってしまったようだ。
……レイア姫はまるで気にしていない風だけど、本心はどうなんだろう。とは言え、それを知ったところで俺にできることはといえば姫の側で寄り添うことくらいなのだが……しかし、最近はそれもできていない。なぜなら──。
「それよりモーガン様は中庭で何をなさっていたのですか?」
「ええ。少々グスタフ君たちに話がありまして」
「えっ!!!」
レイア姫が、恐らく先ほどの俺の倍くらいの勢いで肩を跳ね上げさせた。そして辺りを見渡すように顔をオロオロとさせる。
「グ、グスタフ様がいらっしゃるのですかっ?」
「あ、あの……姫?」
「っ⁉ ⁉ ⁉」
俺が話しかけるとレイア姫はビクーッ! となって侍女の後ろに隠れてしまう。それも、その雪のように白い顔を夕焼け時の太陽のように真っ赤にさせて。
「グ、グググ、グスタフ様……! その、あのあのあの…………お、お
姫はそう言い残すとダッ! と周りの目も気にせず侍女すら置いてダッシュで走り去ってしまう。転ぶかなにかにぶつかるんじゃ、と心配に思ったが無事に王城の中へと消えていった。
「グスタフ、アンタ……レイアとまだあんな感じなの?」
「う、うん……」
「グスタフさんも顔が真っ赤ですね?」
「言うな、自分でも分かってるんだから……」
ニーニャとスペラに呆れのまなざしを向けられて、思わずそっぽを向く。
……実は魔王を倒してからこの3日、まともにレイア姫と話せてないんだよな。理由はもう言わずもがな、って感じだ。
──意識をしてしまっているのだ。
魔王討伐のあの日、いくら状況が状況でテンションがだいぶおかしなことになっていたとはいえ、レイア姫と唇を重ね、あまつさえ『好き』『ずっといっしょに居たい!』『愛してる!』などと冷静になって思い返せば恥ずかしさに
……勢いって、怖いね……。