玉座の間。そこで意識があるのはたった数人。俺と魔王、レイア姫の3人だった。地面に座り込むレイア姫から離れた場所で、俺と魔王は火花を散らしていた。
「魔王ぉぉぉッ!」
「グゥッ‼」
俺は次から次へと攻撃を繰り出す。怒り、それが俺の体を駆り立てて、神がかり的と言えるほどに槍の腕が
……このクソ野郎が、姫の心を揺さぶって楽しむなんて許せねぇ……! 太古の魔術の発動阻止のために死ぬべきは魔王か姫か? わざわざそんな問いを持ち出しやがって! そんなもん考えるまでもなく魔王に決まってんだろうが!
俺は魔王の繰り出す攻撃全てをギリギリのところでいなし、『雷影』、『千槍山』、『流水千本突き』、『溜め突き・超』、『クアトルデント・フォーサー』など、手にするすべてのスキルを駆使して、ダメージを重ねていく。
「──グハァッ! ク、クハハハッ! やるではないかグスタフとやらっ! 『グロリアント・デミルマ』!」
「『千槍山』!」
超強力な闇属性攻撃は俺の槍のスキルでも相殺はできない。一瞬を持ちこたえるだけで地面から伸びた槍の山が砕け散った……が、しかし俺はそのスキルのおかげで生まれた闇の攻撃の合間を
「なッ⁉」
足払い。魔王の体勢が崩れた。槍の
「トドメだッ!」
スキル『雷影』。電撃的な一撃が繰り出され、正確に魔王の頭を打ち抜いた。魔王の顔面には大穴が空き、その体はゴロンゴロンと地面を転がって……しかし。
「クックックック……」
ユラリ、と魔王は立ち上がった。顔面の大穴はシュウ、という音を立てて煙を上げるだけで、その後すぐに回復していく。
「無駄無駄。余を殺すことのできる存在はこの世に勇者のみ。いくらお前が強かろうとその法則は変わらないのだ」
「それなら……死ぬまで殺し続けるまでだッ!」
俺はそれからもがむしゃらに攻撃を続ける。
「らぁぁぁあッ!」
頭がダメなら体だ。『流水千本突き』で穴を空けまくる。『雷影』で心臓を
「うがぁぁぁあああッ!」
槍の柄で魔王の頭を叩き潰す。『千槍山』で串刺しにしたその首をねじり上げて1回転させる。『クアトルデント・フォーサー』で四肢をバラす。頭を2つに割る──だが。
「無駄無駄無駄なのだよッ、グスタフッ!」
「くそっ!」
何度何度殺しても、魔王はその度によみがえった。
……どうするっ? どうすればいいっ⁉ 何をしても殺せない。本当に俺じゃ殺せないのか? そしたら姫はどうなる?
太古の魔術が発動した後のことなんて分からない。何故ならゲームじゃその前に勇者が魔王にトドメを刺して、レイア姫を救い出していたのだから。
「どうしたグスタフ? 攻勢は終わりかな? 『デスサイズ』」
「くっ……!」
魔王の鎌のように伸びる闇属性攻撃魔術を辛うじてかわし、俺は距離を取る。余裕の笑みを浮かべる魔王が憎い。それは何をされても俺に殺されないと、そんな確信を見て取れるものだった。
……クソ、どうする? 今から勇者を探しに玉座の間を出るか……? だが、今の勇者はお荷物すぎる。この場に来たところで一太刀だって魔王に浴びせることはできないだろう。
……いや、それにそもそも乱戦模様のこの王城じゃ探すのに時間が足りない! しかも探しに行くにしろ、このまま魔王の元へと姫を置いていくことなんてできない。殺す以外で何をされるか分かったものじゃないのだから。
……だったら姫を連れ一時撤退をして……いや、ダメだ! 魔王を1人にして、その間にどこかに逃げられでもしたら、それこそ完全に【詰み】じゃないかっ! もう魔術の発動を止める鍵が姫の命しか無くなってしまう……!
……それなら、ならば……どうする、俺……! 考えろ、考えろ……!
「考えるヒマが果たしてあるかな」
魔王の暗い呟きが玉座に響く。
「──ああっ!?」
「姫ッ!?」
背後、振り返ると姫の体が、まるで操り人形のようにき上がった。その手に握られていたのは割れたガラス片。
「体が……勝手にッ!」
「さあ、姫……戯れの時間といこうか」
魔王はニヤリと、口端を歪めた。
「お前の目玉以外に用はない……そのガラスで左の指を切り落とせ」
魔王の命令通り、姫の体は動こうとする。
「姫ッ!」
俺は地面を思いっきり蹴りつけて、そうしてレイア姫の元まで駆けつける。そしてその右手に握るガラス片を粉々に砕いた。
「グ、グスタフ様! 後ろ──」
姫が声を漏らした直後。
「クハハッ! ようやく隙を見せたな、グスタフッ!」
「グッ⁉」
俺の体を、横から強力な闇属性攻撃が襲った。体がバラバラになりそうなほどの威力、そして精神に作用する暗い力が俺の意識を揺らす。
「グスタフ様ッ!」
レイア姫の悲鳴に大丈夫と応じる余裕も無い。俺の体は勢いよく吹き飛び、ズガァンッ! と大きな破壊音を立てて玉座の間の壁をブチ破る──壁の向こう側は外だった。
「グッ……!」
俺は辛うじて床に指を立てて掴まり、危ういところで地上数十メートルの高さからの落下を逃れた。だが……あまりのダメージに体が痺れている。それに、上から降り注ぐガレキが邪魔をして、上にあがれない。
「クハハハッ! まったくもってお前ら人間は
魔王は腹を抱えて笑うと、今度はどこからか短刀を取り出してレイア姫へと投げ渡す。
「ホレ、レイア姫よ。今度はそれで喉を突いて見るがいい。きっとまたグスタフが飛んでくるぞ……!
「……っ! このっ、外道っ!」
レイア姫が魔王を罵倒する。しかし、その体はまたもや魔王の命令通りに動こうとしていた。姫は無意識に動こうとするその右手を必死に左手で抑える。
「私に何をしているの……魔王カイザースッ!!!」
「ただの
「うぅっ!」
レイア姫が殴られ、床を転がった。その拍子に投げ出された短刀を、魔王は再び姫の元へと投げる。
「レイア姫よ、余を楽しませろ。余は茶番が好きだぞ?」
「くっ……グスタフ様ッ!!! どうか……私のことは気にしないでっ、魔王をッ!!!」
「だ、そうだぞグスタフ! どうする騎士様よ、姫は傷つきたがっているようだがぁっ!? それでも貴様は守るのかなぁっ!?」
レイア姫の操られたその腕が、短刀をその喉へと持っていく。俺はガレキを弾き飛ばして這い上がる。そして駆けた、風よりも速く。決して死なせはしないと、俺は姫の元に駆けつけその短刀を掴み、奪い取って投げ捨てた。
「ハハァ、良くやったグスタフ。ところで、隙だらけだぞ?」
姫の自害を止めた直後、黒い魔力が集中した魔王の右手が俺の腹に叩き込まれる。メシャリ、とその拳がめり込んだ。
「ガ、ァッ……!」
腹部の鎧が完全に砕け、血と胃液が喉にこみ上げてきた。攻撃の勢いのあまり、俺の足が地面から浮く。
「フン、これで終わりか、呆気ないものだ」
再び、闇の槍のような形をした魔王の最大威力の攻撃魔術『グロリアント・デミル・ゾムニア』が俺に向かって放たれる。宙に浮いている俺に避ける術はない……魔王はそう思ったのだろう。だけど。
……俺は、こんなとこで死んでられねぇんだよッ!
俺は槍の底の部分、石突きでしたたかに床を打ちつけて『千槍山』を発動した。
──冥界の門が開くまで、あと168秒。