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49話 アブレ・エル・インフェルノ

……魔王、アイツが向かったのは恐らく玉座の間だろう。理由は分からないが方向的に思い当たるのはそこくらいだ。



王城内の曲がりくねった廊下を行く時間はない。ショートカットだ。俺は自身のステータスに物を言わせて外壁を蹴って城を登っていく。すると途中で魔王のしわざと思われる大穴が壁に空けられていたので、そこから城内の廊下へと入った。すると、城の中で守りを固めていたと思われる衛兵たちが倒れ込んでいる。



「クソッ、分かりやすい道しるべだなっ!」



玉座の間へと向かう道すがらに衛兵たちがバタバタと倒れていた。俺はソニックブームが出るんじゃないかというくらいに全力で廊下を駆け抜ける。



──そして、とうとう玉座の間。俺は厳かなその扉を蹴破るようにして開け放つ。



するとやはりそこには魔王カイザースが立っていた。



「ほう? 思ったより早かったな」


「魔王、おま──⁉」



言いかけて、言葉を飲みこむ。いや、飲みこんでしまった。



「なんだ、これ……⁉」



玉座の間には血液のように赤い空気が渦を巻くように満ちていた。王は玉座で意識を失って倒れており、他の衛兵たちも地面へと突っ伏している。



「まあ安心するがよい、全員まだ生きてはいるのだから。ただ、この魔術の余波に当てられて気絶しているだけのことだ」


「この魔術……?」



よく見れば、その赤い空気は魔王の手に広げられていた古い本からあふれ出しているようだった。そしてその空気は渦巻く勢いを強め、そして魔王の後ろへと吸い込まれるように集まっていく。



「ククク……」



魔王が1歩横へと体をズラした。その背後に浮かんでいたのは──。



「レイア姫ッ!」



姫がまるで宙にはりつけにされるように浮かんでおり、玉座の間を満たしていた赤い空気はすべて、その体へと飲み込まれていた。



「時すでに遅し、というヤツだな」


「ま、魔王ぉぉぉおッ!」



俺は魔王へと飛びかかった。



「ふんっ、この程度」



不敵に笑う魔王。俺の槍でのひと突き、それは容易く止められていた。



……だが、それがどうした?



「うらぁぁぁッ!」


「ぬっ⁉」



流れるように槍のつかを使って払い攻撃、そしてバランスを崩した魔王の腹のど真ん中に蹴りをぶち込んで距離を取る。



「『雷影』ッ!」


「グッ、ガァッ‼」



バリバリィッ! と電撃に焼き付けられるような音を響かせて、魔王の体が床を転がっていった。今のうちだ。俺は宙に浮かんでいた姫の体を抱いて、地面へと降ろす。



「姫ッ! レイア姫ッ! 目を覚ましてッ!」


「う、うぅん……」



そして礼儀も作法もない乱雑さでペチペチと姫の頬を叩くと、ぼんやりとした表情でその目が開いた。



「グスタフ様……?」


「そうです、グスタフです。姫、よかっ……」



……え? 



俺は思わず目を見張った。二度見する。どういうことだ? 意識を取り戻したそのレイア姫の目が、開いているだとっ……⁉



「ひ、姫っ、目が……!」


「は、はい、グスタフ様。私……グスタフ様のお顔が、見えます……!」



姫の手が俺の顔に触れる。とても嬉しそうに。……しかし、その瞳の色は先ほどまで玉座の間を満たしていたものと同じ、深紅に染まっている。



「ククク……言ったろう? 時すでに遅し、とな」



背後で魔王が立ち上がったので、俺は姫を庇うように背中へとやった。



「魔王お前、レイア姫にいったい何をっ……!」


「ふっ、お前たち人間は知るまいが、そこにいるレイア姫は余の求めた【太古の魔術】を使うためのユニークスキル──『真理の眼』を持っているのだ。そしてそれを今しがた使わせてもらったところだ」

「っ!」



……やはりとは思ったが、先ほどの血液のように赤い空気は【太古の魔術】を発動したことによる副産物だったらしい。あと一歩、間に合わなかった……!



「ククク、姫の背後を見てみるがよい」


「姫の、背後……?」



振り返って姫を見る。



「なっ……⁉」


「見えるだろう? 骸骨ガイコツの魔術師が持つ時計が」



魔王の言う通り、姫の後ろにはいつの間にか魔術師のようなフードを被った大きな骸骨が不気味な柱時計を持ち、まるで亡霊のように浮かんでいた。



「余が発動した太古の大魔術──『冥界の門を開けよアブレ・エル・インフェルノ』。冥界めいかいの門番が持つ柱時計のその針が1周したその時、この王国の上空に冥界の門が開け放たれ、怨念邪念にまみれた魔どもがあふれ返るのだ」


「くっ、させるかよっ……!」



俺は槍をその骸骨めがけて振るう。しかし、その髑髏ドクロの表情は変わらない。やはりと言うべきか槍はその体をすり抜けた。



「無駄だとも、グスタフとやら。冥界の門番に実体は無いのだ」


「……魔王ッ! なぜ……なぜこんなマネをするッ!」


「なぜ? なぜとはなんだ?」


「冥界の門を開けて、いったいお前になんの得があるんだって聞いてんだよッ!」


 俺の叫ぶような詰問きつもんに、しかし魔王は不思議そうに顎に手をやって、


「逆に問おうか、グスタフよ。なぜ貴様ら人間は、笑うのだ?」


「……は?」


「なぜすべてが想像フィクションで形作られた物語を読む? なぜ食べる訳でもない花を育てる? なぜ性交に恋愛などという中間を挟むのだ?」


「なにを言ってる……? そんなの……」


「『ただ本能的にそうしたいから』。そこにそれ以外の意味などない。そうだろう、グスタフ?」


「つまり、やりたかったからやっただけだと、そう言いたいのかっ……?」


「軽い動機と混同してもらっては困るぞ? 余がこの世を魔で満たさんとするのは魔王としての本能なのだ。余は『そうせよ』と形作られただけなのだからな」


「そんな……そんなあいまいな理由で冥界の門を開けてみようと思っただぁ……? ふざけやがって!」



怒りに任せて俺は魔王に向かって突撃をするが、しかし突如としてその姿は消えた。それが魔術、『テレポート』であると気づいた時には遅かった。



「なっ⁉ しまった……!」



魔王は床にへたり込むレイア姫の後ろに立っていた。マズい、もしいま姫を攻撃されたら……と背筋が凍るが、しかし。魔王そんなそぶりは見せない。その代わり、ニヤリと邪悪な笑みをたたえて姫の耳元で口を開く。



「レイア姫よ。良いことを教えてやろう、この魔術を止めるすべだ──」



その言葉を聞いた瞬間、俺の背筋になにかゾワリとした悪寒がはしった。直感的に、それを言わせたらマズいという本能が俺を駆り立てる。



「やめろっ!」



とっさの俺の制止の言葉に、しかし魔王は笑って先を続けた。



「その魔術を止める術はふたつ。術者であるこの余を殺すか、あるいはレイア姫、この魔術の媒体ばいたいとなっているお前が死ぬかのどちらかだ」


「──っ」



レイア姫の表情が一気に抜け落ちた。



「ハハハッ! どうするべきかなぁ、姫よ。柱時計の針が1周にかかる時間は300秒。つまりは5分だ。残りはおよそ……260秒というところか! その時間を有意義に使って考えるがよい!」



魔王はあざ嗤いながら俺を見る。



「許せよグスタフ。人の絶望の表情を見たいと思うのも、魔王としての本能なのでね」


「──このッ! クソ野郎がッ!」




──冥界の門が開くまで、あと263秒。

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