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46話 穏やかな日々、薄氷の上

「クソがぁっ! 縄を解けっ!」



勇者アークは無力化され、中庭に建てられていたオブジェの1つに縛り付けられた。



……その姿はもはや勇者とは言えない。どちらかといえば現行犯で捕まった銀行強盗のようなありさまだ。



「おいキサマら、俺様を誰だと思っているっ? 勇者にこんな扱いをする国がどこにあるってんだっ! 誰か縄を解けっ! アグラニス! アグラニスはどこだっ⁉ 俺様を助けにこーいッ!!!」



ぎゃあぎゃあと騒ぎ続けるアークにはもはや誰も応えはしない。とりあえず逃げないように、数人の見張りの衛兵が呆れたまなざしを向けるだけだ。



……しかし、アグラニスの件については驚いた。とりあえずこの後に時間を作って王に報告しないと、だな。



「はぁ……しっかし予想以上の人騒がせを起こしてくれたものね」


「ん? ああ、アークのことな。確かにイチャモンどころじゃなかったな」


「どうかしたの、グスタフ? なんか考え込んでた?」



首を傾げるニーニャにアグラニスのことを伝えようかと迷ったが……いや、今はやめておこう。もしかしたらまだ王国内にアグラニスと同じ立場の人間もいるかもしれないのだ、知る人は少ない方がいいだろう。意図せず、ポロっと情報をこぼしてしまうこともあり得るからな。



「なんでもないよ。とりあえず今は勝利を喜ぶとしよう」


「まあ、このアタシが副隊長を務める親衛隊だもの。勝利は約束されていたけれどね!」


「おうおう、よくがんばってくれたな、ニーニャ」


「あぅ……!」



そうやって、得意げに胸を張るニーニャの頭をヨシヨシと撫でくり回す。どうやら相変わらず撫でられるのは嫌いじゃないみたいで、首をすぼめて頭を差し出してくる。うーん、可愛いらしい。こうやってるとまるで兄妹きょうだいにでもなった気分だ。


そんなこんなをしているとスペラもまた俺の側へスススと寄ってくる。



「ズルいですね、グスタフ。私もがんばったのですから撫でてもらわないと困ります」


「めちゃくちゃ決闘を楽しんでたみたいだけど?」


「それはそれ、これはこれです」


「分かった分かった。じゃあ、はい。頭出して」


「ええ、よろしくお願いします」タップン


「なぜ乳を持ち上げた」


「……? よろしくお願いします」タップタップ


「不思議そうな顔をして差し出してくるなっ!」



せいっ! はっ! とスペラからの強制乳渡しを回避するために高ステータスの無駄使いをして動き回っていると、辺りの衛兵たちからは「さすがは王城随一の実力者ぞろいの親衛隊!」「勇者たちとの決闘ですら物足りずに修業とは、なんという見上げた精神!」なんて声が集まってくる。



……別に戦闘訓練をしてるわけじゃないんだけどね!



「やあ、グスタフ君。おめでとう、素晴らしい戦いぶりだったぞ」



そんなこんなで俺たち親衛隊がわちゃわちゃとしているところに、モーガンさんとレイア姫がやってくる。



「いやしかし、勇者が人質を取るとは……とんだ事態が起こったものだな、グスタフ君」


「いやはや、まったくです」



俺はスペラの腕の関節を後ろで固めながら、そう返す。「ああ、動けない……でもこれはこれで……なかなか良いモノ……」なんて言ってる痴女スペラのことはガン無視だ。



「勇者アークは……果たして君の下で使えるかね? 私にはヤツが君に反抗する未来しか見えないのだが」


「奇遇ですね、俺もです。ちょっと扱い方は考えないといけませんね」



モーガンさんは困ったように苦笑いをした。



「ともかくこれからはグスタフ君、君に魔王討伐を一任することになる。王国の未来を君に託すぞ?」


「はい。それは任せてください。俺が必ず魔王を討伐してみせます」



……そしてその先、必ずや俺は爵位しゃくいを手に入れる。レイア姫のパートナーとしてふさわしい人物になれるように。



俺はスペラのことをニーニャに預けると、姫の前に歩み出る。



「姫」


「はっ、はいっ、なんでしょう?」


「この決闘の勝利はほんの第一歩です。いや、まだスタートラインに立っただけかもしれません。それでも必ず俺が迎えに行きますので……それまで待っていてもらえますか」


「もっ、もちろんですっ! グスタフ様、その日までずっと待ち続けますわっ!」


「ありがとうございます、姫」


「……えっ? なによこの空気?」



見つめ合う俺とレイア姫を交互に見て、ニーニャが口を挟んでくる。



「ちょっとちょっと、どういうことっ?」


「ニーニャ、恐らくこれは……【王道ラブロマンス】というヤツでしょう」



ニーニャに関節を決められたまま、スペラが真剣な表情でそれに答えた。



「ラ、ラブロマンスっ⁉」


「ええ。王子と平民の娘であったり、あるいは姫とその騎士の身分差恋なんていうのは鉄板中の鉄板カップリングであると、この前立ち読みをしていた本屋さんで巡り合った書物にそう書いてありました」


「んなっ⁉ グスタフとレイアが、そんな……いつの間にっ⁉」


「まあ私は遅かれ早かれと思っていましたが。そんなに驚くことでしたか?」


「そりゃそうよっ! アンタは何とも思わないわけっ?」


「まあ、私はグスタフが姫殿下との夜の関係で物足りなさを覚えたときの一夜のなぐさみ者にされるのも、それはそれでアリだなと思っていますので……」


「……変態アンタに訊いたのが間違いだったわ」



ニーニャはため息混じりにそう言うと、それからキッと俺と姫の方に鋭い視線を送ってくる。



「言っとくけどね、アタシはそう簡単には許さないんだからっ! ちょっとレイア! こっちに来なさい! 話があるわ!」


「イ、イヤです。だっていま良いところなんですもの」


「ムキーっ! ならアタシが割って入りにいくわよ!」



ニーニャはスペラを放り出すと、その持ち前の身軽さでピョンとひとっ飛びに俺たちへと詰め寄って、レイア姫は応戦のためかヘンテコな構え方でそれを迎え撃つ。



……波乱の展開? もしかして修羅場? まあなんにせよこれは悪い騒ぎ方じゃない。別に2人とも険悪ってわけじゃないしな。



俺と姫との間のちょっといい感じの雰囲気は立ち消えてしまったけれど、でもまあ、こういうネコがじゃれ合うような空気感も俺は好きだ。声たかだかにニーニャと言い争う姫のその表情も、どことなく生き生きとしている気がするし。


こういった穏やかな日常の光景が、このまま連綿れんめんと続いていけばいい。




──だがそういった望みは、この世界の支配を目論む者がいる限り抑圧されつづけるものなのだ。




「……あれ?」



突如として厚い雲に空が覆われ……何か漂う空気に違和感を覚えた。その時だった。



「カカカ、何とも面白そうな人間模様じゃねェか。もっと詳しく聞かせろよ」


「ッ⁉」



ガキンッ! 背後から突然仕掛けられたその攻撃に、俺の槍の防御が間に合った。



「ほう……やはりこの程度軽く受けるか」


「お前は……! なんでここにっ!」



俺に気付かれず背後を取って攻撃を仕掛けてきたそいつは、背中から竜の翼を生やし虎の顔を持つ者──【ガドゥマガン】。魔王軍三邪天の最後のひとりにして最強のひとりだ。



「ったくよォ、本来なら1対1タイマンで殺してやりたいところだったが、残念だなァ。オレじゃキサマには勝てんだろう。まともにやったんならな」


「……ならなんで王城にひとりで乗り込んで来た? 自殺希望か?」


「カッカッカッ! そんなわけあるかよ。オレたちは腹をくくったのさ」



俺の言葉に、ガドゥマガンは頬まで裂けた大きな口を開けて笑った。



「キサマのせいで計画はグチャグチャだ。レイア姫をさらうことはできず、戦力の補充にも失敗し、三邪天もふたりが滅ぼされるときた……」



ガドゥマガンは空に向けて雄叫びを上げた。



「このままキサマらにオレたちの戦力は削らせるのは愚策! ならばいっそ、まだオレたちが優勢な今のうちに、総力戦をおっぱじめちまおうってことよォ!」



直後、厚い雲の間から無数のガーゴイルたちが飛び出して、地上へと迫ってきた。


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