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44話 決闘開始~その3~

勇者アークが王城衛兵たちに運ばれて舞台から降ろされて、そして早くも3本目、親衛隊VS勇者一行の最後の決闘が始まろうとしていた。



「【レイア姫親衛隊スペラ】対【勇者一行魔術師アグラニス】! 両者舞台へ!」



モーガンさんの言葉と同時、アグラニスは舞台上へとテレポートで現れる。王城衛兵たちの驚きに息を飲む声が重なった。



……へぇ、なんていうか戦闘し慣れてる雰囲気だな。今の突然のテレポートも、恐らくは空気を自分の流れに持っていくためのパフォーマンスだろう。



「スペラさん、いちおう油断はしないように。アイツらが苦戦してる山脈の話からだいたいのレベルの予想はつくし、普通なら負けないとは思うけど……あのアグラニスとかいう魔術師、何をしてくるかは分からない」


「ご安心を、グスタフ。私が人間の魔術師程度におくれを取るなどあり得ませんので」


「いやっ、それ完全に負けフラグなセリフっ!」


「それでは行って参りますね」


「ちょっと⁉」



スタスタとスペラは俺の言うことなんてお構いなしに舞台に上ってしまう。



「えっと、大丈夫かしらアイツ」


「こ、こればっかりはなぁ……大丈夫なことを祈るしかない」



ニーニャも俺と同じでどことなくハラハラしているみたいだ。



……とにかく、油断していて足元をすくわれる、なんてことにならなければいいが。



「──3本目の試合、開始ッ!」



モーガンさんによる合図があり、途端にアグラニスが動いた。



「『ディメンジョン・フルールズ・アローズ』」



アグラニスが唱えると彼女の周辺には紫色の大きな光球が浮き、そしてそれがマシンガンのように放たれたかと思うとスペラを囲む。そして、それだけではなかった。



「『クルジアの湖 堕ちし醜くし腐りし藍藻らんそう その穢れしもろ手で 聖女を沈めたまえ ──ダックウィード・ボンテージ』」



それは、聞いたこともない詠唱。唱え終わると同時にスペラの立つ辺りの地面から汚らわしいヘドロの触手が伸びて、彼女の体を締め付けて束縛する。



「あれはいったいっ……⁉」


「まったく聞いたことのない魔術だぞっ……!」



辺りの衛兵たちが一様にざわめいた。俺も少し驚いている。



……なんなんだ、今の黒歴史ノートを掘り返して見つけた単語をつなぎ合わせてできたような長い詠唱は? 単純に魔術名を口にする詠唱とはまるで異なっていた。もちろんそんな発動条件がある魔術はゲームの中には無い。



……アグラニス、俺の知らないキャラクターだけに何かあるとは踏んでいたが、まさか俺の知らない魔術まで扱うとは。



「フフフ、どうです? 私の魔術の味わいは?」



アグラニスは不敵な笑みをスペラへと向けた。



「魔術の研鑽を積むこと100年、さらに勇者のお守りでレベルも39を超えました。もはや魔術師としては魔王以外の敵は無し! さあ、長命なだけが取り柄のサボり魔エルフさん? 貴女に何か手はあって?」


「……」


「無いでしょうっ? フフフっ! そう、今までのそちらの勝利はすべて無駄なこと。最後に私の魔術師としての格の違いを見せつけてしまえばそれで終わり! グスタフ様とニーニャさんはもらっていきますわ!」



スペラはひと言も発さずに、ただただ目をまん丸にして自身をキツく縛り上げる触手を見るばかり。ほとんどすべての人の目にも明らかに、圧倒的にスペラの劣勢だった。



「グスタフ、心配してるの?」



しかし、そんな状況下でもニーニャは平然とした顔で俺を見上げてきていた。俺が黙りこくっていたものだから何か不安に感じているのではないか、とでも思われていたのだろう。



……そんなの、まさかまさか、だ。



「いや、ただ考え事をしてただけだよ」


「スペラのこと?」


「ちょっと違うかな。スペラさんのことは最初はちょっと不安ではあったけどさ……なぁ?」


「そうね。アグラニスも相手が悪かったわね」


「まったくだな」



俺とニーニャは2人して顔を見合わせるとクスリと笑う。


舞台上に目をやれば、状況はさらに加速していた。恐らくまたアグラニスが未知の魔術を発動したのだろう。やはり俺の知らない巨大な紫色の球がスペラを包み込み、そしてその周りをぐるっと、これまた紫色の槍が囲んでいた。


だが、いっさいの不安はない。なぜならいつもクールに、どんな下ネタを言うときにも【デキる女】風に固められたスペラの表情……それが今はどうだ? 心底から愉快そうに歪んでいるじゃないか。



「……何を笑っているのです?」



アグラニスが疑わし気に目を細めた。それもそうだ、一見するにおいて圧倒的不利なスペラが急に笑顔になっていたのだから。



「まさか、自分の状況がお分かりではありませんの?」


「いえ、分かっていますよ。とても良い魔術ですね。私の知らない系統のものばかりで、それも人間にしては良く鍛錬たんれんできています……とてもおもしろい」


「……フン。何もせずとも数千年の時を生きるエルフは感性までも鈍いのかしら? 自分へ迫る危険や恐怖さえも知覚できないとは……殺しはしませんが、腕の1本2本はお覚悟なさいッ!」



アグラニスがスペラに向けて手をかざすと、途端にスペラを囲んでいた矢と槍が上下左右から放たれた。



「フフフッ! 避けても弾いても無駄ですよっ! その紫の球体は自分の内側に入ってきたあらゆる魔術的な攻撃をバウンドさせることができるのです。つまりはその球体をどうにかできない限り、あなたは永久にその中で跳ね返り続ける矢と槍の雨に苦しむことになる!」


「いい魔術です、アグラニスとやら。でもまだまだ詰めが甘い」


「……何を」



スペラは答える代わりに指を鳴らした。すると、ヌルリと動き始めたのは、それまでスペラの体を縛り上げていたヘドロの触手。それらが飛んできたすべての矢と槍を呑み込んでしまった。



「んなっ⁉」


「魔術の後始末がおろそかでしたね。私を縛り上げる命令ができたのですから、その後の命令だって受け付けています。にもかかわらずあなたは私を束縛するだけして命令権を手放してしまった……乗っ取られないワケがありません」


「そんな、バカなっ……⁉」


「それにしてもなかなかおもしろい魔術でした。違う文明からもたらされたのでしょう、解析し甲斐がいがありましたよ……さて、そろそろこの球体は邪魔ですね──『イレイス・マジック』」



スペラがそう唱えると、一瞬で彼女を包む球体は消え去った。



「チッ! 『ディメンジョン・アローズ』!」



アグラニスは距離を取って再び紫色の矢を作る。しかし、スダンッ! スダンッ! とそれらは放たれる前に撃ち落された。まったくのノーモーションで放たれるスペラの炎の球によって。



「う、ウソっ……! まさか、無詠唱魔術っ⁉」


「何を驚いているのですか? 低級の攻撃魔術の無詠唱程度、基本中の基本ですよ」



スペラが指を差すたびにその方向へと火球が飛ぶ。アグラニスの攻撃のいっさいは、発動した瞬間にスペラによって制された。



「……勝負あったわね」


「だな」



そんな風につぶやいて、俺とニーニャはもう安心しきったものだ。舞台上で危なげなく、むしろ楽しそうに戦闘を行うスペラにもはや負けはない。



「大変だったもんな……スペラさんの引っ越し」


「そうね……なんならエルフのみんなの避難よりも、スペラの家の大量の魔術書を運ぶ方が大変だったわ」


「馬車を何回往復させたんだっけ……?」


「4回よ」



スペラの家にあった大量の魔術書、それらはすべてボロボロになるまで読み倒されているものだった。聞くに、スペラはほとんど里から出たことが無かったという。狩猟もせず、畑もいじらず、ただただ家の中で魔術書を読み漁り、研究を重ね、試す毎日を……およそ300年。



……サボり魔エルフだって? とんでもない。



「アグラニスが何者かは分からんが……魔術でスペラさんに勝とうってんなら、まずはレベルで上回らなきゃ話にならんよ」



舞台では、完全に場を掌握したスペラがアグラニスを端まで追い詰めていた。小さな炎魔術の連射に、アグラニスは紫のシールドを張って防戦一方になっている。パリンッ……あ、割れた。



「クッ、『アブソリュート・シールド』!」


「それはもう見飽きましたよ」



スペラの手から伸びた炎の剣が、アグラニスの出した紫色のシールドを真っ二つにする。



「他には? 他にはもうありませんか? 出してない魔術は?」


「な……な……ぁ……っ!」


「……無いですか。残念です。それでは、おしまいにしましょう──『タイム・ディザラレーション』」



そしてスペラがゼロ距離になったアグラニスの胸に手を押し付けてそう唱えた。



「はい、これで彼女はしばらく思う通りに体を動かすことができないでしょう。私の次の攻撃を避けることもできません。このように」



スペラの指から放たれた火球はアグラニスの無防備な顔面へと向かい……ギリギリのところで横に逸れた。



「まあ、人間にしてはよくやった方だとは思いますが……私の勝利は当然ですね」



──エルフの里で随一の実力者、スペラ。レベル43。その表情はどこか晴れ晴れしい。新しい系統の魔術を見れたことがよっぽど嬉しかったのだろう。



「勝者、スペラ!」



判定を告げるモーガンさんの声に、俺とニーニャは軽く拳を突き合わせた。

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