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41話 モブ衛兵の決意

「無礼なっ! 陛下に対して何たる態度だっ!」


「うるせぇ! 先に礼を欠いたのは王の方だろうが!」



モーガンさんの一喝に対しても勇者アークはまるで聞く耳を持たない。



「日々モンスターたちと戦うこの俺様を過小評価しやがって! たかだか衛兵のクソ野郎より下だと言われてよぅ、はいそうですか、なんて言ってすごすごと引き下がれるかっ!」



王は深くため息を吐くと、



「……アークよ、誰が上か下かなどといったそんな幼稚な理由で勇者を辞めると申すのであればな、ワシにも考えがある。これまでお主が求めるだけ渡してきた旅の必要経費、耳をそろえて返してもらおうではないか」


「なっ⁉」


「側近たちからの報告で聞いておるぞ、アークよ。お主らは魔王討伐の旅のためにと渡した金をずいぶんと奔放ほんぽうに使っていたそうではないか。それも酒に女といった、まったく関係のない使い道でな」


「ぐっ、なぜそれを……!」



部屋中の視線が勇者一行を刺すように集まった。さすがにそれは堪えるのか、アークの額に玉のような冷や汗が浮く。



「さてどうするかね、アークよ? それでもまだ勇者を辞めると?」


「くっ」



ギリギリとアークは歯を食いしばるが、しかしそれでも頑として首を縦にはしなかった。それはまるで親にド正論で叱られた反抗期の子供が、謝りたくない一心で黙りこくっている様子そのもの。



……しかし、このままじゃラチが明かなさそうだ。



「勇者アーク、俺からひとつ提案がある」


「……なんだよ」


「どうしても俺の下につきたくない、自分が俺より下だと認めたくないというならまた【決闘】でケリを着けないか?」


「はぁっ⁉」


「負けた方が相手の下につく。シンプルだろ?」


「ふっ、ふざけんなよ!」



アークはフンっと鼻を鳴らして俺の提案を一蹴する。



「テメェがさっき言ってたろうが! 俺様じゃテメェには勝てないとよぉ!」


「そうだな、だからハンデありだ」


「ハンデだと?」


「ああ。決闘は俺とお前の個人的な戦いじゃない。俺たち親衛隊とお前たち勇者一行で行う」


「……どういうことだ?」


「つまり、俺たち親衛隊は3人、お前ら勇者一行は4人で勝負するんだ。形式はまとめて戦うでも代表者を1人ずつ出しての3本勝負とかいろいろあるが……お前らが決めていいぞ」


「……俺様たちが勝負の仕方を決めていいと?」


「ああ。あとそうだな、勝利条件も俺たちに無理難題を押し付けない範囲であればお前らの好きにしていい。例えば3本勝負なら、普通は勝ち数が多い側の勝利になるが……今回はお前たちが1勝でもできれば勇者一行の勝ちにするとかな」 


「なんだと? ……ちょっと待ってろ」



アークは勇者一行たちの元へと歩いていくと、アグラニスと小さく言葉を交わし合う。そして互いに頷き合おうと、不敵な笑みを俺の方へと向けてくる。



「1勝でもすれば俺たちの勝利でもいいって言葉に二言にごんは無いな?」


「ああ」


「よし、いいだろう。その条件を飲んでやるぜ。ただしこれに勝利したあかつきには、王よ、俺の使った金について今後とやかく言うのもナシだぜ? だいいちあれは旅の英気を養うための必要経費だ」


「う、うむ……グスタフよ、本当にその条件でいいのか? 決闘の条件まで勇者アークたちに任せるなど……お主たちにかなり不利な条件に聞こえるが?」



王が複雑そうな表情をして訊いてくる。が、俺は迷うことなく頷いた。



「ご安心を、陛下。俺たちは決して負けません」


「……分かった。お主を信じよう」


「それと、あと2つお願いしたいことがあります」


「うむ? めずらしいなグスタフ、お主が願いなどとは」


「……ダメでしょうか?」


「何を言う。遠慮せずに申してみるがよい。お主にはその功績に比べてワシが渡せた褒美が少なすぎると思っていたところだ」


「ありがとうございます」



俺は一礼して、言葉を続ける。



「ひとつ目に、俺たち親衛隊がこの決闘に勝ったあかつきには勇者アークとレイア姫の婚約を破棄していただきたい」


「っ⁉ わっ、私のっ?」


「ええ、そうです」



驚くレイア姫へと頷きつつ、続ける。



「この婚約は勇者アークが魔王討伐を果たすという前提で交わされましたが、しかしこの決闘に俺が勝てば魔王討伐の指揮は俺が取ることになりますから、陛下には魔王討伐の報酬を改めて見直しいただきたいのです」


「うむ。確かにそれは当然のことだ。魔王討伐の成果は親衛隊全員の物になるわけだからな。勇者アークよ、それで構わぬな?」



王の問いに、アークは一度俺をギロリとにらみつけたが、



「いいだろう。だがなぁ、たかだかひとり規格外のヤツがいるだけの親衛隊ふぜいが、俺様の率いる百戦錬磨ひゃくせんれんまの勇者一行に勝てるなどとは思わないことだな!」



そんな悪態を吐きつつもその条件を了承した。



「グスタフよ、ふたつ目の願いとはなんだ?」


「ふたつ目ですが……俺たち親衛隊が魔王を討伐した際には、できれば俺に対しての報酬は【爵位しゃくい】にしていただきたいと、そう思ってます」


「爵位とな……?」



王、そしてその隣の姫もまた意外そうにする。



「グスタフよ、貴族になりたかったのか? そんな素振りは今まで一度もなかったが……」


「そうですね、俺もつい昨日まではそんなつもりは全然ありませんでした」


「では、なぜだ?」


「これまで俺は地位や名誉なんてどうだっていいと思っていました。今の親衛隊隊長という仕事に就いて、そうしてレイア姫の護衛として日々を過ごしていく、そういう生き方に満足していたんです。でも……それだけじゃダメなんだと気づきました」



レイア姫を見る。彼女がいま慎ましやかに立っているその場所は玉座の隣だ。そして俺がいるのは玉座から数段下の位置。距離にして数メートルぽっちしか離れていないが、しかし王族である姫と平民である俺の身分の差は天地ほどもある。



「陛下、この世には俺が貴族でなければ届かない場所があって、そして俺は……どうしてもそこに行きたいと思ってしまいました」


「グスタフ、お主まさか……」



王が姫と俺を交互に見やる。……そりゃ、昨日俺と姫がふたりで出かけた後だもんな。察しがつかないわけもない。



「なるほどな、うむ。……大事なひとり娘の相手となると父親としては思うところが無くもないが……グスタフ、お主になら安心して任せられもするか……」


「お、お父様っ⁉」



レイア姫が素っ頓狂な声を上げる。



「いったいいきなり何をっ……」 



そこまで言いかけて、姫は俺がいったい何について話して、誰のために爵位が欲しいなどと言い出したのかをようやく理解したのだろう、



「~~~っ⁉ えっ、グスタフ様っ? えぇっ⁉ うそ、本当にっ……⁉」



と何とも可愛らしく顔を真っ赤に染め上げた。



……そうだ。俺はレイア姫が好きだ。最初からずっと大好きだった。でも身分が違うからとかレイア姫が俺なんかを恋愛対象にするはずがないと思い込んで、だからこそ俺も姫を色恋というフィルターを通しては見ないようにと心がけてきた。でも、そうじゃないと分かってしまった今、姫が俺に対し『自由に恋がしたい』と求めるのならば。



──そんなの、俺がレイア姫のパートナーとしてふさわしい身分になればいいだけじゃないか。



「よかろうグスタフ。魔王討伐のあかつきにはお主には爵位を与えよう」


「ありがとうございます、陛下」



……きっと姫を迎えに行く。照れたように、そしてどこか嬉しそうに肩を縮こまらせているレイア姫を見て、俺はその決意をいっそう固くした。

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