翌日、俺はレイア姫を迎えに部屋まで行く。今日はお出かけ、ということもありいつもの鎧や槍はおいてきた。ただしいつ護衛としての役目を果たさなくてはならないとも限らない。ショートランスという名の服に忍ばせることのできる短く小さな槍だけ腰のベルトに挟んでいた。それ以外はシャツにチノ風のズボンという普通の私服だ。
……普通とはいえ、いちおうそれなりに服装は考えてきた。なにせ生まれて初めて(前世含め)の女の子とのお出かけ、そりゃ気合いも入ろうというものだ。できるだけ生地の高そうな服を選んできたし、色合いや靴との組み合わせ、靴下の色さえも考えに考えた。結果的に城下町のどこにでもいるモブキャラみたいな格好になっちゃったけどな。
廊下を少し歩いたところで姫の部屋の前が見える。
「え……」
そこにはすでに部屋の前で待つ姫の姿があった。しかもいつものドレス姿ではなく、私服。どこにでもいる町娘のような、目立たないシャツに白いカーディガンを羽織って、ひざ下まで隠れるようなスカートを履いていた。
……なんていう新鮮さだよ。しかもすごく似合ってるし……可愛いし。
早くも、俺の胸が高鳴り始める。
「……グスタフ様? いらしたのですか?」
「あっ、はい! おはようございます、姫」
「おはようございます。グスタフ様」
姫が少し照れたようにはにかむ。
……やばい、可愛い。姫が可愛すぎて、心臓がひとりでにアクセル全開で峠を攻めて勢いそのままに崖から落っこちそうだ。
だが、こんなところで死んでる暇はない。今日はふたりきり。いわゆる【デート】……のようなものでもあるかもしれないヤツなのだ。こういうとき、男は女をエスコートするものなんだろう?
「そ、それでは行きましょうか、姫。どこか行ってみたいところなどはありますか?」
「そうですね……とりあえずは城下町を歩きたいです。人の賑わいを肌で感じてみたいのです」
「分かりました。それだとこの時間帯は……市場が賑わってたと思います」
「ではそこに案内していただけますか、グスタフ様?」
「はいっ!」
……という感じで、俺とレイア姫のデート(?)が始まったのだった。
そして王城から人目を避けて出て、裏門前。
……さて。唐突だが、一般的に介助者として目の見えない人を誘導するときはどうするものなのか。侍女と歩くとき、レイア姫は侍女の肘あたりを掴んで半歩後ろを歩いていた。だから俺もそうすべきかなと思って「どうぞ」と肘を差し出したのだが。
「それでは失礼しますね、グスタフ様」
「いえ、どうぞ遠慮な……くっ⁉」
むぎゅっと押し付けられる2つの双丘。それは胸オブザ胸。俺の腕はすっぽりとレイア姫の胸の丁度いい柔らかポジションに抱かれてしまっていた。
「ひ、姫っ?」
「さあ行きましょう、グスタフ様」
「あ、あの俺の腕が」
「グスタフ様っ、1日が過ぎるのは早いものですっ! 片時も無駄にはできませんよっ!」
強引にグイグイとそのまま連れ出されてしまう。いやいや、ちょっと待って。さすがに先導は俺がしなければ、と仕方なく俺はそのままの状態で歩き始めるのだった。
……あくまで仕方なく、ね? 姫の柔らかで温かなその感触をそのままにしたいからそれ以上何も言わなかったわけではない。決してそんな不純な理由などはないのだ。
──そうして、俺とレイア姫は城下町のいろんな場所を巡った。
まずは朝の市場。これはちょっと選択ミスだったと自分では思う。市場の通りは食材の買い付けにギュウギュウに混みあっていて、俺も姫ももみくちゃにされてしまったのだ。なんとか姫の体が押し潰されないようにと庇いつつ進んだが、おかげさまで肩を抱いたり、半ば背中から抱きしめるような姿勢で通りを抜ける羽目になってしまった。
「すみません、姫。俺もまさかここまでの混雑だとは思わなくて」
「いえ、むしろ何だか嬉しかったです。グスタフ様がすごく近くに感じられて」
「そ、そうですか……?」
……俺も、レイア姫に物理的に近づけたことがちょっと楽しかったのは内緒だ。
その次はちょっと早めのランチ。城下町で古くから愛されている老舗の喫茶店に入って紅茶とひと口サイズのサンドイッチセットを注文した。
「グスタフ様、これには何が挟んでありますか?」
「それはトマトやレタスなどの野菜といっしょにピクルスが入ってるみたいですね」
「そうですか、私、恥ずかしながらピクルスが苦手で……」
「ではそれは俺が食べましょう。代わりにこちらのハムとポテトはどうですか? 辛子が少し効いてますが」
「はい、そちらをいただきますね」
レイア姫は小さな口を開けて、俺の方を向く。
……え? これはいわゆる【あーん】というやつなのかっ⁉
「そ、それでは姫、あ、あーん……」
「あーん」
姫の口にサンドイッチをそっと運ぶ。もそり、とパンを通じて姫の唇の振動が伝わってきた。なんというか、ものすごくこそばゆい気持ちになる。そして集まる店内からの視線、温かなものが半分とリア充爆発しろという念が半分……すまないな、そんな空気感を含めて俺は今めちゃくちゃ満たされているよ。むふふふ。
「ピリっとしていて美味しかったですわ。それではグスタフ様、ピクルスの方をどうぞ。はい、あーん」
「え、あ、はい。あーん」
もふっ。モグモグ。姫の指のぬくもりが残るサンドイッチをひと口で平らげる。
「美味しいですか?」
「はいっ、とてもっ!」
……あぁ、俺はいま、幸せを噛み締めている。素晴らしきはサンドイッチ。ありがとうサンドイッチ伯爵、この世界にもこんなにもイチャつける食文化を残してくれて。
この幸せを前にすれば、実は俺もピクルスが苦手でしたなんて小さな不幸はたちまちの内にかき消されてしまうというものだった。