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37話 レイア姫の1日外出権

──城下町へとエルフの避難民を受け入れて、1カ月が経った。



魔王軍がまた何か新たな動きを見せるのではないかと思っていたが、今のところは特に何も起こっていないようだ。レイア姫の(俺に対する)機嫌も治って、姫の公務の護衛を続けつつ、いつ魔王軍が襲来しても対抗できるようにレベル上げをする毎日だ。


平和な日常。それはとても素晴らしいことのはずだ。だけど最近たまにレイア姫は何かを悩むようにため息をこぼすことが多くなっていた。それは決まって優先連絡事項の伝令がやってきた後だ。



「姫、ご連絡が。勇者殿がカイニスの町のダンジョンを攻略し、魔王城への道のりを明らかにしたようです」


「そうですか」


「やりましたね、きっと魔王討伐までもうすぐでしょう」


「……それは、喜ばしいことですわね」



伝令から伝えられる勇者たちの旅路、それが佳境に入るにつれて、姫の鬱屈うっくつとした表情が増えていく。それはやはり以前玉座の前で勇者が交わした約束が原因だろう。



──魔王討伐を果たしたら、お前は俺様のものだ。



勇者アークが魔王を討伐したあかつきには、レイア姫はアークの妻となる。王が交わしてしまったその約束が、きっと姫を苦しめているに違いない。



……どうにかして、姫の心の負担を減らせないだろうか。と、考えていたところで、思い至ることがある。そうだ、そういえば俺にはちょっとした特権があったじゃないかと。



「──そういうわけでして、姫。明日は公務もお稽古けいこもお休みです」



今日も1日の公務が終わり、俺が1人でレイア姫をお部屋に送る途中のこと。つい先ほど許可の下りたそのことを告げると、姫は口を丸く開けて固まった。



「は、はい?」


「ついでに陛下へいかより姫の城外への1日外出権もいただいております。俺たち親衛隊が護衛につきはしますが、城下町の中でしたら自由にお出かけができますよ」


「ちょっと待ってください、お父様がご許可を? いったい何がなんだか……」



レイア姫があたふたとしてしまっている。うん、結論を先にと思ったんだけど、さすがにちょっと簡潔に伝えすぎてしまったな。



「実は俺、1カ月前に陛下からいただける予定だった褒美の内容を決められていなくてですね……特に欲しい物は無かったので、ならばと姫の外出権に変えることはできないかと陛下に申し出てみたところ許可が下りまして」


「そんな……! グスタフ様はそれでよろしいのですかっ? あなたが果たしてきたお仕事はとても重要なものでしたわ。たかだか私の1日などとは比べ物にならない、それこそ土地や地位と引き換えにできるほどの。将来を考えればそちらにした方が……」


「うーん、なんていうかピンとこないというか……今の生活にもすごく満足してますし。それに城下町から離れた土地や別の地位をもらってもしょうがないです。だって俺はずっとレイア姫の側にいますから」


「グ、グスタフ様っ?」


「はい?」



レイア姫が自身の胸のあたりの服をギュっと掴んだ。なぜか頬を真っ赤に染めて。



「ずっと私の側にって、それはその……いったいどういう意味で」


「もちろん、親衛隊隊長としてですよ! 姫を守るためにも片時も側を離れるわけにはいきませんからね!」


「あ、あぁ、そうですか……いえ、グスタフ様はそういうお人ですよね」



姫はなんだかすごくガッカリした様子だった。休日が嬉しくないハズはないと……俺はそう思うんだけどな。



「それでグスタフ様、本当によろしいのですか? お父様からの褒美を私の休日を設けるためだけに使ってしまって。今ならまだ、私からお父様にその申し出の取り下げを頼めば取り返しはつきますわよ?」


「お気遣いありがとうございます。でもこの使い道に後悔はありませんので」


「そうですか……本当に不思議ですわ、グスタフ様。どうしてあなたは私にそんなに良くしてくれるのでしょう?」


「どうして、とは?」


「だって……別に私のことを、その……ゴニョゴニョゴニョ……というわけでもなさそうですのに、こんなにも親切にしてくださるなんて」


「あの、姫? 途中からちょっとお声が小さくて何と言ってたのかが聞き取れなかったんですが」


「い、いえっ! なんでもありませんっ!」



レイア姫は何だか慌てたような、少し上ずった声を出す。



「……コホン。その、ありがとうございます、グスタフ様。それではご厚意に甘えますね。私、休日なんてとても久しぶりですわ」


「どういたしまして、姫。目いっぱい羽を伸ばしていただければと思います。護衛は俺たち親衛隊でしっかりと行いますので、どうか気兼ねなく」


「はい。それでグスタフ様、その……ワガママとは思うのですが、もう1つお願いしてもよろしいでしょうか?」


「なんでしょう?」


「明日1日の護衛はグスタフ様おひとりでお願いできませんか……?」


「えっ?」


「私はグスタフ様と【ふたりきり】でお出かけしたいのです。ダメでしょうか……?」



レイア姫は少し不安そうな表情と鮮やかなピンク色の頬で俺の方を向く。ドキ、と俺は自分の鼓動が速くなるのが分かった。



……なんだかすごく、姫が色っぽく見える。ただでさえ美少女なのに、加えてそんな風に頼まれたら断れるわけもなかった。



「は、はい。承知しました。では明日はふたりで」


「本当にっ? 嬉しいですっ!」


「はい。えっとそれでは明日、お部屋に迎えに上がりますね」


「ええ、楽しみにしておりますわ」



姫はとても楽しそうに、部屋のドアが完全に閉まるまでずっと俺に手を振っていた。



……なんか、デートの約束みたいだったな。っていうかふたりきりでお出かけって、それはもはやデートなのでは? これをきっかけにして、姫とそのお付きの騎士との禁断の恋が始まったり……。



「……いやいや、バカか俺は。変な期待はするんじゃない」



そうだ。そんなことはおとぎ話の中の話で、現実にはあり得ないことだ。中世世界において王族や貴族と平民が恋に落ちるなんてことは周囲から冷たい目で見られるのはもちろん、それが王族ともなれば政治的に吊し上げの対象にすらなり得るのだから。自分の立場が危うくなるかもということが分からない姫でもないだろう。


だから、レイア姫だって別に、俺とデートだとかそんな風には考えていないはず。きっとそうだ。そうに違いない。


……。


…………。


………………そのはず、だよな?



どんなに自分に言い聞かせても、俺の胸の鼓動はトクトクトクといつもより速いビートを刻んだままだ。その夜、頭の中にめぐる色んな可能性に悶々もんもんとして、俺は寝るに寝付けなかったのだった。

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