──エルフの里を解放してから1週間。目まぐるしく日々は巡った。
やらなければならないことは、それはもう多岐に渡った。
捕縛した盗賊団の男たちを拘留場に移送する作業、エルフたちが生活できる簡易キャンプを城下町近くの森に設営&エルフたちの移動補助、盗賊団壊滅と三邪天撃破に関する報告書、それに加えて王国へのエルフ受け入れに関する
……まあ、おかげさまで今日、正式にエルフの受け入れに関して許可は下りたからよかったけど。
無学な俺に対するモーガンさんの全面協力のもと、徹夜で『城下町へのエルフ積極招致における新たな雇用創出・魔術研究開発力強化の可能性について』なんていう論文のタイトルみたいな書類をこさえた
「で、俺はそろそろ休みたいわけだけど……そういうわけにもいかんのだよな」
……ていうか、むしろこれからが正念場なのだ。
俺は1週間とちょっとぶりとなる王城のその廊下を歩いていた。スペラを連れ、これから起こるであろう出来事に対して、すでに冷や汗を流しながら。
『アタシ、知ーらないっと』
嵐の気配でも感じてか、薄情にもニーニャはすでに逃げてしまっている。
……俺をひとりにしないでくれっ! と呼び止めたい気持ちもありはしたが、しかしニーニャには俺が書類作成で忙しい合間、エルフたちの護衛任務にかかりっきりになってもらっていたこともある。早く衛兵寮に預けている子供たちの様子を見にいきたい、と言われちゃ止めることもできなかった。
「はぁ……」
「どうしましたグスタフさん。体調でも悪いのですか?」
「そうだな……ちょっと胃は痛いかな」
「回復魔法をかけましょうか?」
「ゴメン、これ、精神への継続ダメージだからたぶん意味ない」
とまあ、スペラとそんなやり取りをしているうちに、俺たちはその目的の部屋にたどり着いた。ふぅ、とひとつ息を吐いて精神を整える。それからコンコンコン。ノックをすると、すぐに軽やかな足音と共に、
「はい、どなた?」
というこれまた1週間ぶりに聞く小鳥が鳴くようなその声が聞こえる。それはもちろん、我らがうるわしのレイア姫のものだ。
「グスタフです。ただいま帰りました」
「まあ、グスタフ様っ!」
ドアが開き、レイア姫がパァーッと輝かしい顔を見せた。
「任務お疲れさまでした。どうでしたか、お怪我はございませんでしたかっ?」
「ああ、はい。大丈夫でしたよ」
「私はもう、とても心配でっ! 帰って来られてからもずっとお忙しいようでしたし」
「顔も出せずにすみませんでした、姫」
「いいのですいいのですっ! ご無事ならばそれ……で?」
そこで、姫は何か違和感を覚えたのかスペラの方を向いた。
「クンクン、クンクン」
姫はまるで犬のように鼻をピクピクさせると、
「女の子の、ニオイっ……?」
「ひ、姫っ?」
それからわなわなと震える手指を広げ、それをスペラの方へと向けた。姫の手は恐らくニーニャの身長に合わせて、彼女の顔あたりに差し出されて……ふにっ。
「こっ、これはっ?」
ふにっふにっ、ポヨン。レイア姫の両手はスペラの両胸を揉みしだいていた。恐らく顔に触れようと思って差し出した手だったのだろう、しかし、ニーニャの頭くらいの高さにあったそれは……スペラの胸だ。
「なるほど、これが人間の
スペラ、動じず。ポヨポヨ、タプタプと胸を持ち上げられたり弄くり回されながらも表情に一片の恥じらいも無い。さすがはいちおうクール系のキャラ……って、そうじゃないっ!
「これあいさつと違うからっ! 姫、それ顔じゃないですよっ! 違う部位ですよっ!」
「おっ、大きいっ……!」
「ちょっ?」
レイア姫がなぜか膝から崩れ落ちたので、俺は慌ててその体を支える。
「ひ、貧血っ? 大丈夫ですか、姫っ?」
「うぅ……なんて、ことでしょう」
「姫っ?」
「グスタフ様っ? あなたはどうしてこう、次から次へと違う女の子を連れてくるのですっ!」
「俺のせいでしたかっ! す、すみませんっ!」
謝りつつ、やっぱりこうなったか、という達観もある。まあ予想はしていたよ。だってニーニャを連れてきたときもこんな反応だったもの。ため息を吐きつつ、怒った子犬のようになっている姫を何とかなだめる。
これが万が一にも
──だが、俺としても別に下心があって女の子を連れてきているわけじゃないのだ。今回スペラを連れてきたのにもちゃんとした理由があるわけで。誤解を解くために俺は必死で弁明する。
「……なるほど、グスタフ様のお考えは分かりました。端的に言えば、このスペラさんは優秀な魔術師で、他の一般職に就くよりも私の親衛隊に入っていただけた方が活躍の機会が多いだろうと、そういうことですね?」
「はい、その通りです。ご理解いただけてよかったです」
「理解? ええ、しましたよ。とても合理的なことですわねっ」プイッ
「ひ、姫?」
「このスペラさんを親衛隊に加えることを許可します。それでいいですわねっ?」プイッ
「あ、ありがとうございます……あの姫? その『プイッ』っていうのはなんなんでしょう? もしかして怒ってます?」
「別に怒っておりません」プイッ
レイア姫はプリプリと頬を膨らませてプイッと完全にそっぽを向いてしまう。そしてそれから、ムッとしたように唇を尖らたまま、スペラの方を向く。
「ただし、スペラさん。あなたには念のため、訊いておきたいことがあります」
「はい、なんでしょうかレイア姫
「グスタフ様に下心がないのは分かりましたし、そこは私も信頼を置いているところです。ですがあなたは?」
「……と言いますと?」
「つまり、スペラさん。まさか、あなたからグスタフ様に対しての下心はありませんわよね?」
スペラは数秒間を置くと、
「……下心はもちろんございません」
「そうですか」
「ですが、グスタフさんは私の命の恩人ですので、
「……へっ?」
「【パフパフ】だろうと【パコパコ】だろうと、その全てをこの身で受け入れる所存です」
「はいっ?」
固まるレイア姫。俺も開いた口が塞がらない。いっさい表情が変わらないのはスペラだけだ。
「というわけですからグスタフさん、これからは発情しましたら我慢せず、私の体はいくらでも使っていただいて構いませんから。いつでも言ってください」
「なっ、ななな、なに言ってんのっ? そんなことしないからっ!」
「あら、グスタフさんは雌には興味が無かったのですか? この数日間、共に行動しているとたまに私の胸に視線が来ていたので、口では拒否していても実際は……というパターンだと思っていたのですが……」
「うそっ! 見てたのバレてたっ⁉」
「バレバレです。まあですが、敬愛すべきグスタフさんなら
……なんてことだ、バレないように盗み見ていたつもりだったのに。
悪いとは思いつつも仕方なかった、だって並んで歩く度に横で胸が上下に揺れてるんだぞ? そんなの男じゃなくたって目が行くだろっ!
なんて焦っていると、ガシッ。姫に手首を思いっきり掴まれる。
「グ~ス~タ~フ~様ぁ~~~?」
「ひぃっ! 姫っ! これは、その、違くてっ!」
「違う? 何が違うのです? これから部下となる方の胸部を凝視していた事に関して、何か納得できる理由をご説明いただけるのですか?」
「いや、あの、そのぉ……! 俺は別にスペラさんのだから見ていたわけではなく……!」
「見ていたわけではなくぅ~~~?」
「ひっ、姫のもたまに見ちゃうというか──」
ウッカリ、口が滑る。
「っ!?!?!? グスタフ様っ!?!?!?」
「あぁっ! いえ、今のはそのっ……!」
やべぇ……これってもしかして、不敬罪?
「グ、グスタフ様……」
「は、はい……」
俺は息を飲む。緊張の時間が流れた。
「……そ、そういうコトなら仕方ありませんね」
「へっ?」
「まっ、まあ……男の人はそういうモノだと、給仕のメイドたちがウワサしているのを聞いたことはあります。今回の件は見逃しましょう」
心なしかいつもより胸を張り、姫は頬を赤らめながら許してくれたのだった。