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33話 三邪天ファウヌスとの戦い

「いったい今度は誰だい? 勇者じゃなさそうだけど……ってことはその女の子も勇者一行ではない、のかなぁ?」




……槍を構える俺の前で余裕そうに喋っているこいつは三邪天のひとり、ファウヌス。影を操る能力を持つインキュバスで、レベルは36。もちろん知っているさ。



俺が前世でプレイしていたゲーム上ではシナリオの後半に差し掛かる辺りに出てきた相手であり、そのころにはこちらが操作する勇者一行のレベルも40間近に上がっていたのでそれほどの強敵ではない。



「すぅ、はぁ……」



心を落ち着けようと深く息をする。



……落ち着け、俺。影を自在に操れるスキルはゲーム以上にこの世界では応用が利くはずだ。恐らくレベル以上の厄介さがあるだろう。だからできるだけ慎重に戦って──。



「うぅ……」


「っ!」



後ろで身じろぎしたニーニャの小さな声が聞こえた。ボロボロだ。それをいったい誰にやられたのか……そんなの目の前のコイツファウヌスに決まっている。



……冷静に? 慎重に? ──無理だ。



「フッ!」



俺は怒りのままにスキル『雷影』をぶっ放す。冷静さなんてどこにもなかった。ただただ今はニーニャを苦しめたであろうこの敵が憎い、その一心で槍を突きだした。



「がっ⁉」



そして、電撃的なその一撃は容赦なくファウヌスを貫いた。すると、その体は燃え尽きた炭のようにボロボロと崩れ出す。



「チッ、やっぱりか……」



辺りを見渡す。すると羽ばたく音もなく、空へ飛び立とうとしているファウヌスの姿を見つけた。どうやらそれが本体らしい。



……ゲームでもそうだった。倒したと思ったら実はそれは影によって作られた分身で、本体は別のところにいたってパターンだな。



「逃がすかよっ!」



スキル、『バリスタ』。俺の投げた槍が飛びかけのファウヌスの翼を貫き、その体まとめて遠くに吹き飛ばす。そして俺もまたそれを追って駆け出した。



「うそぉっ⁉ もう気づかれたのぉっ⁉」


「お前のやり口は予習済みなんだよッ! ゲームでなっ!」


「わ、ワケの分からないことを……なら、これでどうだいっ!」



吹き飛ばされながらも、ファウヌスはスキルで影を生み出した。それらはオオカミやイノシシを形どり、そしてニーニャに向けて走り出した。



「お前、まさかっ⁉」


「そのまさかさっ! あの少女が大切なんだろうっ?いま戻らなければ彼女は僕の影たちにズタズタに噛み殺されるだろうねぇっ!」


「くそっ……!」



俺が引き返そうと振り向いた瞬間、



「グスタフさんっ! こちらはお任せくださいっ!」



しかし、スペラがニーニャを背中に守るように影たちの前へと立ちはだかっていた。



「燃え尽きなさいっ!」



ゴウッ! と音を立てて現れた広範囲の炎魔術に影たちが焼き払われる。



「彼女……ニーニャさんは私がこの命に代えても守ってみせますっ! だから、あなたはソイツをっ!」


「助かるっ!」



俺はさらに地面を踏みしめて加速すると、とうとうファウヌスに追いついた。その翼に突き刺さった槍を引っこ抜き、ファウヌスを蹴り飛ばす。その体は里の外の木々をベキバキとへし折りながら飛んでいった。



「うぐぅ……! ……や、野蛮なっ! 『シャドウ・リボルバ』ッ!」



フラフラと立ち上がったファウヌス。再び正面へとやってきた俺に対し、その手から小さなシャドウ・ボールを散弾として撃ちだした。が、どうってことはない。



「フンヌッ!」



俺は槍をグルグルと振り回してすべて吹き飛ばした。



「う、うそぉーっ⁉」


「休めると──思うなやぁッ!」



俺はすかさずスキル、『流水千本突き』を繰り出す。それはひと息に10段ヒットする攻撃を10度、それをさらに10回繰り返す超絶波状攻撃が可能となっている攻撃だ。



「オラオラオラオラオラッ──」


「うがぁぁぁぁぁぁぁっ⁉」


「──オラオラオラオラオラッ──」


「ちょっとぉぉぉぉぉっ⁉」


「──オラオラオラオラオラッ──」


「死ぬぅぅぅぅぅぅぅッ‼」


「──オラオラオラオラオラ、オラァッッッ!」


「ぎゃんっっっ‼」



あちこち刺し傷だらけになってボロ雑巾のような服装になったファウヌスが力なくゴロゴロと地面を転がっていった。さあ、そこにトドメの『雷影ライエイ』を──と思って、しかしピタリと思いとどまった。



「おいファウヌス、死ぬ前に聞かせろ。どうして三邪天のお前がここにいる?」


「……ぐはっ、まさか、勇者以外に、こんな強者がいるなん、て……」


「おいコラ、まだ死ぬな」


「あひょっっっ⁉」



槍の先端でつつくと飛び上がった。地面に落ちたイモムシみたいになってるな、コイツ。



「お前の持ち場はここからもっと南のカイニスの町あたりのはずだろ? そのお前がなんで魔の森にいるんだよ」


「な、なぜそれを……」


「訊かれたことにだけ答えろ。またつつくぞ」


「や、やめろっ……! ぼ、僕はただ、新たな三邪天候補とエルフの里の様子を覗きにきただけだ……!」


「三邪天候補?」


「と、盗賊団のリーダー、イズマ。ヤツを魔王軍の三邪天に勧誘してたからその返事をもらいに来たんだよ……」


「エルフの里の様子を、ってのは?」


「エルフの里は300年前の王国侵略時にもっとも苦戦した場所だったから……だから不穏な動きが無いかを確認しにきたんだよ……」



……なるほど、ここにもゲームと現実の違いが出てくるわけか。



ゲーム上は三邪天を倒したからといって魔王軍が新たな三邪天を生み出そうなんてイベントはどこにもなかった。しかし、現実的に考えればそりゃ人員が欠ければ補充に動くのが組織というものだろう。


それに加えて、歴史という要素。いちおう原作の【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】にも魔王軍が300年前にも1度現れたというシナリオはある。ただ、それ以上の情報はほとんど無く……どうやらエルフの里と魔王軍の間には少なからぬ遺恨があったらしい。



「くそ……シナリオを途中で変えたあと、その先がどういう展開になるのか予測できるくらいの頭が俺にあればなぁ……!」


「『くそ』はこっちのセリフなんだがねぇ」


「あぁ、もうお前はいいや。教えてくれてありがとうな」


「えっ、ちょっ、そんなっ⁉」



スキル『雷影』で苦しめないようにファウヌスの頭を貫いた。



……レベルアップの音は聞こえない。いちおうステータスを確認しておこう。




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グスタフ Lv43

次のレベルまでの必要経験値 2,112→238

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 ……ふむ、いちおう1,900くらいの経験値は入っているらしい。ということはちゃんとファウヌスも倒せているということのようだ。よかったよかった。



さて、ファウヌスにたどり着くまでに恐らくほとんどの盗賊団は張っ倒してきたのでこれで一件落着だ。



「あくまでゲームって舞台で考えれば、だけど」



……しかし、ここは現実だ。同じ間違いはおかせない。今後のことはしっかり考えておかないと。



俺はまたもや三邪天のひとりを倒してしまったのだ。それが魔王軍に軽く受け止められるはずはない。ということはこのまま放っておけば今度は魔王自らがこのエルフの里へと乗り込んでくる可能性だってある。そうなればきっとこの里はこれまで以上の苦境に立たされることになるだろう。



「説明したら……スペラさんたち、城下町に移住してくれたりするかな」



頭を悩ませつつ、俺はニーニャたちの元へと急ぎ帰った。

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