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32話 ニーニャの戦い~その2~

「アンタたちの仲間になれ、ですって?」


「そうだ。悪い話じゃないぜ。なんせ俺たち盗賊団はこれからもっと力を増やし、この王国の一大勢力になる。これは決してただの願望じゃねぇ、決定事項だ」


「……フンっ! イカれてるわね。妄想と現実の区別がついてないんじゃない? 当然、お断りよっ!」


「交渉は決裂ってことか。残念だぜ……将来有望な同業者を殺さなきゃならないなんてなぁッ!」



人質のフリをしていた盗賊団のメンバー3人が左右に散らばってニーニャへと挟み撃ちを仕掛けてくる。正面のイズマは気配を消した。ニーニャと同種のスキル『気配遮断』だ。


ニーニャは左右から飛んでくる幾本いくほんものナイフをクナイで弾きながらイズマの姿を探す。スキル『空間感知』、本来はダンジョンなどの見通しの悪い空間を見通すために使うものだが、これは『気配遮断』を看破することにも使える。



「後ろっ!」



ガキンッ! 忍び寄ってきていたイズマの小刀も弾く。



「見破ったかっ! だがなぁ、これだけじゃねぇぞっ! 『軽刃連斬』ッ!」


「くぅっ!」



ガキガキガキガキガキンッ! 一撃一撃にそれほどの力は込められていないものの、すさまじい速さの連撃がニーニャに襲い掛かる。さらに同時に左右から他の男たちからはスキル『とうてき』によるナイフ投げが繰り出される。正面と左右から何重にも及ぶ波状攻撃だ。



──しかしそれのほとんどすべてをニーニャは両手に持った2つのクナイでさばき切った。



「ははっ、オイオイ、マジかよ……」


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! っぶないわねぇ!」


「この戦術でそこまでダメージが無いのはお前が初めてだぜ」



ニーニャのダメージは頬をかすったイズマの一撃のみ。それ以外はまるで無傷だ。



「フンっ! ボスだなんだと威張ってた割に大したことないわね。次は私の番よっ!」


「ククク、それはどうかな?」


「強がりが言えるのも今のうち──っ⁉」



ガクンっ、とニーニャの膝が折れる。突然、その体を重い倦怠感けんたいかんと高熱が襲っていた。



「おうおう、効いてきたみたいだなぁ! 実は俺の小刀には毒が塗ってあってねぇ、かすりでもすればこの通り体の自由を奪うことができるのさ」


「なっ……くそっ! こずるいマネをっ!」


「そりゃどうも、ずるいは俺たち盗賊にとっての褒め言葉だ。さて、このまま殺すのは容易いが……同業者のよしみだ、もう一度チャンスをくれてやる」



イズマはニヤリと歪んだ笑みを浮かべると、ニーニャの近くに寄って屈んだ。



「俺の下につけよ、女盗賊。お前をサブリーダーにしてやる。王国はじきに滅びの道を向かう運命だ。秩序の無くなったその世界で幅を利かせて生きたいだろう?」


「フンっ、興味ないわね」


「……命あっての物種って言葉もある。とりあえず仲間になってみろよ。同業者同士で分かり合えることもある、きっと楽しいぜ?」


「興味ないって、言ってんだろ……! それにアタシとアンタたちを同業者扱いするんじゃないわよ……!」


「なんだと?」



ニーニャの怒りに満ちた眼光がイズマを貫く。



「アンタら盗賊団は盗みのためには人も殺すってウワサじゃない……! 身勝手な理由で人の命まで奪うようなヤツは盗賊じゃない、ただの人殺しよっ! 人の道を踏み外したアンタらとアタシをいっしょにすんなッ!」


「……ったく、聞きワケの無いヤツだぜ。それじゃあここで惨めに死ぬんだな」


「いや……惨めに倒れるのはアンタらの方よ、バカヤロウども」



ニヤリ、とニーニャが不敵な笑みを浮かべた瞬間、それは起こった。



──バリバリバリッ! と音を立てて地面から電撃の柱が立ち上がり、イズマとその手下の男ども3人を吞み込んだ。



「んなッ⁉」


「ノコノコとスキル『しびれ罠』の効果範囲に入ってきてくれて感謝するわ、マヌケども」


「テメェ、いつの、間にっ!」


「アンタたちが連続攻撃を仕掛けてきている間によ。まさかアタシが防戦一方でなすすべも無く追い詰められたとでも思ってたの? オツムのデキが残念ねぇ、このミジンコども」


「クッ……体が、動かねぇ……!」


「あぁ、ムリムリ。7秒間は絶対に動けないから。そんで、それだけあればアタシには充分」



ニーニャは高熱にフラつく足で体を支えながら、前屈みに起き上がる。



「──スキル『四影連弾』」



自身の素早さ4倍にして4度の攻撃を繰り出すスキル。4つの黒い直線が部屋を駆け巡ると同時に4つの鈍い音が重なって、盗賊団の男たちの体が受け身も取らずに床へと倒れ込んだ。イズマを含めたその全員が、下あごをキレイに打ち抜かれて意識を吹っ飛ばされていた。



「……終わった、わね」



壁に手をついて、ニーニャが深いため息を吐いた。まさか盗賊団のボスとやり合うことになるとは思っていなかった。休みたいところではあったけど、とにかく今は早くグスタフたちに人質の解放を報せないと、とニーニャはフラついたまま外に出る。



「スキル『ブライティング』」



手にしたクナイに強い光が宿る。ニーニャはそれを空高く打ち上げた。ノロシだ。あとはこれを見たグスタフたちが正面から乗り込んで、盗賊団を撃滅してくれるはず。



……少し休んでおこうと、ニーニャがノロシを上げた地点の近くの住居の壁に背中を預けようとしたその時だった。



「──ふぅん? まさか君、勇者一行だったりするぅ?」


「っ⁉」



ニーニャは突然声のした方向、上を見上げた。そこにいたのはまるで浮いているかのように静かに羽ばたく、黒い翼を持つ影のような男だった。



「やあ、僕は魔王軍の【三邪天】がひとり、ファウヌス」


「さん、じゃてん……?」


「あれぇ? 勇者から聞いてない? うちのバーゼフを倒したのは彼だと思うんだけど」


「……」



バーゼフ、ニーニャの中にその名前の心当たりはあった。グスタフが以前会話の中で言っていたのだ。魔王軍の中でも特別に気をつけなければならない存在が3体いる、と。ニーニャは息を整えて自身の素早さを上げるスキルを発動する。



「へぇ、そんなにフラフラなのにやる気なんだ? でも無駄だよぅ?」



ファウヌスは一瞬にしてその姿を消したかと思うと、



「う・し・ろ」


「なっ⁉」


「遅いよ、『シャドウ・バッツ』」



いつの間にか後ろに回りこんでいたファウヌスがスキルを発動し、黒い影でできた無数のコウモリたちがニーニャの体に叩きつけられる。



「がぁッ⁉」



大きく弾き飛ばされたニーニャは地面を大きく転がった。足に力を入れようとするが、できない。背中に激痛が走り、もはやクナイを握ることもできなかった。



「君が万全の状態だったらもう少しいい勝負になったかもねぇ。僕のレベルは36。君はたぶん30前後ってところだろう? すごいねぇ、レベル上げがんばったんだねぇ」


「ク、クソ……」


「でも残念、もうお別れだねぇ。せめて天国にでも行けるように、君の信じる神に祈るがいいよ」



掲げられたファウヌスの手に黒く長い剣が現れた。ファウヌスの使うスキル『シャドウ・ソード』、それがニーニャの首元めがけて振り下ろされる。しかし、ニーニャは祈りもしなければ目もつむらない。その理由は……とても簡単なもの。



「……遅いよ」



ニーニャがそうつぶやいた直後。

千本にも上る槍が地面から勢いよく伸びて、シャドウ・ソードを弾き返す。



「なっ……⁉」



驚くファウヌスの正面に、そしてどこかの住居の屋根から飛んできたのだろう、ズダン! と大きな音を立てて1人の男がニーニャの前に着地した。



「──ごめんなニーニャ。ザコ盗賊どもを蹴散らしてたら、ちょっと遅れた」


「……うん。あとは任せたよ、グスタフ」


「ああ、スマンがちょっとだけ寝ててくれ。すぐに終わらせる」



目の前で大きな槍を構えるそのグスタフの背中は、神に祈るなんかよりもよっぽど大きな安心感でニーニャの心を包むのだった。

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