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30話 スペラと盗賊団

「本当にありがとうございました。おかげさまで命拾いをしました」



そう言ってこちらに微笑みかけるスペラは、正面から見るとますます美しいエルフだった。


キリっと凛々りりしい目、綺麗で長い青銀の髪、そして何よりも目を引いてしまう素晴らしきナイスバディ。色気がムンムンに感じられる。



……【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】、クソゲーだけどやはりキャラデザは神だわ。



「あの?」


「あ、ごめんごめん」



スペラの人離れした美しさに当てられて、ついついボーっとしてしまっていた。



「えーっと、君はその、この盗賊団に無理やり働かされていたエルフだよね?」


「えっ? あっ、はい。そうですが……どうしてそれを?」


「いや、なんとなく」



……ゲームをやっていたから知っていました、なんて言っても意味不明だろうからな。



「私の名前はスペラ。この森の奥に里を持つエルフの一族の者です」


「そうか。俺はグスタフでこっちがニーニャだ。よろしくな」


「あの、失礼かもしれませんが……驚かないんですね」


「えっ? なにが?」


「これまで会ったことのある人間たちは私たちエルフを見ると珍しさに驚くものなので……いまのあなたのお連れ様のように」



見れば、ニーニャが興味津々なまなざしでスペラの周りをグルグルと回っている。



「うわぁ、アタシ初めて会ったわよ、エルフ。ホントに耳がとんがっているのね」


「こらっ、ニーニャ。やめなさい失礼だろ」


「えぇ~?」



俺はニーニャの後ろ首を掴むとズルズル自分の元に引き寄せた。



「ウチの小さいのがごめんなさい」


「いえ、別に気にしてませんよ」



下の方から「小さいのとはなによっ!」とかいう抗議の声が聞こえるけど、それはいったんスルーする。



「はぁ……」


「えっと、スペラさん? どうかした?」


「その、これからいったいどうしようかと思って」


「これから?」


「はい。実はエルフの里は盗賊団たちに占拠されているんです」


「ああ……」



それは知っている。確か里には同族の幼子も多く、スペラは彼らを人質に取られているんだった。



「私は里では1番の術者ということもあって、その警戒から里に近づくことを許されておらず、盗賊団の別の拠点で生活させられていたのです。ですがその盗賊たちがこんな有様になってしまっては……」


「里にいる盗賊団のヤツらに、スペラさんの反逆が疑われてしまうというわけだ」


「はい。今日あったことを素直に信じていただけたらいいのですが……」


「まあ、難しいだろうな」


「ですよね」



スペラはとても憂鬱そうにため息をこぼした。しかし、これまで強制的にではあるもののいちおうは生活を共にしてきた面々が死体となり果てている現状については結構どうでも良さそうにしているあたり、スペラの態度にはどことなく人とは違う種族のエルフらしさがある。



「あの、1つ俺から提案いいかな?」


「はい? 提案、ですか?」


「ああ。今日このまま、俺たちといっしょにエルフの里を盗賊団から解放しないか?」


「えぇっ?」



スペラはとても驚いたように口を押えた。



「それは……とても嬉しいご提案です。それにあなたの実力ならきっと盗賊団の長にも難なく勝てるでしょう。でも……」


「でも?」


「里の子供や老人たちは複数の別々の住居に囚われているので……もし里の制圧途中で彼らを盾に脅されでもしたらと思うと……」


「えっ……?」



……マジか。ゲームの世界では盗賊団のザコキャラ、中ボス、大ボスと連戦をしていく流れで、すべてを倒せばエルフの里を解放できたことになっていたのに。



どうやら真っ当に戦うだけでは解決できないらしい。現実はそう簡単にはいかないってことなんだろうが、それじゃあいったいどうすれば……。



「なるほどね、だいたい話は分かったわ」



そんなとき、ニーニャが腕組みをして頷いた。



「いいわ、アタシが先に潜入して全部の住居の人質を解放してくるわよ」


「えっ、ニーニャが?」


「なによ、アタシが信用できないわけ?」


「……いや、そんなことはないけどさ」



……かといって危険がないわけでもないしな。中ボスや大ボスにはレベルで勝っているはずのニーニャではあるけど、しかし相手は複数だ。潜入したのがバレて囲まれてしまったら万が一のことだってある。



「安心しなさいよ。潜入なんてのは盗賊職のアタシの得意分野よ? ……それに、子供まで人質に取らなきゃ怯えて眠れもしない腰ヌケどもに遅れは取らないわ」


「……そうか、分かったよ。それじゃあニーニャに任せる。ありがとな」


「まっ、サッサと片付けてやるわよ」



ニーニャはツンとした態度で、何も気にしていないようなそぶりをするが……俺には分かる。ニーニャはエルフの子供たちを心配しているのだ。俺よりもぜんぜん幼いニーニャだけど、スラムではずっと子供たちの良いお姉さんとして過ごしてきたからだろう、その引き締められた表情に宿るのはとても大人びた優しさだ。



「いざとなったら俺を呼ぶんだぞ、ニーニャ」


「……ん」



姉としての一面を見せるニーニャの健気さに、俺は思わずその小さな頭をヨシヨシする。ニーニャにはやめろと言われるかと思ったけど、意外と大人しく撫でさせてくれた。もしかすると撫でられるのは好きなのかもしれない。



……さて、と。俺はスペラへと再び振り向いた。



「スペラさん、ここはニーニャを信用してくれないか?」


「えっと……」


「大丈夫、ニーニャの実力なら気配を殺して里に侵入して、その後に人質を見張っている盗賊どもを無力化するくらい余裕だ。それが終わりしだい、ニーニャにはノロシを上げてもらう。そしたら俺とスペラさんで一気に残りの盗賊たちを制圧しよう」


「え、ええ。はい。でも、本当によろしいのですか?」



スペラは驚くような、あるいは少し困ったような表情で俺たちを見る。



「……私、満足いただける見返りも用意できるか分かりませんのに、こんな危険なことをお願いしてしまって……」


「いや、別に見返りなんていらないよ」


「いえ、そんなわけにはいきません。とりあえず、そうですね……いまお渡しできるようなものは何も持っていませんので、代わりとして【パフパフ】で構いませんか? 里に戻ったあかつきには必ず、金銀やそれに代わるような対価をお渡ししますので」


「いやだから対価とか別に……って【パフパフ】っ⁉」



とんでもないことを言い出し始めたスペラに俺は思わず目をいてしまった。



「なによ、【パフパフ】って」



純粋なまなざしで俺を見上げるニーニャのその耳を慌てて塞ぐ。



「ちょっと⁉ いきなり何を言ってるのスペラさんっ⁉」


「いえ、いま私にできることがそれくらいしか思いつかなかったもので……ご不満でしょうか?」


「ご不満かご不満じゃないかって話じゃないよっ⁉」



……そう、そういう話じゃない。というかそもそも【パフパフ】なんていう提案が不満なわけなどないのだ。



──【パフパフ】、それは女性の胸部の柔らかな丘と丘の間に顔を挟んでもらう崇高すうこうな儀式。心にオスを飼う者なら誰もが目指す桃源郷とうげんきょうである。ならばこそ、それを相手方から申し出てもらっているその価値も推して知るべしというもの……。



……って、そうではなく。急に何を言い出してるんだって話だ。そもそもスペラ、こんなこと言い出すキャラだっけ? クールビューティーで、事あるごとに性的な視線を向けてくる主人公の勇者アークへと毒を吐くのが売りのキャラじゃなかったっけ?



「残念です、【パフパフ】ではダメなのですね……」



スペラは困ったようにモジモジとすると、



「しかし【パフパフ】以上となると……初めてなので屋内が良いのですが、うーん、せめて茂みの方でなら……」


「いやいやいや! そうじゃないそうじゃないっ! 俺はよりいっそうの性的な対価を求めているわけじゃないからねっ⁉」


「え、そうなのですか? 盗賊たちは私の体をそれはもうねぶるような汚らわしい目で見てきていたので、人間から見ても私の体にはそれなりに魅力があるかと思っていたのですが……」



……いやまあ、そりゃめちゃくちゃ魅力あるよ? あるけどさ、そんな誘惑に飛びついたら最後、ニーニャからレイア姫へとチクられるでしょ? そしたら俺、もう姫と顔も合わせられないじゃんか。



「と、とにかく! 見返りなんていらないよ。というか実を言えば俺たちはもともと王城から盗賊団の討伐に来たんだよね。だからこれも仕事のうちだからさ、ホントに気にしないでくれよ」


「そんな、見返りが何もいらないなんて……さすがにそんなわけには」


「いいっていいって、ホントに大丈夫だからさ」


「でも……」


「いいから。いまはそんなことより大事なことがあるだろ?」


「……はい、分かりました。そう言っていただけるなら、今はそのお言葉に甘えさせていただきます。本当にありがとうございます」



スペラさんは納得したようなしていないような、そんなあいまいな様子ではあったがいちおうは頷いてくれた。



「……でもやはり、何かお礼は考えておかなくてはなりませんよね。性的、それを超えるなにか……」



そして最後に小さくボソリとこちらには聞こえない声で何かを呟いたあと、里への道案内を始めてくれるのだった。

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