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26話 一方の俺様系自己中勇者は~その4~

オオカミは静かに、しかし自身の前に立ちはだかったアグラニスから距離を取った。常日頃からアークが感じている彼女の得体の知れなさ、まるでそれに当てられたかのように。



「『ディメンジョン・アローズ』ッ!」



アグラニスが唱えると、何本もの紫色の魔術の矢が放たれた。



〔グルルルッ⁉〕



オオカミはそれを避けようとするが1本が体に当たる。そしてそれは確実にオオカミへとダメージを与える一撃だった。



〔グガァァァッ!〕


「『ギガ・ホールネス』ッ!」



オオカミとアグラニスの戦闘は続く。いくつもの紫色の光とオオカミの使う風魔術が交差し、その空間は乱戦の様相を見せた。



──そして、どれくらいの攻撃のやり取りがあった後だろうか。



〔グゥゥゥッ!〕



オオカミは悔しそうな唸り声をあげた後、この部屋を立ち去って行った。



「か、勝ったのか……?」


「いえ、追い払ったというのが正しいかと」



アグラニスは額に汗をかきながらも、しかしまだ余力を残しているといった雰囲気でアークの元へとやって来る。



「ぐ、ぐぁぁぁぁぁあッ‼」



ズキン、ズキン! と。死の恐怖が去って、再びアークを激痛が襲い出す。燃えるような痛みが左腕にはしる。



「アグラニスッ、アグラニスッ! ポーションだッ! 早くポーションを俺様によこせッ!」


「いえ、まずはヤツがいつ戻って来ても対抗できるように私の魔力を回復して陣を張ります」



そう言うと、アグラニスはローブの内側に下げていたポシェットから紫色の液体の入った小瓶こびんを取り出して自分で飲んだ。



「おい……! なにやってんだよ! まずは俺様の回復だろうが!」


「いえ、安全の確保が先です」


「うるせぇッ! 俺様は勇者だぞっ! 俺様を最優先にしやがれ!」


「……しておりますよ。だからこその安全確保を──」


「──黙れェッ! いいからさっさとポーションをよこせって言ってんだよこのグズがァッ!」



アークが叫ぶと、洞窟には張り詰めるような静寂が満ちた。



「チッ」



アグラニスの舌打ちが響く。そして続けて、



「『ヒペルマ』」



小さくそう呟いた。するとアグラニスの体が紫色に輝く。



「ア、アグラニス……? お前、なにを……?」


「アーク様? 死にたいならそう仰ってくださいませ」


「アグラニスっ……?」



直後、ゾワゾワ、と。アークは複数の気配を感じて辺りを見渡す。するとどこからやってきたのか、いつの間にかスライムやケイブ・バットなどのモンスターたちがゆっくりとアークたちを取り囲んでいた。まるで……何かに引き寄せられるように。



「アグラニスっ! モンスターだっ! なぎ払ってくれっ!」


「……私が、ですか?」


「当たり前だろうが! 今の俺が戦えるわけねーだろっ! それぐらい分かるだろ!」


「嫌です、と言ったら?」


「は……?」



ジリジリとスライムたちがアークへと寄ってくる。冷や汗がその背中を伝う。



「おい、冗談だろ……?」



アークの涸れた声に、しかしアグラニスからの答えは無い。無表情に彼を見つめるその瞳はとても冷たいものだった。



──スライムがアークめがけて飛びかかる。



「うわぁッ!」



間一髪、アークはその攻撃を転がることで逃れた。



「アグラニスっ! おいっ、アグラニス!」


「……」


「なにしてる、助けろっ! おいっ! 返事をしろよアグラニス!」


「……ダンジョンの中では陣が無ければこのようなことになるのですよ、アーク様」



自身に襲いかかってくるケイブ・バットを小規模魔術で撃ち落としながら、アグラニスは感情の見えない声で呟く。



「いくらアーク様ひとりの体力やケガが回復しようが、モンスターの大群に襲われればまたたく間に消耗してしまいます。ならば、モンスターを寄せ付けぬ陣を構築してから、ザイン様やエンリケ様を含めた全員を回復させて万全な状態を整えるのが定石じょうせきというものです」


「アグラニスっ! ごたくはいい! 早くコイツらをなんとかしてくれっ──げふっ!」



アークはスライムの大群に散々体当たりをかまされて転がされている。しかし、アグラニスは助けない。



「まったく、本当にこれでも勇者なのかしら、コイツ……これじゃ我々の目的が……」


「頼むっ! 悪かった、俺様が悪かったかもしれん! だから助けてくれっ! このままじゃ死んじまうッ!」



悲痛なアークの叫びに、アグラニスはひとつ大きなため息を吐くと、



「『ギガ・フルールズ・ホールネス』」



低い声で呪文を唱える。するとアークに群がっていたスライムたち、それに飛び交っていたケイブ・バットたちの元に小さなブラックホールのようなものがいくつも生まれ……モンスターたちをすべて飲み込んだ。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


「それでは、まずは陣を構築します……いいですね?」



アグラニスの言葉に、アークは息も絶え絶えにコクコクと頷くしかなかった。



──そして陣の構築も済み、勇者アークは3本のポーションを飲み干してようやくひと息を吐く。



傷のふさがった左腕を恐る恐る動かして問題ないことを確認すると、アークはようやく胸を撫でおろした。



「クソッ……! あのオオカミめ、けた違いの強さだったぞ……!」


「確かにそうですわね。おそらくレベルにして20後半……あるいは30はあったかもしれません」


「……フンっ」



それを相手に互角以上の戦いを見せ、そして……アークを冷たく突き放すように見つめていたアグラニス。本当に何者なのだという疑念が再びアークの頭によぎる。ただ者じゃないことは確かだが……。



……しかし、無理に正体を問い詰めて信頼を失うのはマズい。自分の味方である内はそんなリスクを取る必要もないだろう、とアークは再び疑念を押し殺す。



「とりあえず気絶してるザインとエンリケはまだ陣の中で寝かせておくぞ。ったく、大金はたいたってのに俺より先にやられるなんてな……役立たずどもめ。まずはこの宝箱の中身からチェックだ」



俺は未だにこの洞窟の隅で石にでもなりきるように小さくなって震えていた盗賊を引きずり起こすと、部屋の中心にどっかりと根を張ったようなその大きな宝箱の前に立たせた。



「オラ、テメェの出番だクソ盗賊が。さっさと開けろや」


「ハ、ハイィッ!」



その背中を蹴り飛ばす。すると盗賊はそそくさと宝箱を調べ始めたが、しかし。



「かっ、鍵穴が……無いっ? 上にも、横にも……なんだこれ? なんだよ? 組み木式の宝箱なのか……? とするとまさか、もしかして……パズルっ? なんだこれ、なんなんだ……難易度高すぎだぁ……」



なにやらブツブツとつぶやき始めたかと思うと、全身から冷や汗をダラダラと流し始める。



「おい、どうした! さっさと宝箱を開けやがれ!」


「ム、ムリでヤンスぅ……!」


「はぁっ⁉」


「これはかなりの昔に作られた古代の宝箱で、現代の知識じゃ開けられませんよぉ……! よっぽどの天才盗賊か、考古学者じゃなきゃ太刀打たちうちできないでヤンスよ……」


「オイオイ、オイオイオイ……ははっ」



アークは歪んだ笑みを作ると、背中の剣を引き抜いた。



「それじゃあ、なんだ? 俺様はよぅ、ここまで半日近くかけて解けないパズルを解きに来たってかぁ? そんなもののために大怪我を負いに来たってかぁ?」


「そ、それは、その……スンマセンでヤンス……」


「ぶっ殺すぞコラァッ!」


「ヒ、ヒィィイッ!」



アークが盗賊めがけて乱暴に剣を振るが、しかし盗賊は間一髪それから逃れると、部屋の出口に向かって一直線に走り出した。



「……クソが」



アークはヘタリと、力なく地面に座り込む他なかった。

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