「決闘……」
「そう、決闘です」
ニヤリ、とアグラニスが笑う。
「アーク様はいかがでしょう?」
「ああ、構わねぇぜ。俺様が衛兵ごときに負けるワケがねぇからな。おい、クソ衛兵! この決闘を受けろよ? さもなくばルール無用でテメェをぶち殺してやる!」
ふむ……どうするかな。勇者たちの口車に乗るのはシャクだけど、この勝負に勝ってコイツらに引き下がってもらえるなら充分アリかな。
なんて思っていると、クイッと俺の
「グ、グスタフ」
「うん? どうしたニーニャ」
「なんだかごめん、アタシの都合にアンタを巻き込んだみたいで」
「いや、ニーニャが謝ることじゃないだろ。全部勇者のヤツらが悪い。それに首を突っ込んだのは俺の意思だ」
「でも……勇者とかいうヤツ、もう完全にグスタフを痛めつける気でいるみたい」
アークを見る。
……うん、恨みたっぷりな視線を頂戴しているな。本来の物語の主人公にここまで対抗意識を燃やされると、もはや光栄に思えてくるぜ。
「アイツ、強いんでしょ? このままじゃグスタフが傷ついちゃうわ……そうなるくらいなら、アタシがアイツの言うことを聞いて……」
「いや、その必要はない。あんなやつに俺は負けないからな」
「グ、グスタフ……」
「安心して見てろよ。ニーニャのことは俺が守る」
「……!」
俺が言うなり、ニーニャはギュンっ! と勢いよく下を向いてしまう。……不安なのだろう。それと彼女の強い責任感からか、その耳は真っ赤になっていた。きっと自分のせいで俺に迷惑をかけてしまったと恥じているのだろう。だが、女の子を守ることができるってのは男にとっての名誉なんだ。ニーニャが恥じることなんて何もない。
……それに、どうか安心してほしい。俺は絶対に負けはしないのだから。
俺はアークの、その私怨に燃えたにらみを正面から受け止めてやる。
「いいぞ、その決闘を受けて立つ」
「ハンッ! 衛兵ふぜいが、その思い上がりを後悔させてやるよっ!」
……俺が勇者に負けない根拠、それは俺が勇者アークのレベル、使ってくるだろうスキルのだいたいを予想できるという点にある。なにせ、前世じゃアーク自身を(イヤイヤでだが)メインキャラクターとして使って【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】をプレイしていたんだからな!
勇者のステータスやスキルはその他のモブに比べて圧倒的に強いが、しかしレベルは確実に俺より低いだろう。
ただ唯一、心配事があるとすれば……。
「あら? 私をジッと見たりして、どうかいたしましたかグスタフ様?」
「お前はいったい何者なんだ、アグラニス?」
「さきほども申しました通り、王城勤めをしていたしがない魔術師ですよ……」
……こんなキャラクター、俺は知らないぞ?
俺が前世でプレイしていたゲームに【アグラニス】なんて魔術師は登場しなかった。まあ、この世界は基本的にゲームの世界と同じシナリオではあるものの、その細部が異なることはあった。だけど、登場キャラクターが変わるほどの差異はこれまで無かったぞ……?
まあ、俺自身が干渉して姫がさらわれないようにするなど本来のシナリオを大きく変えてしまった部分もある。その影響が出てしまったのか?
「さあ、アーク様にグスタフ様、お二人とも準備はよろしいですか?」
アグラニスの言葉にアークが頷いた。俺もまた頷く。
「それではあらかじめお二人が勝利した際に相手に飲ませる条件を提示いたしましょう。アーク様が勝利したあかつきには、グスタフ様は我々がニーニャさんを勇者一行に勧誘する邪魔をしないでもらいましょう」
「おいアグラニス、それに加えて土下座だ。クソ衛兵には頭を地面にこすりつけて謝罪をしてもらう」
「……ではプラス土下座で。それでグスタフ様も構いませんか?」
いや構いませんかって、そりゃ構うけど……こんなところで時間を喰うのも面倒だ。
「まあ別にいいよ」
「ありがとうございます。それではグスタフ様が勝利した際の条件ですが、いかがいたしましょう?」
「俺が求めるのはただ1つ。今後いっさい、勇者アークをはじめとした勇者一行がニーニャに関わり合いにならないことだ」
「承知いたしました。アーク様もそれでよろしいでしょうか?」
「フンッ! 構わないさ。俺様が負けることなどあり得ないことだからなッ!」
勇者が剣を抜く。……うん? なぜだろう、どこかその剣から禍々しいオーラが立ち上って見える。いや、考えるのは後だ。とにかくここまできたら戦って勝つほかない。
俺と勇者は少し距離を空けると互いに構える。
「じゃあ、始めるぞクソ衛兵?」
「ああ、早くかかってこい」
「ハンッ! いつまでそうやって調子に乗っていられるか見ものだな? 降参は早めにすることをお勧めする──ぜっ!」
アークがゴミ山を蹴り出して急接近してくる。ふむ、思ったより速い。初期レベル5の動きじゃない、もしかしたらレベル10は超えているかもだ。
「喰らえッ! 『メガ・スラッシュ』!」
ガキンッ! 横なぎに振られる剣のスキルを俺は槍の中心で受ける。うん、大丈夫。この程度なら余裕で弾き返すことができる……と、そう思ったその時に異常は起こった。
「……なっ?」
ズゥン、と体が重く沈み込むような感覚。動きが鈍くなる。
「なんだ……これ……?」
「スキだらけだぜっ!」
ガキガキガキンッ! アークからの連撃を俺は槍で受ける。ダメージは喰らわなかったが、しかしその度に体は重くなった。
……これは、デバフかっ⁉
勇者の剣からにじみ出ている禍々しいオーラはどうやら闇属性のものらしい。闇属性魔術の中には相手の体力を奪い取ったり、または相手のステータスを一時的に下げたりする効果があるのだ。でも、ありえない。そんな闇属性の武器なんてこの城下町で売っているものじゃないのに……!
「まさか……」
アグラニスを見れば、ヤツは両手の指を組んで呪文のようなものをブツブツ呟いている。
……アレは、何かしらの魔術を行使しているのではっ? まさか……勇者の武器へと闇属性魔力の付与をしたのもアイツかっ?
「
「おっと!」
俺は横なぎされた剣をかわした。とにかく今のコイツの攻撃を受けるのは得策じゃない。とりあえずは避けることに徹しよう。
──しかし。
「おおっ? なんだなんだぁッ⁉ 力が……溢れてきやがるっ……!」
今度はアークの体が赤色、青色、黄色、そして緑色へと、次々に輝いていく。
……バフだと?
今のはそれぞれ攻撃力、防御力、器用さ、そして素早さのステータスアップを示す魔術付与だろう。アークの反応からするに、自身のスキルで付与したものじゃない。
「おい、アグラニスっ! お前いま決闘に手出しをしたなっ!」
「はて、何のことでしょうかグスタフ様? 私が何かしまして?」
「とぼけるなっ! 今のステータスアップの魔術はお前のものだろうがっ!」
「そんな証拠がどこにありますか? 誰か私が魔術を発動する瞬間を見ていましたか?」
「お前な……!」
確かに、目撃者は俺以外にいないだろう。だいたい魔術師が魔術を発動するところを見極められるのは同じ魔術師のみ。決定的な証拠をつきつけることなんてできはしない。
「あァ……最高の気分だぜ。今なら魔王の首も片手でヒネれそうだ……!」
アークが不敵な笑みをたたえ、剣を担ぐ。
……仮にも勇者だというのに
「はぁ……まったく」
「クククッ! どうしたぁ? ケガする前に諦めるか? ザコ衛兵くんよぉ?」
「いや、別にいい。続けよう」
「オイオイオイ、命は大切にしろよッと!」
勇者アークが俺を斬り捨てんと足を踏み出す。
……さて。手加減してスキルは使わないでいてやろうと思っていたが……ちょっと考え直しだ。
どうやってあしらってやろうか、俺は迫りくるアークに呆れのまなざしを向けながら、少し考えに更けることにした。