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20話 舌戦

「オイオイ、気が狂ったんじゃねぇよな? グスタフとやら。お前がすでにニーニャを捕まえてるだぁ? なんだそりゃ」



勇者アークが呆れたように言うが、しかし俺は事実しか言っていない。



「言葉通りの意味だぞ。俺はついさっきコイツを捕まえている。そうだよな、ニーニャ?」


「えっと……まあ確かに捕まったっちゃ捕まったけど」


「ほらな。それに俺がこのニーニャを追っているところは城下町の多くの人たちが目撃している」



そう、それは俺が市場でニーニャに手持ちの金をすべて奪われた際の出来事だ。俺が金をスラれたところは何かの屋台をやっていたオッサンがしっかりと見ていたし、何よりこんな白金の鎧を着た目立つヤツが盗人を追っていたのだから目撃証言には事欠かないだろう。



「フン、それがどうしたっていうんだよ。結局のところ罪があるってことに間違いはねぇだろうが」


「まあそれはそうだな。だが余罪がどれほどあろうとも、一番最初に処理される罪は俺が現行犯で捕まえることになった【俺の金を盗んだ】罪だ。そして俺はその罪を即日この場において裁く……この意味が分かるか?」


「……どういうことだ?」


「分からないのかよ、勇者アーク? 俺はこの場でニーニャに罪を償わせることで、すべての余罪をリセットさせるのさ」


「んなっ……⁉」



あんぐりと口を開け、しかしアークはすぐにアグラニスへと向き直る。



「嘘だろうっ? そんな無茶苦茶なことできるはずがないっ!」


「……いえ、アーク様。王国の法律ではそれは可能です。いえ、王国に限らずとも現状はほとんどすべての国で」


「なっ、なんだとっ?」


「過去の盗みの立証というものはとても難しいのです。そのため盗みの罪で捕まり、なおかつ余罪も多くある際には、慣例的に罪をひとまとめにしてその分だけ重い処罰を課すということもできます。そうすれば……過去の余罪が後で明らかになったとしても、それはすでに処理済みの罪という扱いになってしまうでしょう」


「そんな馬鹿な……!」



そうだ。確か現代日本でもそんな感じだった。例えば万引き。だいたいの捕まる万引き犯というのは初犯でない限りは万引き常習者で、2桁3桁の余罪があることも多い。がんばってそのすべてを立証したとして、しかしそれらのタイミングはバラバラと異なるだろう。するとそれら罪が1つ立証されるたびに犯人には懲役なり罰金なりの罰が次から次へと課されることになってしまう。


それは自業自得と言ってしまえばそれまでだが、犯人の社会復帰の途方もない障害になってしまうだろう。だからこそ、あらかじめ余罪分を重く見積もるなどして明らかになっていない罪を担保しつつ、1つの罪としてまとめてしまうこともできる……なんて話を聞いたことがある。



……いやぁ、又聞またぎきの知識を振りかざしてみたけど、こっちの世界にも同じような制度があったみたいでよかった。まあそんなものは無い! と言われても職権乱用上等、ゴリ押しする気でいたけどな。



「ま、そういうワケだから。これでお前たちが脅すネタは無くなったな」


「くっ……! 知ったことか! ニーニャ! お前は俺様といっしょに来るんだよッ!」


「おっと、そうはさせるかよ」



アークがズカズカと歩み寄るとニーニャの腕を掴もうとしたが、しかしそんなこと俺がさせない。グイっと。俺はニーニャを抱き寄せるように自分の元へと引っ張った。



「わっ⁉」



ニーニャは驚きの声を上げ、そしてとたんに顔を赤らめた……俺の腕の中で。



……いや、いやいやいや、言い訳をさせてくれ。俺は決してニーニャの華奢きゃしゃな体を抱こうだなんて思ったわけではないんだ。ちょっと勢い余って強くニーニャの腕を引き過ぎただけで……ああ、俺の眼下でみるみるうちにニーニャの顔全体が真っ赤になっていくのが分かる。やっぱりなれなれしく肩を抱いた俺に怒ってるのだろう……後でしっかり謝らなきゃな。



「チッ! 邪魔すんなやッ!」



アークが憎々しげににらみを利かせて再びニーニャへと手を伸ばしてくるが、俺はその手をバシンッ! と強くはたき落とした。



「なっ⁉」


「ニーニャに触れるんじゃねーよ。この子はお前といっしょになんか行きはしない」


「ハァッ⁉ オイオイ、テメェは勇者様の魔王退治の旅路を邪魔するってか? それも親衛隊隊長とやらの権限かァッ⁉」


「勇者の旅路の邪魔? おいおい、誰が勇者だよ。俺の目に映ってんのは健気な少女の弱みにつけ込んで脅迫するただの小悪党だけだ」


「テメェ……いったい誰に向かって口を利いてやがるっ?」


「勇者モドキのクソ野郎に向かってに決まってるだろ」


「よぉし……もう許さんぞ……!」



アークは怒りに声を震わせながら背中に差している剣を引き抜いた。



「勇者である俺様を侮辱するなんざぁ、万死に値するぜ……この衛兵ふぜいがッ!」


「言ったはずだぞ? 俺には守護長と同等の権力があると。俺に剣を向けるってことは王国に剣を向けることだぞ?」


「ハンッ! そりゃどうかな、俺様はこの世界で唯一魔王にトドメをさせる存在だぜ。テメェ1人斬り殺したくらいでそれほどの罪に問われるとは思わねーがなぁ?」



俺とアークが互いににらみ合う中、



「──お待ちください」



その間に割って入ったのはアグラニスだった。



「私が愚考ぐこうしますに、おふたりがこのまま戦っても互いに不利益があるだけですわ」


「不利益?」


「ええ、グスタフ様。そうですとも。たとえあなたがアーク様へ勝とうとも、それは勇者一行の旅路を邪魔したとして王城内での立場が危うくなります。また、仮にアーク様が勝った場合も、レイア姫親衛隊隊長を害したという点で王城からの心証が悪くなるでしょう」


「まあそれはそうだろうけど……」


「ですからルールを決めましょう」


「は? ルール?」



アグラニスは不敵に微笑んだ。



「お互いに命を取り合わず、そして敗者が勝者の条件を飲むというルールを設けて……勇者アーク様とグスタフ様による【決闘】を行って白黒をつけようではありませんか」

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