「アンタッ! シルカに何してんのよッ!」
ニーニャが憤怒の表情でアークを見やる。アークはしかしそれをそよ風でも吹いた程度にしか思っていないらしい、鼻で笑ってシルカと呼ばれた少女を放した。
「俺様が何をしてたかって? 何もしてやいない、ただお前の居場所を訊いていただけさ」
シルカと呼ばれた少女がニーニャの元へと走り寄ってくる。
「シルカ! 大丈夫だった……?」
「う、うん。でもあの人怖い……」
「そうね、早くアジトに帰んなさい。アイツはアタシが何とかしておくから」
シルカは不安そうなまなざしで、しかしニーニャのことを信頼しているのだろう、コクリと頷くとゴミ山の中腹へと消えていった。恐らく秘密の入口かどこかからアジトへと入ったのだろう。
「おいおい、俺様に向かって『何とかしておく』とはなんだ。ずいぶんと
「うるさいわよ。誰だアンタ」
「俺様は勇者さ。勇者アーク・ヴィルヘルム・ミラージュだ。アーク様と呼んでいいぞ、ニーニャ」
ニーニャは心底イヤそうな顔で舌打ちをした。
「誰が呼ぶか。それで? その勇者とやらがアタシに何の用よ」
「ああ、単刀直入に言おう。ニーニャ、お前は今日から俺様の配下になる。旅の支度をしろ」
「はぁ?」
呆気にとられたようなニーニャの反応に、しかしアークは気にも留めず言葉を続ける。
「俺様はこれから魔王を倒すための旅に出るが、道中は腕の立つ盗賊が必要だ。お前としても勇者一行に加われるんだ、光栄だろう?」
「ふ、ふざけてんの? どうしてそれでアタシが頷くと思ったのよ? ぜっっったいにヤだね。他を当たんなさい」
「オイオイオイ、お前に拒否権は無いんだよニーニャ」
アークはニヤリとあくどい笑みを浮かべると、
「良いことを教えてやるよ、ニーニャ。お前やお前の守るガキたちが
「……何が言いたいのよ?」
「つまりよぉ、勇者である俺様が正義の名のもとにお前たちを
「っ!」
ニーニャが目を見開いた。
「嘘だっ! 守護だってここらには頻繁に見回りに来てるし、ここらに住み着いてるヤツらがいるってことは知ってるハズよ! だけど一度も不法占拠なんて言われたことはないわっ!」
「それはただ黙認されているだけってことだ。俺がこれが問題だとして守護に報告すれば、ヤツらはお前たちを排除せざるを得なくなるのさ──なぁ、アグラニス?」
「──その通りでございます、アーク様」
どこからともなく、真っ黒なフード付きのローブをまとった女が現れて、アークの言葉に頷いた。
「な、なんだお前はっ⁉」
「お初にお目にかかりますわ、ニーニャさん。私はアグラニス。この王国に仕えると共に、勇者アーク様の旅路のサポートを任されている魔術師です」
「魔術師っ……?」
「この王国に関する法律は全て頭に入っておりますわ。アーク様の仰っていることは正しい。もし摘発されることになれば、あなたもあなたの守りたい子供たちも全員が
「そ、そんな……!」
ニーニャの絶望したような表情に、深く被るフードから垣間見えるアグラニスの唇が歪んだ笑みを作る。
「ですがご安心を。アーク様の配下になれば摘発をされないどころか、勇者一行のひとりとして名誉を得られ、子供たちの生活の安全や豊かな暮らしも保障されるでしょう」
「えっ……」
「いまのこんな汚らしいゴミ溜めでの生活から脱却したいとは思いませんか? 子供たちに普通の人間らしい生き方をさせてあげたいとは思いませんか? あなたがアーク様の誘いにひとつ頷くだけで、子供たちは救われるのですよ」
「っ……!」
「いい加減に気が付きましょう? このままでは子供たちは一生幸せにはなれません。あなたの存在が子供たちをこの底辺の世界に縛り付けているのです。さあ、子供たちを解放して、あなた自身も子供たちから解放されましょう。もう誰かのために盗みを働く必要など無いんです」
ギリッと音を立ててニーニャが歯を食いしばる。悔しさと怒りが混じり合った複雑な想いが感じ取れる。
……だから、俺は思わずそんなニーニャの肩に手を置いて、前に出た。
「あ? 誰だよ、テメェは」
「俺を覚えてないのか、勇者アーク」
「……?」
どうやらアークは本当に俺を覚えていなかったらしい、首を傾げた。俺のことなど眼中にも無かったのだろう、まあそれならそれで別にいい。名乗るまでだ。
「俺はグスタフ。レイア姫親衛隊隊長を拝命している」
「レイア姫親衛隊隊長だと……あっ、テメェ!」
アークは目を見開くと、俺に指を差す。
「あのとき俺様とレイアの邪魔をしやがったクソ衛兵じゃねぇかっ!」
「レイア【様】だろうが、呼び捨てにするんじゃねぇよ」
「俺様に指図するな、衛兵ふぜいがよぉ。それで、そのクソ衛兵が俺様に何の用だ。ここにお前の仕える姫はいねぇだろうが」
「そうだな、姫はいない。だが……俺には親衛隊隊長としての特権がある」
「はぁ? 特権だぁ?」
「ああ、そうだ」
まさか、レイア姫に親衛隊隊長を任命されたさっきの今で使うことになろうとは思わなかったが、今使わなくていつ使えというのか。俺はポケットに忍ばせてあった親衛隊隊長のバッジを取り出してアークとアグラニスへ突きつけた。
「親衛隊隊長はこの城下町の守護長と同等の権力を持つ。すべての法律が頭に入っているなら、当然そのことは知っているんだよな、そこの女魔術師!」
「……ええ、それはまあ」
アグラニスは舌打ちをしたものの、それを認めた。
「守護長と同等の権力を持つその俺がここで判決を下す。俺はニーニャやその子供たちがここを不法占拠しているとは絶対に認めないぞ! そもそもこの土地にあるのはあくまで不法投棄のゴミの山であり、不正に住居が建てられているわけじゃない。不法投棄のゴミ山が黙認されている以上、ニーニャたちに対して不法占拠の罪を問うのは筋が通らない!」
「オイオイ、そりゃあ屁理屈ってもんだろうがっ!」
「知ったことか。事実は事実だ」
「チッ……!」
アークは俺をにらみつけると、しかし再び不敵な笑みを作った。
「だがなぁ、それならもっと直接的な手段に出るまでだぜ。俺様の仲間にならないと言うならばニーニャを守護に突き出してやる。……さて、この意味が分かるか? 親衛隊隊長のグスタフとやらよぅ」
「……ニーニャは守護たちにより盗みの常習者として賞金がかけられている指名手配犯だ。つまりその罪で
「その通りさ。どうだ? これじゃあニーニャは自分が不自由になるだけじゃなく、子供たちの今の生活すら守ることもできなくなる」
「……このクズが」
「ハンっ! 負け惜しみかよ、グスタフ君?」
心底、俺はこの勇者を軽蔑した。ゲームをプレイしているときも酷いヤツだとは思っていたが、まさかここまで非道な手段に出ようとするとはな。だが、コイツの思い通りになどさせはしない。
「それは必要ない。なぜなら……ニーニャはすでに俺が捕まえているんだからな」
アークもニーニャも、その俺の言葉に目を丸くした。