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14話 新生活のはじまり

──まったくもって今更だが、この世界の俺には家族はいないらしい。



12歳で孤児院を出たグスタフはその足で自分でもありつける職として衛兵の訓練隊へと入隊。そこで2年間勤めて訓練隊から卒業、その後王城内の警備任務に3年間従事していたようだ。



「あんな激しい戦いの後だ。ケガも酷かったし、記憶に障害が出るのも仕方なかろう」



王城敷地内の衛兵寮前にて。そう勝手にうんうんと頷いて納得しているのはどうやら俺が所属していたらしい衛兵隊の隊長だ。


医療室から出られるようになった俺はさっそく新しいレイア姫の護衛任務の準備を始めたわけだが、それに伴ってもともと俺の使っていた部屋から王城内の姫の部屋に近い一室へと引っ越すことになった。


だがまあ引っ越すも何も、俺にはグスタフとしての記憶なんていっさいない。なので「俺の部屋ってどこでしたっけ?」なんて隊長に尋ねたところ、丁寧に俺が今に至るまでのいきさつを教えてくれたというわけ。



「いろいろと教えてくださってありがとうございます、隊長」


「構わんとも。いまや英雄様と名高いグスタフの頼みならな。姫様の護衛という大役、しっかりと果たすんだぞ」


「はいっ」


「ははっ、返事の仕方も忘れたのか? 衛兵ならばそこは『我が命に代えても!』だろ? ……っと、そうだ。そういえばモーガン殿からグスタフ宛てにと預かっていたものがあったんだった」


「モーガンさんから?」


「ああ、ちょっと待ってろ」



隊長はそう言うと寮内に引っ込んで、それから風呂敷ふろしきに包まれた大きな荷物を俺に渡してくれた。



「えっと、これは?」


「この前の1件でグスタフが倒したガーゴイルたちからとれた素材だそうだ」


「素材……」


「鍛冶屋に売れば結構な額になるんじゃないか? まあどう使うかはお前の自由だがな」


「おお……! ありがとうございます!」



さて、そうして所属していた衛兵隊からも快く送り出され、俺は王城内の一室へと部屋を移した訳だが、



「ひ、広くね……? 前世で借りてた部屋よりも広いぞ?」



部屋はだいたい10畳間のリビングが1つ、8畳間の寝室、それに風呂トイレ別という贅沢な間取りだった。マジか、待遇よくね? こんな中世感あふれる世界なわけだし、俺は風呂トイレ無しのワンルームも覚悟してたんだけど思いのほか設備が充実していた。



「リビングには絨毯じゅうたんとソファ、寝室のベッドはフカフカ……何ここ、天国?」



少ない私物の荷ほどきも終わって広い部屋を満喫していると、コンコンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえる。引っ越し早々に誰だ?



「えっと、どうぞー?」


「失礼いたしますね、グスタフ様」


「って、姫っ⁉」



部屋のドアを開けたのはレイア姫。今回も侍女を伴わず、ひとりのようだった。



「えっと、どうしてこちらに?」


「ちょっとご様子を見に、ですわ。お部屋に足りないものはありませんでしたか?」


「いえ、充分です……というか、むしろこんなに良い部屋をもらっちゃっていいんですか?」


「もちろんですわ。グスタフ様にはそれだけの大役についていただくのですもの」


「そ、そうですか……」



……うーん、改めていろんな人から大役大役と言われるとプレッシャーがあるなぁ。まあ、せいぜいこの部屋に見劣りしない仕事ぶりを発揮しろ、ということなんだろう。



「ありがとうございます。レイア姫の護衛、しっかりと果たしますので!」


「はいっ! 頼りにしておりますわ、グスタフ様。あと、それと……」

レイア姫はそう言うと、ゆっくりと俺に近づき、


「えっ」



手探りで俺の右手を優しく取った。温かく柔らかな姫のその両方の手のひらが俺の右手を包む……心臓がドクンドクンと跳ねた。



「こちらをどうぞ」



姫は少し頬を赤らめつつ、俺の手に何かを握らせた。何だろう、冷たくて硬くコインのように平たいこれは……手を開いて見る。それは王冠を被った女性の横顔の細工の入った金色のバッジだった。



「え、えっと……これは?」


「それは王族の【親衛隊隊長】の証ですわ」


「親衛隊? 隊長?」


「ええ。今はほとんど見なくなった役職ですが、他国との戦争があった時代は兵士たちの士気を高めるために王族も戦場におもむくことがあったといいます。その際に、王族が自らの側に置く直属の隊を親衛隊と呼んだそうです」


「へぇ、そうなんですね」



急にサブカル臭がすごくなった、と思いきやちゃんとした歴史があったみたいだ。まあ、古い役職ではあるが今の俺の立場を区分するにはちょうど良かったということだろう。こういう印でもなきゃ普通の衛兵とレイア姫直属の兵である俺の見分けもつかないもんな。



「あと、そのバッジはただの飾りというわけでもないのですよ?」「え、そうなんですか?」


「はい。王国の法律にも親衛隊隊長は明記されていまして、簡単に言えば町の治安維持を取り仕切る【守護長】、そして自らの隊を結成することができる【衛兵隊隊長】と同等の権限が与えられています」


「そ、それって結構すごいんじゃ」


「うふふっ、そうなんです。結構すごいんですよ? きっとこれからのグスタフ様のお仕事の役に立つと思いますわ。でも、使い方しだいでは悪用もできてしまうとても強い力を持ったバッジなので、さすがにこれを持ち出すという話をしたときにはお父様にも渋られました」



レイア姫はいたずらっぽく微笑んだ。



「それでも私、どうしてもグスタフ様にこれをお渡ししたくって」


「なんで、そこまでして……?」



レイア姫は、答える代わりにそっと俺の手のひらの上のバッジを取った。



「え、姫……?」


「ジッとして、動かないでくださいね?」



姫は俺の胸を手探りにしてちょうどいい位置を見つけると、その親衛隊隊長の証であるバッジを手ずから俺の左胸へと付けた。



「グスタフ様、きっとあなたならこれを正しくご活用なさいます」


「姫……」


「功績を挙げたから渡すのではありません。私のことを命がけで、すでに3度も守ってくださったグスタフ様だから渡すのです。心優しきグスタフ様にだからこそ渡すのです。私の心からの感謝と信頼と……敬愛を込めて」



姫は優しくも、しかしとても真剣な声色でそう言った。まっすぐなその言葉は……スコーン! と、とてもきれいに俺の心を貫いた。



「──姫っ!」



なにか熱いものが胸にこみ上げて、気づけば俺はその勢いのままに姫の両手を握りしめていた。



「グ、グスタフ様っ⁉」


「姫……俺、めちゃくちゃがんばりますっ!」



……俺は、こんなに人に信頼されたのは初めてだった。前世じゃ上手くいくことなんてほとんど無くて、成功体験なんていうものはゲームの中でのことくらいのもんだった。そんなろくでもない俺を、このレイア姫はまっすぐに見て、そして期待してくれてるんだと思うと……鼻の奥がツーンとする。これは嬉しさにこみ上げた涙のニオイだ。



「俺、ぜったいに姫を守り抜きますからっ! 三邪天が来ようが、魔王が来ようが、ぜったいに姫には指一本触れさせませんからっ! 俺が……俺が一生、お側で守り続けますからっ!」


「い、いっしょうっ⁉ グ、グスタフ様、それって……!」


「親衛隊隊長としてっ! 俺はこのバッジに恥じない働きを約束します! 我が命に代えても!」



……ぜったいに、きっと、俺は姫の信頼に報いてみせる! 



ビシッ、と。俺は敬礼を決めてみせた。

すると姫は……ん? なんだろう、なんかちょっと照れたようにはにかんで、あいまいに笑っていた。



「う、うふふふ、そうですよね、そういうことですよね? び、びっくりした……」


「姫? なんだかちょっと顔が赤いような……?」


「そ、そんなことはありませんよ?」



姫は手で顔をパタパタとあおぐと、「さて」と俺の部屋を出る。どうやらこれから習い事があるらしい。送っていきましょうかと申し出はしたのだが「引っ越しでお疲れでしょう? 今日はゆっくりお休みになってください」とのこと。優しい。レイア姫マジ天使。



「しかし、休めと言われてもまだ昼なんだよなぁ」



夜までにはまだ時間がある。どうしたものかと思い……ガーゴイルの素材のことを思い出す。



「とりあえず放っておいても仕方ないし、鍛冶屋に持っていってみるかな」


俺は素材の入った大きな風呂敷を持って部屋を出た。




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グスタフ Lv26

次のレベルまでの必要経験値 237

職業:レイア姫親衛隊隊長 ←【NEW】

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所持金

2,000G ←【NEW】

→引っ越しの際に発見。全財産。

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