「おいおい、まったく。今の化け物はなんだったんだ?」
アーク・ヴィルヘルム・ミラージュ──勇者の紋章を授かったその男は、飛び込むようにして隠れに入った王城の一室の中から、そっと廊下を覗き見た。
「あちこちに衛兵どもが張っ倒されていやがる。いったん何だってんだ、あの首無しのヤツ……ハンパじゃねぇ闇の力を感じたぜ。隠れて正解だったな」
アークは王城に侵入してきたバーゼフとかち合いそうになったのだ。しかし、彼は背中に差した剣を抜こうなんてことはこれっぽっちも考えなかった。
……もちろん、アークは勇者である。それは魔王を倒す宿命を負った者。だが、それは必ずしも全てのモンスターを相手にしなければならないなんて義務を負うわけではない。
「ムリはしねぇ。せっかく勇者になれたってのに、死んじまったら元も子もないしな。もしかしたら今のヤツにレイアがさらわれるかもしれねーけど……それはそれで結果オーライさ。俺様が魔王の元から救い出してやればむしろ好感度は爆上がりだろ」
ニヤリ、とアークは自らの計算にほくそ笑む。そしてすっかり静かになった廊下へと出た。
さて、王城にすでに用はない。旅の支度金や支援金は玉座の間を出てからすでに貰った。気前良くがっぽりだった。それじゃあさっそく旅に出て仲間集めでもするかな──アークがそう思った時だった。
「そこの殿方、もしかして勇者様ではありませんこと?」
「っ、誰だっ!」
アークが振り返った先にいたのは紫色のローブ、同じ色のフードを深く被った女だった。
「なんだキサマ……その出で立ち、もしや占星術師か? 俺様に何の用だ」
「そう警戒なされないでください、勇者様。私はアグラニス・クロウリー。この王城に勤める魔術師でございます。仰る通り占星術も得意としていますが」
「……それで? なぜ俺様を勇者だと?」
「私の見た星がそう告げていたのです」
「フンッ!」
怪しさは倍増だった。こんなヤツにいちいち構ってはいられないと、アークは再び歩き出す。
「強き仲間を欲していられるのでは?」
「っ!」
「この城下町にひとり、腕の立つ女盗賊がいます。どうやらその者の星と勇者様の星が重なりかけているようですわ」
「女盗賊?」
自分のこれからすべきことと考えていたことを言い当てられたあげく、女盗賊ときた。興味がそそられない訳もなく、アークは振り返った。フードから覗き見える紫色の唇をニンマリとさせているアグラニスが少し不快ではあったが……まあ話を聞いてみる価値くらいはありそうだと思った。
「ふーん、それで? 星が重なりかけているってのはどういうことだよ」
「つまり、近々その者との縁があるということですわ」
「縁、か。ところでその盗賊ってのはどんなヤツなんだ」
「なんでもスラム街の路上生活者たちに金銭を恵むことがあるんだそうです。ウワサによるとこれが城下町を見回って治安維持を行う守護たちをも打ち倒す実力者で、さらには可愛らしい外見なんだとか」
「ほほう?」
「いっさい捕まらない凄腕らしいのですが、しかし私の占星術であればその者のアジトを特定することも可能です。さあ勇者様、どうしたいですか……?」
盗賊……それは今後の旅をする上では必須ではないが居てくれた方が助かる職種である。宝箱のトラップを解除したり、ダンジョンがあれば先頭に立たせることでモンスターの気配をいち早く察知してもらえるからだ。
それに加えて可愛らしいときた。これは勧誘して損はないだろうとアークは頷いた。
「よし、いいだろう。では占ってみせろ。その女盗賊とやらの居場所をな」
「ええ、それは構いませんが……ひとつ条件が」
「なんだ、金か? いくらだ?」
「いえ。私を勇者一行に加えていただきたいのです」
「キサマを? 王城勤めなのだろう? それなのにどうして」
「ここの生活は刺激が少なすぎますので……それに私はそこそこ戦えもしますし、必ずやお役に立てるかと」
アグラニスがフードを取ってその顔を見せた。
「ほぅ……」
その素顔はなかなかに美人だった。それに切れ長の目と細眉が、いかにも才女といった風だ。
……ほぅ、なかなか楽しめそうなヤツじゃないか、いろいろとな。アークはほくそ笑んだ。
「いいだろう。俺様の名はアーク。アーク様と呼ぶがいい、キサマを第1の配下にしてやろう」
「ありがたき幸せにございます、アーク様」
幸先がいいぜ、アークは不敵に笑うと城下町に向けて歩き出した。