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9話 ただのモブですが、俺様系勇者を調子には乗らせない

礼儀などを知ったことかと言わんばかりの無作法で自らを勇者と名乗ったその男に、王とモーガンさんは顔を見合わせた。



陛下へいか、本当にあの者が我々の探していた勇者なのでしょうか」


「うむ、モーガンよ。お主の疑問ももっともだ。だが案ずるでない、勇者かどうかを確かめる術はある」



王は勇者へと厳しい視線を送る。



「さて、それではまず貴殿の名前を聞こうか」


「俺様はアーク。アーク・ヴィルヘルム・ミラージュだ」


「ふむ、それではアークよ。上着を脱ぎ背中を見せてみよ」



アークは後ろを向いて服を脱ぐ。その背中には何かの青い印が浮かび上がっていた。



「……間違いない。勇者の紋章だ」


「ハンッ! これで俺様が勇者だと信じていただけたかい、王よ」


「うむ。我が王国に代々伝わる勇者の紋章で間違いなかった……疑ってすまなかったな、勇者アークよ。許せ」


「まあ、構わねーぜ」



アークは不敵な笑みを向けると再び服を着なおした。



「グスタフよ。すまないが今は早急に勇者と【魔王】について話をする必要がある。お主にはたびたび悪いが褒美の話は少し待て」


「はいっ、分かりました」



俺は頭を下げると部屋の脇に下がろうと歩き出す。するとなぜかレイア姫は俺の腕をキュッと軽くつかむと、俺の横についてきた。



「フーン?」



アークはこちらを一瞬、値踏みするように見たあと再び王へ向き直る。



「それで王サマ? その魔王についての話ってのはなんなんだよ?」


「うむ。勇者アークよ、どうやら我が王国の伝承にある魔王が復活したようなのだ……」



……ここからの話は俺もよく知っている。なにせゲームの導入そのままなのだから。約300年前に封印された魔王が復活してしまったので、王は勇者に魔王討伐を依頼する。王国の軍を動かさない理由は簡単で、魔王にトドメをさせるのは勇者のみという条件があるからだ。



「ククク、なるほどね」



ひと通りの説明を受けた勇者がニヤリと笑う。



「いいだろう、魔王討伐の件はこの俺様が引き受けてやる」


「そうか、感謝するぞ勇者アーク」


「ただし……ひとつ条件がある」



アークは指を1本ビシリと立てると、それをそのまま俺の方へ向けてくる。いや、違うな。指しているのは俺じゃない。今、俺の後ろに隠れるようにしているレイア姫に向けているのだ。



「王サマ、俺様が魔王を討伐したあかつきには……アンタの娘であるレイア姫をいただくぜ」


「な、なにをっ!」



王、モーガン、レイア姫……そして俺も、アークのその言葉に絶句する。こんなセリフ、元のシナリオのどこにも無かったはずだ。



「貴様、自分が誰に対して何を言っているのかわかっているのかっ⁉」



玉座の横のモーガンが怒りに燃えたすごい形相ぎょうそうで手にした槍を構えた。



「おいおい、王サマの側近ふぜいがよ、勇者である俺様に武器を向けるのか?」


「黙れ、先ほどからの不遜ふそんな言動に加え今の分をわきまえぬ言葉……いくら勇者といえど目に余る!」


「ハッ、分をわきまえてないのはどちらかな?」


「なにっ⁉」



アークは呆れたとばかりに首を横に振って笑う。



「旅の行商なんかの間でウワサになってるぜ? いまは魔王のせいで王国内のモンスターが活発化していて、まともに馬車も動かせないらしいじゃないか。今ここで唯一魔王にトドメをさせる存在であるこの俺様が魔王討伐を引き受けなかったら、王国が被る損害はどれほどかな?」


「くっ、このっ!」


「……うむ、もうよせ、モーガン」



王が諭すと、モーガンは歯を食いしばりながらも再び王の横に控えた。



「勇者アークよ、お主の言い分は分かった」


「そうかい、話が早くて助かるよ王サマ。それで? 条件は飲むのかい?」


「……望むだけの金銀をやろう」


「いいや、俺様が望むのはレイア姫さ」



王が苦しげにこちら──レイア姫を見やる。姫はその視線を感じるのか、俺の二の腕につかまりながら、顔を背けていた。



「イヤ……」



とても小さな姫の言葉が聞こえた。



……なんでだろう、そのか細い声が胸の奥をひどく痛めつける。



「……よかろう。勇者アークよ。その条件を飲もう」


「ハハッ、そりゃあ嬉しいね。契約成立だ」



勇者はそう言うなり大股でこちらに向かってくると、俺の後ろに回り込んでレイア姫の正面に立った。



「初めましてだな、レイア姫。俺様はアーク。魔王を倒す者だ」


「あっ!」



勇者は強引にレイア姫の手を取る。



「ああ、やはり美しいな姫よ。お前はたとえ盲目であろうとも他の女の何倍も美しい。レイア姫よ、今日からお前は俺様のモノだ」


「やっ、やめてくださいっ!」


「ふん、お前の意志など関係はない……」



アークはそう言って鼻を鳴らすと、困惑したままのレイア姫の手の甲にキスをしようと身を屈めた。



……この野郎。とっさに俺はアークの唇がレイア姫の手の甲に付く前に、姫の手に自分の手を重ねていた。



「おい、なんのマネだ衛兵」



アークがギロリとこちらを向く。それは邪魔者に向けるあからさまな嫌悪の表情だ。



「まだ条件が満たされていないので」



俺は内心でフツフツと沸き起こっていた怒りをなんとか押し殺し、あえてひょうひょうと答えてやる。



「は? 条件だぁ?」


「勇者アーク殿、あなたが先ほど仰ったのではないですか、『魔王を討伐したあかつきにレイア姫をいただく』と。あなたはまだ魔王を討伐しておられません……ので、レイア姫をあなたの自由にはさせません」


「チッ! 屁理屈をこねやがって! 少しくらいの前払いはいいだろうが、どうせこの俺様が魔王を討伐するのは決まっているんだから!」


陛下へいか、いかがしましょう」



俺が訊ねると王は頷いて、



「勇者アークよ、約束を違えるではない。これ以上我が娘に触れるのは魔王を討った後にしてもらおう」



どこか険の込められた声でアークへと圧をかけた。



「……フンッ! いいだろう」



アークは鼻を鳴らすと玉座に背を向けた。



「王サマよぅ、報酬とは別に旅の資金はいただくぜ! 強い仲間たちが要るんだ、金貨を大量に用意しておいてくれや!」



そう言い残してアークが去ったあと、玉座の間は嵐が通り過ぎた後のような静けさで満ちかえる。ああ、疲れた。まったく、あれで主人公とかホントにゲームの制作陣は何を考えていたんだか。



「……グスタフ様」


「はい?」



どうしたんだろう? レイア姫が何やら頬を紅潮させて、俺の方を向いている。



「……っあ、手!」



慌てて俺はその手を離す。俺はいつの間にかレイア姫の手を握っていた。あの時、アークの魔のキスから守るために重ねた手をそのままにしていたから……どうやら無意識でやってしまっていたらしい。



「ひ、姫、申し訳ございませんっ!」


「い、いえっ! そんな……むしろありがとうございます」


「へっ? ありがとうって……」


「あっ、いえっ! そうではなく、手を握ってもらえたことではなくて、その、あの勇者から守っていただいたことに対してと申しますか、その…………あぅ……」



レイア姫はめずらしく取り乱すと、元が雪のように白い顔を真っ赤に染める。



「恥ずかしいです……あまり見ないで、グスタフ様……」


「うっ!」



グサリ。尊みの矢を心臓に受けてしまった……。照れる姫、尊い……。



「グスタフ、先ほどは助かったぞ。よくぞ姫の身を守ってくれたな」



王はそう言うと、それから姫の方を向いた。



「レイアよ、すまない。王国のためとはいえ、ワシはお前を……」


「……お父様、お気になさらないでください。私も王族です。国のためにこの身を捧げる覚悟はとうにできております」



再び、部屋には重たい空気が流れる。王もレイア姫も、やはりあの勇者アークは気に入らないらしい。まあイケメンと強引さが売りなだけの男だからな、アイツ。俺も気に食わない。どうにかして姫とアークを引き離す手段はないか……なんて、そんなことを考えている時だった。


再び玉座の間の扉が勢いよく開かれたかと思うと、衛兵のひとりが駆け込んできた。



「陛下、姫! お逃げくださいっ!」


「こ、今度はなにごとだっ⁉」


「魔王軍を名乗る化け物が……」



しかし、ブオンッ! と音を立てて、黒曜石のような色をしたエネルギー弾が言葉も途中だった衛兵へとぶつかりその体を大きく弾き飛ばした。



「ホウ、ココガ玉座カ……」



そして、その後にゆっくりとした歩みで現れたのは黒い鎧を着て、カブトの被った頭をその脇に抱えるデュラハンだった。



「な、何奴っ!」


「我ハ魔王軍、【三邪天】ガ内ノヒトリ──バーゼフ。アノ日貰イ損ネタ姫ヲ、改メテ頂戴シニ来タ」

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