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7話 レイア姫と【英雄】

──ふと、俺が目を開けると、そこには白い天井があった。



「どこだ、ここ」



俺の部屋じゃなかった。薬品のツンとしたニオイがする。なんで俺、こんなところで寝てるんだ? たぶんいま俺の頭の中を覗いたら、ローディング画面のグルグルが表れていることだろう。



「あ、そっか。そうだった。ここは確かクソゲーの世界……」



思い出した。俺はプレイする価値なんてほとんど無いレベルのクソゲーである【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】の序盤のイベントで死ぬはずのモブ衛兵に転生したんだった。



でも転生した直後に死んでたまるかと、必死こいてレベル上げをしてモブ衛兵として辿るはずの運命を回避しようといろいろと策を講じたんだ。でも結局、魔王軍と戦うはめになって、それで……。



「めちゃくちゃケガを負って、倒れて……でも、死ななかったんだな」



ホッとする。なんとか最低限の初心は果たせたわけだ。我ながらガーゴイルの群れの前に飛び出した時は半分以上死を覚悟してたところあったからな。



……まあ、結果良ければすべて良し、ってことで。



さて、改めてここはどこだろう? 真っ白な天井に、目の端にチラつく白いカーテン……たぶんここは王城の中の、なんていうか保健室的な場所かな? 倒れた俺を誰かが運んできてくれたに違いない。ありがたいことだ。


俺はよいしょ、とベッドから体を起こす。



「え?」



てっきり部屋には1人だと思い込んでいたけど、しかしそうではなかった。



「うぅん」



部屋にはもう1人いた。俺のベッドへもたれかかるようにして眠っている女の子が。



「レ、レイア姫……?」


「うぅん……あら私ったら、うっかり眠って……」



レイア姫は俺の声で目を覚ましたようで体を起こす。そして「ふわぁ」と可愛らしい小さなあくびをこぼすと、こちらに顔を向けて、



「……グスタフ様? もしや、お目覚めに……?」


「へっ? あ、はい」


「やはり、お目覚めになられたのですね!」


「うわっ⁉」



レイア姫が勢いよく乗り出すようにしてくる。近い近いっ! 鼻先が触れ合いそうになるほどの距離にレイア姫の顔がある。目が見えないから距離感が計れないんだろうけど……フワリとほのかに甘い香りが漂ってきて、ドキリとしてしまう。



「良かったです、本当に……! グスタフ様はとても深くお眠りになっていて、私、もしやこのままお目覚めにならないかもと心配で心配で」


「は、はぁ」


「どこか痛いところや苦しいところはございませんか? 外傷は回復術士の方に治していただいたのですが、どこか不調などは?」


「いえ、大丈夫です。ぜんぜん痛いところも無いですし……」


「そうですか、それなら良かったです」



ニコリと、レイア姫が微笑んだ。



──か、可愛いぃ……!



後光が差すかのようにその笑顔が輝いて見える。ああ、やっぱりレイア姫が俺には超どストライクみたいだ。クソゲーなのにもかかわらずレイア姫のイラストに惚れこんでパッケージ買いしてしまっただけのことはある。


「グスタフ様は丸1日眠っておられたのですよ。喉が渇いたでしょう? いまお水をお持ちしますわね」


「あっ、そんな、自分でやりますから」


「いいんです。私にさせてください」



レイア姫はそう言って立ち上がる。いや、そうは言ってもな。いつも姫の手を引いてくれる侍女もいないみたいなのにいったいどうやって……と、思っていると、



「チチッ」



小鳥のさえずりのような小さな音をレイア姫は出した。それから姫はまるで目が見えているかのように室内を移動して、グラスを手に取り水を注ぎ、そして「どうぞ、グスタフ様」と俺の元まで持ってきてくれる。



「あ、ありがとうございます」



そういえば聞いたことがある。目が不自由な人の中には聴覚が発達し、イルカのように音の反響で障害物を探知して歩くことができる人もいると。おそらく姫にもその能力があるのだろう。



「……もしかしてお水、要りませんでしたか?」


「い、いえっ!」



しまった、レイア姫がせっかくお水を持ってきてくれたというのに考え事ばかりしてしまってた。慌ててグラスに口をつける。



「いただきま──ンフッ? ゴホッ!」


「グ、グスタフ様っ? 大丈夫ですかっ?」


「だ、だいじょ、ゴフッゴフッ!」



しくじった……慌てて飲んだら気管に水が入った。体を前屈みに、せき込んでいると、



「ヨシヨシ」


「っ?」



レイア姫が俺の背中を上下にさすってくれていた。優しい手つきで、ゆっくりと、俺にピタリと寄り添うように。



……っていうか、物理的に本当の意味でピタリとくっつかれているんですがっ⁉



「ヨシヨシ。お水が気管に入った時はしっかりと咳を出し切った方がいいですよ」


「~~~!」



さっきから距離感が近いっ! レイア姫の柔らかな体の感触を体温と共に艦居てしまう。いいのかこれはっ? 一国の姫のぬくもりをたかだか衛兵の俺が一身に受けてしまっているんだがっ?



「レ、レイア姫っ! ありがとうございます、もう大丈夫です!」


「そうですか? それなら良かったです」



レイア姫はそう言うとススッと離れてくれる。よ、良かった……。美しすぎる姫のキラキラしたオーラにちょっと圧倒されちゃってたからな。もうちょっとそのぬくもりを味わっていたくもあったけど、小心者の気持ちの方が勝ってしまったぜ、チクショウ。



俺が深呼吸で平常心を取り戻そうとしていると、コンコンコンと、部屋のドアがノックされた。



「はい。どなた?」


「はっ、国王直属軍兵長のモーガンであります」


「モーガンさん、ちょうどよかったですわ。どうぞお入りください」


「失礼いたします」



ドアを開けて入ってきたのは浅黒く焼けた肌の、見るからに軍人っぽいイケオジ。モーガンと呼ばれた彼は俺に目を向けるとニカっと笑った。


「これはこれは、【英雄】グスタフ君。お目覚めかね」


「英雄……?」


「はははっ、すぐに分かるさ」



モーガンのその意味深な発言に、レイア姫も訳ありげに笑っている。

なんだ……? と首を傾げるものの2人は別の話を始めてしまったのでそれ以上その言葉の意味について訊くことはできなかった。

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