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第138話

「よお、オディロン。調子はどうだよ?」

「お前さんか。まあ、ボチボチってところだな」

 冒険者ギルドにほど近い場所。そこにオディロンの構えた冒険者クランの本部がある。大通り沿いの大きな建物だ。かなり値が張ったはずだが、それだけオディロンの本気が窺える。

 もう冒険者ギルドは役に立たないからなぁ……。

 冒険者ギルドは、冒険者たちから完全にその信用を失ってしまった。いざという時に、構成員を守るのがギルドの務めだというのに、それを怠ったからだ。

 その状況にあって、冒険者たちは、寄り集まってクランを創ることで身を守ろうとしている。オディロンたちも、そうしてクランを創った一人だ。

 もっともオディロンの場合、己の栄達や利益を目的としたものではなく、あくまで初心者冒険者のサポートが目的のようだが。

 やりようによっては、大きな権力を持てるチャンスだというのに、オディロンは興味がないらしい。権力なんて持っても面倒事が増えるだけだというのが彼の言い分だ。なんだかオディロンらしいな。

 まぁ、そんな感じで、今の王都では、ポコポコと新しい冒険者クランが創られている。大きなクランの中には、冒険者ギルドを通さずに、直接商人と商いをするクランも出てきたようだ。その方が、冒険者ギルドに中抜きされずに、双方にメリットがあるからだ。

 冒険者ギルドは、急速にその力を失っている。一応、冒険者ギルドもただで死ぬつもりは無いのか、いろいろと対策を打ち出しているようだが、おそらく、崩壊までのカウントダウンは止まらないだろう。

 オレとマクシミリアンの決闘が、まさか冒険者ギルドを潰してしまうほどの騒動になるとは驚きだ。

「それで? 何の用じゃ? お前さんたちは、あのエルフのクランに入ったんじゃろ?」

「そりゃそうだが、友人を訪ねるのに理由が必要か?」

 オレの言葉に、オディロンが目をパチクリと瞬かせた。

「まさか、お前さんの口からそんな言葉が出るとはな! そうじゃとも、儂らは友人、盟友よ! 盟友が訪ねてきたんじゃ、一杯振舞わねば失礼というもの!」

「あー……」

 目の前にドンと置かれた酒樽に、少し後悔しそうになる。そうだった。ドワーフの付き合いには、酒は必要不可欠だった。

「ささ、友との再会を祝って飲もうではないか! 後ろの嬢ちゃんたちも遠慮はいらんぞ? たーんと飲むがいい!」

「いえ、私たちは……」

「儂の酒が飲めんなどと言ってくれるなよ? こいつは極上の火酒よ。きっと気に入るわい」

「ええ……」

 イザベルがなんとかオディロンの誘いを断ろうとするが、丸め込まれてしまった。

 マズったな。一応、クロエたちもワインくらいは嗜むが、火酒なんて飲んだら酔い潰れちまうぞ。

「なぁオディロン。子どもにいきなり火酒ってのは……」

「嬢ちゃんたちも成人しとるんだろ? なら問題ないわい」

「あー……」

 もうどうあってもオディロンを止められないらしい。七つの美しいグラスに注がれる琥珀色の液体。オレにはなぜだか、その液体が毒よりも恐ろしいものに思えた。

「ささ、たんと飲むがいい。まずは駆けつけ一杯じゃ」

 火酒の駆けつけ一杯なんぞ聞いたことないぞ?

「すっごい匂い。目がしぱしぱするー」

「香りだけで酔っちゃいそう……」

「いい? 気をしっかり持ちなさい。気を抜けば終わるわよ」

「きゅー……」

「まさか最上級の火酒に巡り合えるなんて。今日はついていますね」

 火酒の入ったグラスを手に、クロエたちがまるで親の仇を見るような目で火酒を睨んでいた。

「では、頂戴いたします」

 そんな中、一番にグラスを口に付けたのは、エレオノールだった。エレオノールは、意外にも酒が好きだ。クロエたちの中では、一番飲める口だろう。火酒に警戒感を露わにしているクロエたちとは異なり、期待に満ちた視線で火酒を見ていたことからも、彼女が酒好きの一面が窺えた。

 エレオノールがグラスを呷り、白く細い喉が上下する。そのまま喉が上下すること数度。グラスの火酒を飲み干すと、仰け反っていたエレオノールが、そのまま後ろへと倒れる。

「あ、おい!」

 床にぶつかる危ういところでエレオノールを抱き止める。なんとか間に合ってほっと息を吐くと……。

「すー……すー……」

 目を閉じたエレオノールから、規則正しい呼吸が聞こえてきた。

 寝てる……だと……ッ!?

 先程までは確かに起きていたエレオノールが、眠っていた。

 コップ一杯の酒で!? どんだけ度数がヤバいんだよ!?

 オレは改めて火酒の凄まじさを知った気分だった。

「「「「…………」」」」

 エレオノールを見ていたクロエたちの顔は真っ青だ。自分たちの中で一番酒に強いエレオノールがこのざまである。自分が飲んだらどうなるか……。恐怖を感じているのだ。

「皆、分かっているかもしれないが、絶対一気飲みは止めろ。下で舐め取るように、少しずつ飲むんだ」

「飲まないという選択肢はないのかしら?」

 それができたらどんなにいいか……。

 オレはオディロンに聞こえないように、クロエたちに小声で喋る。

「ドワーフにとって、酒は神聖なものだ。振舞われた酒を飲まないのは、好き嫌いとか礼儀とかをすっ飛ばして、宣戦布告に等しい……」

「えー……」

「厄介過ぎないかしら……?」

「分かってる。すまないが、本当にすまないが、飲んでくれ……」

 まさかこんなことになるとは……。オレはクロエたちに懺悔しながら、自分も舐め取るように火酒を味わうのだった。

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