「皆、聞いてくれ。オレから今後の予定について話がある」
食堂での夕食の最中、オレの声に皆の視線が集まった。姉貴は心配そうな視線だが、クロエたち『五花の夢』のメンバーは、なにかを期待するような眼差しだ。ようやくこの期待に応えられるかと思うと、嬉しいものがあるな。
「それってもしかして!」
「まさか……」
「そうだ! ダンジョンに潜るぞ!」
オレの言葉に、『五花の夢』のメンバーの顔が、引き締まったものへと変わる。ただ緊張しているわけではない。その目には挑戦的な輝きがあった。冒険者はこうでなくてはな。
「いつ行くの? 明日?」
居ても立っても居られないとばかりに、ジゼルが声を上げる。微かな笑みを浮かべ、目をキラキラさせて、ダンジョンに潜りたくてうずうずしているようだ。これを留めるのはかわいそうだが、さすがに急すぎる。
「出発はだいたい十日ほど後だな」
「えー……」
「そんなにしょげるなよ、ジゼル。お前らにはプレゼントがあるからな」
「プレゼント?」
「それって……」
イザベルが訝しげに呟き、クロエが首にかけた革紐の先端をギュッと握る。クロエが首にかけているペンダントネックレス。そのペンダントトップは、オレが贈ったガーネットだ。
銀細工師に鳥籠のような細工を作ってもらい、その中にオレが贈ったガーネットが納められている。マイヤの発案だが、いい出来だ。
まぁ、プレゼントをもってしても、目的は果たせなかったのだがな……。
オレがクロエにガーネットをプレゼントしたのは、最近、クロエのオレへの態度が冷たいからだ。物で釣るようなマネをしてしまったが、オレはクロエとの仲に溝ができている今に危機感を感じている。
クロエも今年で十五だ。ただ遅れてきた反抗期が始まっただけなのかもしれないが……。オレもクロエも同じパーティの冒険者だからな。メンバー間のギスギスは容易く伝播し、パーティ全体がギスギスしてしまうこともある。なんとかしたいのだが……。
「そのぅ、それでプレゼントとは何でしょうかぁ?」
ほわんとした柔らかい口調でエレオノールが声を上げる。コイツは戦闘中は凛々しいのに、普段はゆるい。そのギャップもエレオノールという少女の魅力なのかもしれないな。
「聞いて驚くなよ? お前らの装備を新調するんだ! 前回は禁止だった宝具も選んでいいぞ!」
「うほぉおおお!」
「まあ!」
「ほう…ぐ……?」
「ちょっと待ちなさい。プレゼントと言ったわよね? まさか、私たち全員の装備を無償で新調しようというの?」
オレはイザベルの言葉に力強く頷いて応える。
「その通りだ! ほら、この間のマクシミリアンとの決闘で、賭博屋があったろ? あの儲けが予想以上に出てな。おかげでお前らに装備を買っても余裕でお釣りがくる。オレも装備を新調する予定だし、一緒に新調しちまおう」
「それはその通りでしょうけど……」
タダで装備が新調できるのだ。大喜びするかと思ったら、難しい顔を浮かべるイザベル。何が気に入らないんだ?
「どうした? 難しい顔して?」
「そうね。相変わらず、貴方に頼りっぱなしの状況をどう受け止めればいいのか……」
以前のように、信じられないと言われないだけ、イザベルとの距離が縮まったとみていいのか?
「イザベル、お前は難しく考え過ぎだ。男が奢るって言ってるんだ。素直に奢られとけ。それに、ここ数日は、オレのせいでお前らに不自由をかけたからな。その詫びの意味もある」
「べつにあれは貴方のせいじゃないでしょうに……。でも分かったわ。ありがとう。この恩は、ダンジョン攻略の際に返すつもりよ」
イザベルも昔よりもだいぶ柔らかくなった。昔は、オレに対してトゲトゲしていたのに。
「他に異論のある奴は居るか? ……んじゃあ、決定だな。さっそく明日にでも装備を買いに行くか。各自、欲しい装備の構想を固めておけよ。相談ならいつでも乗るからよ」
「はーい! あーし、最強の剣がほしー!」
「最強の剣って何だよ……」
おおざっぱだなぁ……。
「…………」
それぞれが笑みを浮かべて自分の新しい武器や装備に思いをはせる中、姉貴だけがそんなオレたちの様子を心配そうな、寂しそうな目で見ていた。
「…………」
オレはそんな姉貴の様子に気が付きつつも、かける言葉が見つからない。
姉貴の心配事は分かっている。オレたちが、時に命の危険もある冒険者という職に就いているからだ。
姉貴の心の平穏を思うなら、オレたちは冒険者を辞めるべきなのかもしれない。だが、そうすると収入面が心配になる。
王都の仕事の斡旋は、とにかくコネが物をいうからな。そんなコネの無いオレたちは、途端に無職になってしまう。それは、オレのように長年冒険者として身を立ててきたものでも変わらない。オレができるのは、暴力だけだからな。なにかを壊すことはできても、なにかを生み出すことなんてできない。
いや、オレは収納のギフトがあるから商人に雇われるかもしれないが、クロエたちは……。
よく冒険者は潰しがきかないなんて言われるが、まさしくその通りだな。