「シヤ、お前はオレに言った。オレにとって都合のいい女になりたいと。オレに他の女と結婚し、子どもをつくれと。それがお前の望みだと言ったな?」
「わちょっ!? い、いきなりなんじゃ!?」
オレがいきなり踏み込むのは予想外だったのか、シヤが変な声を上げて、両腕をパタパタと振って慌て始めた。その顔は瞬時に真っ赤に染まり、目の端には涙まで浮かんでいるようだ。
「いきなりそんなことを言う奴があるか! そういう話はもそっと段階を踏んでからだな……」
「大事な話なんだ。答えてくれ」
「ぐぬぬぬ……。マイヤ! お主は下がっておれ!」
「たいへん興味深いお話で、是非とも拝聴したいのですが?」
「ならぬ! いいから下がっておれ!」
「そうですか……。ご前、失礼致します」
もしかしたら、シヤはマイヤに話を聞かれるのが恥ずかしかったのかもしれない。赤くなった顔をますます赤くしながら、マイヤを下がらせる。
「ごほん。よいか、アベル? たしかに大事な話じゃが、こういった話は二人の秘め事じゃ。他の者に聞かせてはならぬ」
「あぁ、すまなかった……」
どうやらオレは、また配慮が足らなかったらしい。だが、オレはそれよりもシヤの答えの方が気になった。
「それで、どうなんだ? シヤはそのふざけた望みをまだ抱いているのか?」
「ふざけたなどと言ってくれるな……。ワシにはもうこれしかないのじゃ……」
シヤの顔は一気に血の気が引き、もう既に諦めてしまったかような儚い笑みを浮かべていた。
「シヤ、オレはな……。その……あー……。オレは、お前のことを……あ、愛している。オレは、お前のことを幸せにしたいんだ」
「なっ!?」
声は震えて途切れ途切れだし、どう見てもカッコイイ告白ってわけじゃない。いい歳して情けないな。恥ずかしい。だが、これがオレの生まれて初めての告白なんだ。仕方ないだろ。
オレの告白を聞いて、シヤは顔を一気に赤らめ、あわわと口をパクパクさせる。さっきから顔を赤くしたり、白くなったり、また赤くなったり、忙しいな。
だが、そんな初心なところもかわいらしく思ってしまう。なんだろうな。シヤへの好意を意識してから、シヤの全てが魅力的に見えてしまう。愛でてしまう。
「まさか、アベルが……そんな……」
「シヤはどうなんだ? オレのこと、好きか? 愛してくれるか?」
「…………」
シヤは、顔を俯かせて答えない。
なぜだ? なぜ答えてくれない? シヤの中には、少なくとも曲がりなりにもオレへの好意があるのではないのか?
分からない。不安になってくる。今すぐにでも自分の言葉を取り下げて、冗談で場を流してしまいたくなる。
相変わらずの自分のマイナス思考が嫌になるな。
「シヤ、頼む。教えてくれ。お前の本当の気持ちを!」
オレは不安を振り切って、尚もシヤを問い詰める。やがて、オレの願いが届いたのか、ようやくシヤが口を開く。
「ワシも愛しておるよ……。愛しておるんじゃ……」
シヤからの愛しているの言葉。オレの求めていた言葉だ。しかし、シヤの表情を見れば、手放しで喜べない。シヤの顔は、唇が紫になるほど血の気が無く、微かに震えていた。どう見ても尋常な状態じゃない。
だが、オレはシヤを逃すつもりはない。
「オレを愛しているんだろ? その気持ちに嘘はないんだろ? なら、なんでオレの妾になりたがる? オレの都合のいい女になりたがる? オレの妻の座を他人に明け渡す?」
「…………」
「シヤのやっていることは矛盾している! その願いは歪んでいるんだ! オレは嫌だぞ? シヤが他の男に抱かれているのなんて、想像するだけで頭が破裂しそうだ! 他の男と並んで歩いているだけでも吐き気がする! なんでお前は平気なんだ?」
「…………」
「平気なわけじゃねぇんだろ? 無理してんだろ? 自分の心に嘘を吐くなよ!」
シヤの無理をして浮かべた笑顔が頭を過る。オレは、もうシヤにあんな辛そうな笑顔を浮かべてほしくない。
「ワシは……。ワシは平気じゃ! 平気なんじゃ! 嘘など吐いておらぬ! これしか道は無いのじゃ! お主にとっては都合が良い話じゃろ? お主は面倒なワシのことなど気にせず、気が向いた時にでも相手してくれればよいのじゃぞ? なぜお主が怒るのじゃ?! 何が気に入らんというのじゃ?!」
「オレは、シヤを幸せにしたいんだ! 一緒になりたいんだ!」
「ぐぬッ!?」
「オレはね、シヤ。お前と共に幸せになりたいんだ。オレ一人だけの幸せなんてクソ喰らえだぜ! お前が幸せじゃなけりゃ、なんの意味も無い!」
「…………」
怒鳴り合いの応酬は、シヤが黙り込むことで止まる。二人とも肩で息をして、睨み付けるように相手の顔を見つめていた。
しかし、交わった視線は、シヤが力なく逸らすことで一方通行になる。
「アベル……。お主の気持ちは嬉しい……」
「だったら!」
意気込むオレに、シヤは顔を歪めて悔しそうな顔でゆるゆると首を横に振った。
「じゃがな、アベル。無理なのじゃ……。ワシとお主では、生きる速さが違う。ワシの歩みが遅すぎるのじゃ……」
「……あぁ……」
エルフと人間だ。生きる長さが違うのは分かっている。どんなに頑張っても、オレはシヤを置いてこの世を去ることになる事実は変えられない。
「だが……。例え少しの間だろうと、共に生きることはできる!」
オレは、シヤを置いて去ってしまう身だ。あまり強くは言えない。どうしてもシヤに悲しみの十字架を背負わせることになってしまう。シヤには、それが耐えきれないのだろう。そして、未来の悲しみを少しでも減らそうと、オレの妻ではなく、妾のような立場を望んでいる。それはシヤ自身が決めたあまりオレに踏み込まないための予防線なのかもしれない。
「違う。そうではない……」
しかし、オレの予想に反して、シヤは再びゆるゆると首を横に振った。