音も無く開いていく白亜の扉。その向こうは、白い部屋だった。白亜の天井や壁には、植物のレリーフが彫られ、床には白い絨毯が敷き詰められている。家具や調度品も白を基調としたものが多く。窓から差し込んだ日の光に輝いているようだった。
部屋の中央には、白い小柄な人影があった。この部屋の主にして、巨大クラン『連枝の縁』のクランリーダー、シヤだ。
シヤは普段の黒いローブ姿ではなく、白い輝くドレスを身に纏っていた。まるでドレス自体が発光しているようなキラキラのドレスだ。普通、こんなに目立つドレスを着たら、ドレスに着られているような感じになるものだが、シヤの輝きはドレスに負けていない。
丹念に梳いたのだろう。キラキラの金糸のような髪には、エンジェルリングが浮かんでいる。オレがクロエ以外をエンジェルと表現したのは初めてのことだ。そのことからもシヤの美しさを察してほしい。
「アベル様、こちらへどうぞ」
「お、おぅ……」
シヤに見惚れていると、マイヤに部屋に入るように促される。穢れを知らない純白の部屋に、オレは侵入を果たした。
そのままマイヤに案内されたのは、ローテブルの横にある大きなソファーだ。腰を下ろすと、硬すぎず、柔らか過ぎない弾力でオレを受け止める。
「シヤ様も、どうぞこちらへ」
「うむ……」
マイヤに案内されて、ローテーブルを挟んだオレの向かいのソファーに腰を下ろすシヤ。シヤは背が低いから、足が床に届いていない。そんな何気ないことが、愛おしくてたまらなく、オレはシヤのことが好きなのだと改めて思い知らされた。
「…………」
「…………」
ローテーブルを挟んで向かい合うオレとシヤ。しかし、最初の一言が切り出せない。シヤも口を開いたり閉じたりを繰り返している。シヤの後ろには、マイヤがニコニコ顔を浮かべながら、オレたちを見ていた。
ここはやはり、オレから話を切り出すべきだろう。戸惑って、警戒して、なにもできずに終わる。そんなのはもうコリゴリだった。
「……シヤ、久しぶりだな。今日はお前に話があって来たんだ」
シヤはビクッと肩を震わせると、意を決したように口を開いた。
「久しいな……アベル。今日は何用じゃ……?」
シヤは怯えたような顔でオレを見ている。シヤがこんな怯えているのは、オレのせいだ。オレの心無い言葉が、シヤを傷付けたのだ。
あの時は自分の気持ちに気付いてなかっただの。あの時は心に余裕がなかっただの。そんなものは等しく自分勝手な言い訳に過ぎない。
まずは、誠心誠意謝るところから始めよう。
「すまなかった。心配して来てくれたシヤに対して、オレは心無い言葉を浴びせてしまった。あの時のオレは、お前と向き合うのが怖くて逃げ出したんだ。本当にすまない」
オレはシヤに向かって深く深く頭を下げた。こんなことで過去の行いがチャラになるとは思わない。だが、自らの過ちを認め、反省し、謝罪するのは大切なことだ。
「……もうよい。ワシは気にしておらぬ」
絶対にシヤを傷付けたはずだ。気にしていないなんて嘘だろう。しかし、シヤはいじらしく平気だと嘘を吐く。
シヤの言葉に、オレは下げていた頭を上げた。シヤの傷は癒えているわけじゃない。未だにジクジクと痛み、血を吐き出しているだろう。そんなことは分かっている。シヤの悲しみを思えば、何度だって謝りたい。
だが、オレは頭を上げて謝罪を終わらせた。たまに「本当に許してくれるまで謝罪を続ける」と、頭を下げ続けるような奴が居るが、オレに言わせれば、あんなのは謝罪の脅迫だ。相手にとって迷惑でしかないだろう。
許すという行為は、誰かに強要されたものでは意味が無い。
オレは、シヤの心の傷が癒えるまで、いや、癒えてからも、言葉と態度でシヤの心を慈しもうと思う。
「シヤにはお礼も言わなきゃならねぇ。ブルギニョン子爵に警告を飛ばしてくれたんだろ? おかげで、話が丸く収まった」
「なに、ワシが勝手にやったことじゃ。お主が感謝する必要は無い。ワシの警告が無くても話は丸く収まったかもしれんしの」
「それでも、助かったのは事実だ。もし、シヤの警告が無ければ、子爵はオレたちへの報復を諦めなかったかもしれねぇ」
全てはブルギニョン子爵の考え一つで変わっていた。シヤの警告がもたらした意味は大きい。
「それで確認なんだが……。オレたち『五花の夢』は、クラン『連枝の縁』に所属するって話は白紙になったのか? それとも、あの約束は今でも生きているのか?」
「全てはお主の心一つよ。今一度問おうかの。アベルよ、ワシのクラン『連枝の縁』に入ってくれるか?」
シヤは、この期に及んでもまだオレの意思を尊重してくれるらしい。シヤならオレに強制することも可能だろうに。 オレの答えは決まっている。
「まだまだ頼りないパーティだが、できれば『連枝の縁』に所属させてくれないか?」
冒険者ギルドが頼りにならない今、巨大クランである『連枝の縁』に所属する意味は大きい。クランリーダーがシヤであるという点も大きな点だ。
「もちろんじゃ。ワシは『五花の夢』を歓迎しよう」
シヤは手を広げて歓迎の意を示してくれる。
「感謝する」
さて、ここまでは前座だ。これからオレはシヤの心に踏み込む。その結果どうなるかは分からない。もしかしたら、シヤに嫌われてしまうかもしれない。
怖い。
だが、オレは踏み込まなければならない。これはオレにしかできないことなのだ。