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第127話

「来ちまったな……」

 オレの目の前には、ドデカい白亜の建物があった。まるで荘厳な神殿のような建物だ。いたるところに植物や花のレリーフが刻まれ、まるで白亜の石の森に迷い込んだようである。

 また、王都の中とは思えないほど緑の本物の木々が植えてあるのが印象的だ。よく見れば小さな小川も流れており、涼やかな音を響かせている。

 王国におけるエルフの大使館。巨大クラン『連枝の縁』の本部は、王都の喧騒を離れた、ゆったりとした時を刻んでいた。

「あー……」

 この美しい空間にオレなんかが入ってもいいのだろうか?

 そんなことさえ思わせるほど全てが調和した空間だった。

 オレがなぜこんな所に居るのか。それはもちろんシヤに会いに来たのだが……。すごいな。シヤはここのトップなんだろ? 本当にオレとなんか会ってくれるのか? アポもねぇぞ?

 正直に言えば、オレはすぐさま逃げ出したい気分だった。

 だが……。

 ここで逃げ出してしまえば、オレはシヤとの間に埋められない溝を作ってしまうことになる。そんな予感がヒシヒシとしていたのだ。

 ずっと姉貴やクロエのためだけに動いてきたオレが、初めて自分から求めた存在。シヤを失うことに、オレの心は耐えきれなかったのだ。

「行くか……」

 オレは意を決して荘厳な森の中に足を踏み入れる。ものすごく場違いな気がして、足がすくむ思いだ。それに、あんな別れ方をしてしまったシヤと会うのは気が重い。

 だが、会わねばならない。

 まず会えるかも分からないし、仮にシヤに会えたとしても、今度はオレがシヤに拒絶されるかもしれない。あんなにひどい言葉をぶつけてしまったのだ。なじられることも覚悟の上だ。

 それに、シヤが抱いている歪な願いを完膚なきまでに破壊しなくてはいけない。

 あんな歪な望みがシヤの本心だなんて、そんなことはありえない。事実、シヤは無理をしているように見えた。あのまま無理を押し通せば、きっとシヤの心は壊れてしまう。

 あんな願いを抱えることになった原因。そいつをぶっ壊してやる。それができるのは、オレしか居ないのだ。

 覚悟を固めて白亜の建物の中に入ると、ちらほらとエルフの姿が見えてくる。どうやら人間はオレ一人らしい。ますます場違いな気がしてくるな。

 だが、オレに退路は無い。不退転の覚悟だ。

 オレは立ち止まらずに、そのまま受付カウンターへと歩いていく。一度止まってしまったら、もう動けなくなりそうな予感がした。

「あー……。受付はここか?」

「はい。本日はどういった御用でしょうか?」

 カウンターの向こうに座る妙齢のエルフが眩しい笑顔で答える。

「シヤに……。クランリーダーに会いに来たんだ。アポはないが、ほんの少しの間だけでもいいんだ。待てと言うのなら、いつまでも待つ。なんとかシヤに会わせてくれないか?」

 自分でも迷惑な相手だなと思う。しかし、オレは少しでも早くシヤに会いたかった。

「はい。では先触れを出しますので、少々お待ちください。」

「え?」

 予想に反して、エルフの受付嬢はスムーズに対応してくれた。先触れを出すということは、これから間もなくシヤに会えるのだろう。

 なんでだ? たしかにすぐに会えるのはありがたい。だが、こんな巨大クランのリーダーならば相応に忙しいだろうに。なぜこんなにスムーズに会うことができるんだ?

 オレの疑問を察したのだろう。受付嬢が笑顔で口を開く。

「アベル様がいらっしゃいましたら、最優先でお通しするようにと通知が出ております」

 なんだそりゃ? なんでそんな特別待遇なんだ? いや、そもそも……。

「……オレのことを知っているのか?」

 受付嬢には、まだ名乗った覚えは無いはずだが……。

「もちろんです。アベル様は、エルフたちの中では有名人なのですよ?」

「マジかよ……」

 なんでそんなことになっているのかはまるで分からないが、オレはエルフたちの間ではそこそこ名が知れているようだ。できればいい意味で有名だといいんだが……望み薄かもな。

 それからしばらくして、受付カウンターに一人のエルフがやって来た。なぜだか見覚えのあるエルフだ。どこかで会っただろうか?

「マイヤ様、あとはよろしくお願い致します」

「承りました。アベル様、こちらへどうぞ」

「あぁ、よろしく頼む」

 どうやらこのマイヤというエルフが、シヤの所まで案内してくれるらしい。なんというか、もっとシヤに会うのに苦労するかと思ったのだが、とんとん拍子に進み過ぎて、逆に不安になってくる。

「ではアベル様。ご武運をお祈りしております」

 受付嬢のエルフに見送られて、オレはマイヤの後を歩き始めた。

 しかし、ご武運ってなんだ? 戦うのか? オレが? 誰と?

 若干の不安を感じながら、マイヤの後を追って、ズンズンと白亜の建物の奥へ、上階へと進んでいく。

 こんな時にこんなことを考えてる場合では分かっているが、なんで偉い人は上階に居るのだろうか? 階段を上るのもたいへんなんだが……。

 一歩一歩階段を上るのと当時に、オレの緊張も高まりつつあった。階段を上り切った時には、口から心臓が出そうなほど緊張していた。

 目の前には大きな白い扉。いよいよシヤと会える。

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