「さて、どうすっか……」
オレは屋敷の自室でベッドに横になりながら一人呟く。警戒していたブルギニョン子爵家との和解が成った今、オレたちはフリーとなっていた。
いつものオレなら、すぐさまダンジョンに潜るべく計画を立てるのだが、今回は少し気が進まない。ブルギニョン子爵家の襲撃を警戒して、ずっと屋敷の中に缶詰めだったからな。クロエたちのストレスは高まっているだろう。これでまたすぐにダンジョンに潜って不自由な環境に身を置くのは、さすがにかわいそうだ。
まぁ、それが建前に過ぎないことは、オレが一番よく分かっている。
「シヤ……」
オレはシヤとの関係を考えあぐねていたのだ。
シヤに会いに行くべきだというのは、何事にも鈍いオレでも分かっている。だが、こっぴどくシヤを切り捨ててしまったことが、オレの足を鈍くしていた。
ブルギニョン子爵との会談の際、シヤはオレを守るために、その力を行使してくれた。あんなにひどい言葉を投げつけてしまったというのに、それでもシヤはオレを守ってくれたのだ。
あの約束が守られたということは、オレたち『五花の夢』が『連枝の縁』に加入するという約束も果たしてくれたのだろう。
そのことを確認する意味でも、礼を言う必要があることも分かっている。もう一度シヤと会う必要があるということは。
だが、オレはどんな顔をしてシヤに会えばいいんだ?
「あぁ~~~~……」
口からなんとも情けない声が漏れた。
もう一度シヤに会うということは、オレはシヤとの付き合い方を決めることと等しい。オレたちの関係は、もう既に以前のようには戻れないところまで進んでしまった。
オレはシヤのことをどう思っているのだろう?
シヤは、オレにとって信頼できる大切な相手だ。それは間違いない。
『ワシはの、アベル。お主を束縛する気は無いのじゃ。お主は自由に生きると良い。そして、思い出した時にでもワシを抱いてくれれば十分じゃ』
『強要はせぬが、お主には他の女と番となって、子どもを残してほしいがの。さすれば、ワシの長すぎる生の慰みになろう』
だが、シヤがあんなことを言い出したことで、オレの中にシヤへの不信感があるのもまた確かだ。
シヤがあんなことを言い出した原因が分からない。それさえ分かれば、この胸のつっかえも落ちるというのに……。
シヤは、本心から望んであんなことを言ったわけではないことは分かっている。何者かに強要されている可能性は低いだろうが、ゼロではないというのが怖いところだ。
それに、もし何者かに強要されていないとすれば、シヤが自発的にあんなことを言ったことになる。
自慢じゃないが、オレはシヤにあんな条件でも傍に居たいと言われるほどイケメンというわけではない。そんなことはオレが一番分かっている。オレは根暗で優柔不断なバカ野郎だ。こんな男に惚れる奴なんて居ない。
だが、実際にシヤに言い寄られているわけで……。
必ずなにか裏があるはずだ。そして、それはシヤに問い詰めるしか答えが出ない。
シヤがあんな歪んだ望みを抱いてしまった原因。
何が出てくるかまったく分からない。姉貴やクロエに害を及ぼさないために、一度はシヤを突っぱねたオレだが、ブルギニョン子爵との会談が終わった今ならば、多少の余裕はあるのも事実。
オレはシヤのことをどう思っているのだろう?
つらつらとあれやこれやと考えてきたが、結局はオレがシヤをどう思っているのかに収束する。オレはシヤとどうなりたいんだ? オレはシヤのことを愛しているのか?
その答えが出ない内は、オレはシヤの心に踏み込む勇気が持てないだろう。
オレは……シヤを意識している。オレが窮地に陥ると、シヤはどこからともなく現れて、オレを助けてくれた。今回のブルギニョン子爵の件もそうだ。オレはただ、シヤは異常なまでに面倒見がいいと思っていたが、もしこれがシヤの愛ゆえの行動だとしたら、オレはどこまで鈍かったのだろうか。
オレにシヤを愛することができるのか? オレがシヤに抱いている気持ちは、果たして恋なのか?
シヤのことを思い浮かべると、胸が温かくなると同時に、胸が締め付けられたように呼吸が苦しくなるのを感じた。
「なんだかオディロンみたいなことを言ってるな……」
ベッドの上で、思わず苦笑を漏らしてしまう。
オディロンは自分の気持ちを恋と認識していたようだが、オレにもそれは当てはまるのだろうか?
「分んねー。恋って何だよ?」
誰かが明確な答えを出してくれればいいのに。なぜおっさんにもなって。こんな甘酸っぱいことで悩まなくちゃならんのだ。
それもそうか。オレは今まで金稼ぎに必死で、恋なんてしたことなかったからなぁ。恋愛の経験値が低いどころかゼロだ。
だが、これは自分自身で答えを見つけなくてはならないのだろう。自分の気持ちは、自分が一番よく分かるはずだからな。それに、他人に押し付けられた感情なんて、邪魔以外の何物でもない。
「あぁあああぁ~~~~~」
オレは頭を抱えてベッドの上を転がるのだった。
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