「皆、聞いてくれ。目下の課題だったブルギニョン子爵の件だが、問題は片付いたことを宣言する! これまでの皆の協力には大感謝だ! よくやってくれた! 今夜は無礼講だ! 楽しんでくれ! 乾杯!」
「「「「「「「かんぱーい!!!」」」」」」」
屋敷のリビングに大きな乾杯の声が響き渡る。オレの眼前には、姉貴やクロエたちだけではなく、オディロンをはじめとした無数の冒険者の姿があった。皆、今回の騒動で、護衛や情報収集などを担当してくれた冒険者たちだ。今日は彼らの労を労うために、ささやかながらホームパーティーを開かせてもらったのだ。
ブルギニョン子爵との会談があった日から数日。あれから事態は素早く動いていた。ブルギニョン子爵家とオレたちの和解は、貴族や、王都の耳聡い者なら周知の事実となっている。
ここまで噂が広まれば、仮にブルギニョン子爵がオレたちを害する意思があったとしても手遅れだろう。今オレたちを襲撃すれば、裏切りになっちまうからな。名誉が命の貴族が取る手段ではない。
そのことを加味して、オレはついに対ブルギニョン子爵家への警戒を解くことにしたのだ。
「しっかし、ブルギニョン子爵の対応は意外でしたね。まさか、お咎めなしとは……」
「それだけあのバカに振り回されていたんだろうよ」
「まったく、アイツは死んでからも厄介を振りまくな。まるでネズミの糞のような奴だ」
「こう見ると、ブルギニョン子爵も哀れな被害者なのでしょう」
「聞きましたか、ブルギニョン子爵の姿。もとは恰幅のいい御仁だったようですが、今では骸骨のように痩せ細っているとか……」
「辛い時を過ごしたのしょうね。文字通り、身が細る思いだったのでしょう」
冒険者たちの話題に上がるのは、やはりブルギニョン子爵のことだ。ブルギニョン子爵には、驚かされたからな。まさか、貴族としてもメンツが傷付くことも覚悟して、報復を行わないと宣言するとは……。
「ま、マクシミリアンのせいで敵対しちまった貴族たちの留飲を下げるためにも、敢えて傷を負ったのかもしれねぇがな」
なるほど。そういう見方もできるのか。オディロンの言葉には、頷けるものがあった。
「それよりも兄弟。お前さんにちーと話があるんだが……」
「ん? なんだよオディロン?」
「ここではちょっとな……」
常とは違い、どうにも歯切れが悪いオディロンの姿に、オレは疑問を覚えた。
「ちと来てくれ」
「おぅ……」
オレはオディロンに導かれて、リビングを後にした。やって来たのは、近くの個室だ。オディロンは、オレの顔を見ては、言いづらそうに口をモゴモゴさせている。このタイミングでのオディロンからの内緒話か……。まさか、ブルギニョン子爵家との問題がやっと片付いたと思ったのだが、また新たな問題が発生したのか?
オレは今すぐにでも聞き出したい衝動を抑えて、オディロンの言葉を急かすことなく待った。
「その……なんじゃ……。お前さんに改めて言うのは照れるものがあるな……」
「照れる?」
照れるってなんだよ?
もしかしてだが、オディロンはオレのことを……?
オディロンがオレを贔屓にしているのは周知の事実だ。正確には、元々同じパーティで培われた戦友との絆なのだが、邪推する奴も居ることを知っている。
曰く、オディロンは男色で、オレと親しい関係にあるという話だ。
事実無根の話だが、初めて見るオディロンのモジモジした態度に、なぜかそのことが頭を過る。
思えば、オディロンは皆に親しまれているのに、浮いた話は聞いたことがない。もう長い間独り身だ。そして、オレを贔屓にしている。
そんなオディロンが照れるような話をオレにするというのだ。もしかしなくても告白じゃないかと疑ったオレは悪くない。
「儂はお前さんの……その、なんじゃ……」
「ッ!?」
これは、十中八九告白じゃないか!?
オディロンは悪い奴じゃない。オレも心を許している戦友にして親友だ。しかし、オレには男色の趣味はない。どうすればオディロンを傷付けずに断ることができるか、オレの頭はフル回転していく。
ヒゲに隠れた顔を赤らめ、恥ずかしそうに体を揺するオディロン。オディロンのような体格のいい大の男がしてもまったくかわいくない。だが、オディロンの想いはそれだけ本気なのだろう。
どう答えるか……?
もし、しくじれば、オレは大切な友人を失うことにもなりかねない。とても繊細な問題だ。
「お前さんの……姉君じゃが、独り身なのか……?」
「うん?」
なぜ姉貴の話が……? オレへの告白はどうなったんだ? こっちはもうお断りの返事まで準備完了なんだが?
「姉貴、か……? まぁ、独り身だが……」
「そうか! その、儂もこんなことは初めてで混乱しておるのじゃが……」
「ふむ……」
もしかして、オディロンの狙いは……。
「惚れたんじゃ。お前さんの姉君に……」
「マジか……」
「うむ……。あんなに美しい女性には会ったことがない。見てくれの話ではないぞ? その心が美しいのだ! 見ているだけで、言葉を交わしただけで、儂の心は天にも上がる気持ちになる。逆に、姉君が他の男と話しているだけで、儂の心は地中に潜りそうだ。苦しい! こんな気持ちは初めてなんじゃ! いったいどうすればよい!?」
オディロンがオレの姉貴に惚れちまった。