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第121話

「ぐぬぅ~~~~~~~~~~」

 月明かりが照らす自室。オレは、ベッドの中で頭を抱えて呻き声を上げる。

 最近、クロエの態度がオレに対して淡白な気がする。なんというか、悲しげな表情を浮かべて、なにか言いかけては止めるみたいな態度が増えた。

 ひょっとしたら、これが男親に対して距離を開ける思春期の始まりなのかもしれない。

 ブルギニョン子爵の問題がある現状で、クロエとの関係が思わしくない。問題が重なると辛いな。オレにとっては、クロエとの関係はなにを置いても重大なことなのだ。

「はぁー……」

 知らず知らずのうちに深い溜息が漏れる。問題は他にもあるからだ。

「どう解釈すりゃいいんだ? オレに乙女心なんぞ分からんぞ……」

 その問題とは、シヤとのことだ。

 先日、オレの部屋であったシヤの告白の皮を被ったなにか。あれをどう解釈すればいいのか、オレはずっと頭を悩ませていた。

 シヤの言葉をそのまま受け取れば、シヤはオレの妾のような立場になりたいらしい。だが、シヤが本心から願っているようにはとても見えなかった。

 なにか原因がある。シヤの願いは、普通ではありえないものだった。それは分かるが、その原因が分からない。

 その原因が分からないというのが恐怖だ。

 もし、シヤの裏に何者かの影があったら……。相手はシヤを操れるほどの影響力がある。そんな怖い相手を敵に回すことなんてできない。

 オレは、シヤとちゃんと向き合わず、シヤを切り捨てることで、自身やクロエたちの安全を図ったに過ぎない。

 シヤには恩があると言いながら、彼女を裏切ったのだ。

「とんだ畜生じゃねぇか……」

 信義にもとる行動だったとは自分でも思う。人としてどうかと思う。最低だと思う。だが、姉貴やクロエの命には代えられない。

 たとえあの時に戻れたとしても、オレは同じ答えを出すだろう。

 ならば気にしても仕方ないじゃないか。シヤとの縁が切れることになるが、元々そんなものは無かったのだ。そう思えばいい。

 だが――――。

「クソッ!」

 オレは弾かれたようにベッドの上で跳ね起きると、思いっきり枕を殴りつける。

「クソッ! クソッ!」

 二度三度と枕を殴る。しかし、晴れない。オレの心のモヤモヤ、胸を締め付けてくるような感覚が一向に消えない。

「なんだってんだ……」

 オレは疑問を口に出すが、本当は分かっている。オレは、本当はシヤのことを……。

 オレ一人の問題で済むなら、オレはシヤのことを放ってはおかなかっただろう。シヤは、明らかに問題を抱えている。あるいは、あれはシヤなりのSOSだったのかもしれない。オレ一人の力なんてたかが知れているが、オレがシヤの力になれるのなら、これほど嬉しいことはない。

 だが――――。

 だが、今のオレは一人じゃない。

 姉貴やクロエたち『五花の夢』。オレの判断一つで、彼女たちを危険にさらしてしまう。

 だからオレは、シヤを見捨ててクロエたちを選択した。自分で選択したのだ。

 だというのに。

 自分からシヤを切り捨てたというのに。自分勝手なことは分かっているが、オレはシヤのことが気がかりで仕方がなかった。

「ははは……」

 いやぁ、まいった。人は失って初めてその大切さに気が付くと言うが、まさにそのとおりだ。この喪失感。この胸に空いた穴は、それだけオレの中でシヤの存在が大きくなっていたことの証左だろう。

 しかし、それが分かった今でも、オレは迷いなく姉貴やクロエの安全を取っただろう。オレにとって、姉貴やクロエの存在は、全てを優越する。シヤを切り捨てたことに後悔はない。……ないはずだ。そうじゃなきゃならない……。

「……もう、寝よう。これ以上は明日に響く……」

 明日はいよいよブルギニョン子爵との対談がある。貴族の強権を発動して罠が敷き詰められた危険な場所に呼び出されるかと身構えていたら、貴族街にある料亭に呼び出された。

 料亭ぐるみでオレを害そうという算段かもしれないがな。たとえば毒殺なんかがありそうだ。当日は料理に手を付けることはないだろう。

 当日は、オレ一人だけではなく、護衛の人間も連れて行ってもいいらしい。それだけ余裕があると見るべきか。

 一つ気がかりなのは、姉貴やクロエたちと離れて行動しなくてはいけない点だろう。まさか料亭にクロエたちを連れて行くわけにもいかない。当日はオディロンの護衛の下、この屋敷に置いていくつもりだ。

 オディロンが姉貴やクロエたちを守ってくれるのなら、オレは安心してブルギニョン子爵と対談することができる。

 まぁ、もしかしなくても、クロエたちの心配より、オレ自身の心配をした方がいいのかもしれないな。

 一応、オディロンに暗殺への対抗手段を教わったが、ちょっと自信がない。握手の手に毒針が仕掛けられているとか、どう回避すりゃいいんだ? 握手しないわけにもいかないし……。いや、命がかかってるんだ。失礼だとか礼儀だとかはこの際、放っておこう。

 ……それに、シヤをこっぴどく突っぱねた以上、『連枝の縁』からの庇護は無いものと思った方がいい。おそらく除名処分になっていることだろう。もともと口約束だけだったしな。

 シヤ……。

 まただ。またシヤのことを考えている。我ながらいつまでも女々しいな。

「クソッ!」

 オレは全てを吹っ切るように布団を被ったのだった。

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