「とりあえずは無事でよかったわい。それにしても、随分と予想外の話が飛び出たな?」
屋敷の大きなリビング。それなりに広いはずなのだが、今は武装した冒険者たちの姿で埋まっている。屋敷を買った時は、こんなに広い空間なんて必要ないとも思ったのだが、今では少々手狭に感じるほどだ。
それはそうだろう。なにせ、このリビングには、六つのパーティがひしめき合っているのだ。オレたち『五花の夢』、オディロンのパーティ、シヤのパーティ、そして、オディロンが集めてくれた冒険者の中でも精鋭に属する三つのパーティだ。
パーティの最大人数は六人。少なくともこのリビングには、三十六人もの冒険者が居ることになる。そりゃ手狭にもなる。
「まさか、ブルギニョン子爵家の嫡子がマクシミリアンを捨てる判断をするとは……」
オディロンの言葉に、ちらほらと頷く冒険者の姿が見える。オレたち冒険者はマクシミリアンのことを嫌いつつも、その強さだけは認めていたからな。それだけ予想外の結果に映るのだろう。
「そうかの? 話はおおよそワシの思った通りに進んだがの?」
「ふんっ! どうせエルフの情報網で知ったのだろ? お主の手柄でもなんでもないわい」
「なんじゃ? なにやら負け犬の遠吠えが聞こえるのう」
「こやつぅ!」
シヤとオディロンがお互いに睨み合ている。シヤのパーティメンバーも、オディロンのパーティメンバーも、お互いに物騒な気配を出しつつ、睨み合っている。バチバチと火花が散っているのを幻視してしまうほどだ。
エルフとドワーフは仲が悪いというのは有名な話だが、どうやらシヤとオディロンも犬猿の仲らしい。
そういえば、長年冒険者をしてきた両者が揃うのを見るのは、かなりレアな光景だな。普段は、お互いに避けてきたのだろう。
「まぁ、筋肉ゴリラのことはどうでもいいのじゃ。話を進めるとしようかの」
「てめ! 誰が筋肉ゴリラだコラ!?」
「まぁまぁ、シヤもオディロンも抑えてくれよ。時間は有限だ。有意義な話し合いにしようぜ」
一応、オレが仲裁に入るが、シヤとオディロンは睨み合ったままだ。
「そうじゃの」
「ここはお前さんの顔を立てるが……。ババアどもは地獄に落ちろ」
「なんじゃと!?」
あぁ……。また新たな火種が……。
◇
「今日来たあの坊主は、マクシミリアンの奴に次期当主の座を奪われかけていたからの。じゃから、あ奴がマクシミリアンを滅することを望むのは不思議なことではない。問題は、現当主であるブルギニョン子爵の考えの方じゃな。ここがなかなか漏れ聞こえてこぬ」
「なるほどなぁ……」
「ふむふむ」
「全ては子爵の存念次第じゃな。貴族である以上、平民に負けたままという傷は残したくないはずじゃが……。貴族社会は体面が命じゃからな。貴族たちがよく言う名誉だの誇りだのいうやつじゃ。平民に負けるというのは、貴族社会では汚名での。バカにされるのじゃ。汚名を雪ぐ意味でも報復の可能性が高いが……」
「そうかよ……」
シヤのエルフ情報網によってもたらされた情報に、オレは溜息が漏れるのを禁じえなかった。シヤの予想でも、ブルギニョン子爵の報復の可能性は高いらしい。嫌な事実だな。
ブルギニョン子爵にしてみれば、息子を失い、最強の手札も失い、メンツに泥を塗られたわけだ。そりゃ引き下がる理由がない。
だが、マクシミリアンを倒したオレのことを過剰に警戒して、裏で動くはずだ。ブルギニョン子爵としては、裏で人質でも取って、表でオレを殺せれば万々歳だろう。もしくはマクシミリアンの解放が条件付けられるのかもな。
相手の狙いは、オレではなくオレの周りの人間だ。直接オレを狙うのではなく、周りの人間にも被害をもたらそうとする思考は断じて容認できない。
先制してブルギニョン子爵とかいう奴を弾きたくなるが、それをすればオレはお尋ね者だ。
現状は、敵襲を警戒しつつ、ブルギニョン子爵の心を折る必要がある。
どうすればいいんだ?
まったく手立てが浮かばない。
シヤに縋ってしまいそうになる心を押さえつける。だが、姉貴やクロエたちを確実に守ることができるのならば……。オレはだいぶ行き詰っているのを自覚した。
「こちらの取れる手段としては、まずは守りを固めることじゃな。そして、ブルギニョン子爵の動きを待つ……。こちらから攻めるのは悪手じゃしなぁ……。まったく、面倒なことになったものじゃな」
「シヤの言う通り、たしかに面倒な状況だ。しかも、こんな状態がいつまで続くのかも分からねぇ」
こちらから手が出せない以上、オレたちには敵の襲撃を警戒しつつ待つことしかできない。しかし、それも長期間となれば難しくなる。長期化すれば油断も生まれるし、なにより冒険者の護衛もいつまで続けられるのかも分からない。
一応、冒険者たちは無償でいいと言ってくれたが、彼らには報酬を払ってる。だから冒険者たちが困窮することはないはずだが、オレの財産も無限じゃない。必ず終わりはくる。
相手のブルギニョン子爵も早く汚名を雪ぎたいだろうが……。いつ襲撃をするか、主導権が向こうにあるのが気がかりだ。
「面倒な依頼だとは思うが、頼む。オレに、オレたちに力を貸してくれ!」
オレは冒険者たちに向かって深く頭を下げた。オレにできることは、この軽い頭を下げることぐらしかできねぇ。これで姉貴やクロエたちを守れる可能性が上がるなら、オレの頭なんて安いものだ。
「水くせぇこと言わんでくれよ。お前さんが頭を下げずとも、儂らは必ずやり抜くぞ」
「そうじゃそうじゃ。筋肉ゴリラもたまにはいいことを言うの」
「てめコラ! はっ倒すぞ!」
「お主にできるかのう?」
またシヤとオディロンの言い合いになってしまったが、それを見て他の冒険者たちは笑っている。いい雰囲気だ。きっとシヤとオディロンも本気で言い争うのではなく、空気を換えるために敢えて道化役を演じてくれているのだろう。
オレはシヤとオディロン、そして、この場に集まってくれた冒険者たちへの感謝をより深いものにするのだった。