「いいか? 必ずあのバケモノを滅ぼすのだ! 二度と人間の世界に戻してはならない! 下らぬ欲ならかかぬことだ! 身を亡ぼす前にあのバケモノを確実に滅ぼせ!」
マクシミリアンの兄、ブルギニョン子爵家の嫡子は、耳にタコができるほど、最後までマクシミリアンの討伐を叫んでいた。もしかしたら、オレの様子からマクシミリアンの生還の可能性を嗅ぎ取ったのかもしれない。オレは腹芸は苦手だからな。
男が危惧していた通り、マクシミリアンの生還の可能性はある。オレが収納空間から取り出せばいい。それだけで、マクシミリアンの復活は成る。
だが、オレにその気は全く無い。マクシミリアンは、クロエたちに手を出そうとした大罪人だ。生かしておくなどありえない。必ず滅ぼす必要がある。
男や神に誓うまでもなく、オレはマクシミリアンを確実に滅ぼすことに決めていた。例えマクシミリアンの親であるブルギニョン子爵に命令されたとしても、この意思だけは貫き通す覚悟だ。
「あ奴、気になることを言っていたな?」
男が退出した後、シヤがオレの横の席に座る。他の五人のエルフは、座る意思が無いのか、立ったままだ。そういえば、昨日この部屋に入った時も、座っていたのはシヤ一人だけで、他のエルフはシヤの後ろに控えていたな。シヤがパーティのリーダーだから立てているわけではない。もっと敬愛に近い感情を感じる。
オレはエルフの習わしについてよく知らないが、シヤと他のエルフの間には、越えられないほどの立場の違いがあるのかもしれない。
まぁ、今はシヤのことを考えても仕方ないか。ブルギニョン子爵をどう攻略するかについて全神経を集中させなければ。
「気になることってのは、ブルギニョン子爵のことか?」
男、ブルギニョン子爵家の嫡子が、父親であるブルギニョン子爵がオレに会談を申し込むだろうと言っていたことを覚えている。自分はマクシミリアンの討伐を望むが、父親は違うだろうとも。
おそらくブルギニョン子爵は、マクシミリアンを取り戻し、ブルギニョン子爵家の更なる伸張を望んでいるのだろう。なにせ、マクシミリアンは王国最強と名高い貴族だった。
権力や財力、名声など、力にはいろいろな方向性があるが、非常事態に一番役立つのは暴力だ。マクシミリアンは王国の暴力の頂点。使い方次第では、大きな影響力を持つことができるだろう。実際に使わなくても、持ってるだけで強いカードだ。ブルギニョン子爵が手放す理由がない。
「うむ。ブルギニョン子爵がお主に用があると言うが、十中八九マクシミリアンのことだろう。どうじゃ? お主が望むならば、ワシが圧力をかけてもよいが?」
「圧力……」
こちらから圧力をかけるというのは、オレには発想もできない手段だ。巨大クランのリーダーであるシヤならではの手段だろう。
シヤがリーダーを務めるクラン『連枝の縁』は、冒険者同士の互助組織の他に、王国におけるエルフの庇護組織という側面もある。噂では、エルフの国の大使館のようなものらしい。立派な公的機関だ。そのトップにシヤのようなまだ幼いエルフが就いているのは謎だがな。
シヤの背後にはエルフの国が控えている。シヤにとって、王国の一貴族など軽く蹴散らせる存在でしかないのだろう。そんなシヤの庇護を受け、ブルギニョン子爵に圧力をかけるのは確かに有効な手段だ。
オレが人間であるということを除けば。
シヤがエルフの権利を守るために権力を用いるのならば、納得がいく。しかし、オレはエルフではない。王国民の人間だ。王国民には、王国の貴族従う義務がある。それをエルフの権力を用いて跳ね返すのは、下手をすれば内政干渉ってやつになるんじゃねぇか?
どちらにしても、王国の法をエルフの国の権力で捻じ曲げるのだ。ロクな未来にはならないだろう。シヤに縋るのは簡単だが、後に問題を残すのはオレの本意じゃない。
「止めておく。余計に子爵に恨まれそうだからな……」
シヤの力で子爵に圧力をかけたとしても、子爵の表の活動は止められるかもしれないが、裏の活動を止めらるかは分からない。子爵が子飼いの暗部を動かせるなら、状況は変わらないのだ。どうにかして子爵の恨みを晴らさなければならないが……。そんなことが可能なのだろうか?
「ふむ……。お主は既に『連枝の縁』にメンバーじゃ。いつでもワシに頼るのじゃぞ」
「あぁ……」
あるいは、シヤも難しいと考えてオレに提案してくれたのかもしれないな。
それにしても、オレでもその危険性に気付けたのだから、シヤが気付かないわけがないと思うのだが……。それでも押して、オレみたいな危険物の庇護に動いてくれる理由はいったい何だ?
王国最強と謳われたマクシミリアンを倒したオレを手に入れたいということだろうか?
だが、あれはマクシミリアンがオレに騙されたバカだっただけで、オレはマクシミリアンほど万能に強いわけではないのだが……。
それとも、オレには想像もつかない政治的な理由があるのだろうか?
オレの頭にシヤの怪しい魅力を放つ肢体が過る。
もしかして、シヤはオレのことを……?
そんなわけないか。