「それで? こんな朝早くから何の用かしら?」
半目で目が座ったイザベルの視線がオレを射抜いた。オレはもう既に致命傷を負ったんだ。もうイジメないでくれよ……。
あの後、やっとドアを開いて、イザベルたちの立てこもり騒動は幕を閉じた。
ドアの物陰にジゼルが隠れ、部屋の最奥にはイザベルが魔法を構えていた。リディはさすまたを持って、イザベルを守る形だ。今までの冒険者の経験生活が活きた陣形だろう。それだけイザベルたちの本気度が伝わってきて怖い。何で朝っぱらからこんなに厳重体制なんだよ? こえーよ。
「ちょっとお前らに相談があってな。入れてくれるか?」
「……どうぞ」
イザベルたち、三人が生活している部屋に入ると、まず狭さに驚く。ワンルームだから、部屋の中が丸見えだ。
そして、物の少なさにも驚かざるを得ない。本当に人が暮らしているのか疑わしいほど物が少ない。イザベルたちには、それなりの報酬を払っているから、もう少しまともな生活ができると思うのだが……。
「あっ! クロエに、おばさんも居るじゃーん! おひさーっす!」
「貴女ね、言葉遣いをもう少しどうにかなさいな。おはよう、クロエ。ご無沙汰しています、クロエのお母様」
「おは、ょ……」
「おはよ、みんな」
「みんな、おはよう。突然ごめんなさいね。それにしても……」
姉貴が部屋の中を見渡しながら言葉に詰まる。まぁ、言いたいことは分かるぜ。
「相変わらず、物がねぇな。もう少し贅沢とは言わねぇが、マシな生活もできるだろ?」
「うるさいわね。冒険者なんて危険な仕事をしているのだもの。いつ怪我して動けないようになるか分からないじゃない。備えは必要よ?」
「そりゃそうだが……」
イザベルの言葉に二の句が継げなくなる。イザベルの言うことは正しい。オレはイザベルたちに怪我を負わせるようなヘマはしないつもりだが、それも絶対ではないからな。
「まぁ、今日の本題はそこじゃねぇ。ちったー掠ってはいるがな」
「そう。それで本題は?」
「そうそう。こんな朝早くからどうしたのさ? てっきり、敵が来たのかと思ったよー」
「んっ……」
なんでコイツらは、街中で敵に備えてるんだ? いや、常在戦場ってのはいい心掛けだが……。
「あぁ……。そのだな。……一緒に暮らさないか?」
「「「えっ!?」」」
オレの言葉に、イザベル、ジゼル、リディが予想以上の驚きを露わにする。まぁ、いきなりこんなこと言われたら、驚くのも無理はないか。
「いきなりそんな……。うふふ。やだ、困っちゃうよー。クロクロとおばさんが一緒って……そういうこと?」
「あ、あな、貴方! 自分がなにを言っているか分かっているの? 正気!?」
「ん~……」
しかし、なぜかジゼルは両手を頬にあててクネクネしだすし、イザベルは顔を赤くして吠える。リディもなぜか顔を赤らめてイザベルの後ろに隠れてしまった。
驚くのは分かるが、これはどんな反応だ?
「叔父さん……。言い方……」
「え?」
なにかミスったか? これは最初から説明した方がいいだろう。
「そ、それで?」
マクシミリアンの実家、ブルギニョン子爵家の危険性を説こうとしたら、イザベルが腕を組み、胸を強調するように張りながら、頬を上気させて口を開く。あまり姉貴やクロエが見ている前では、扇情的な格好をしないでほしいものだ。
「誰と一緒に暮らすつもりなの?」
イザベルのこと言葉に、ジゼルはクネクネダンスを止めてオレをジッと見つめてくる。リディもイザベルの後ろから顔を出して、オレの顔を真剣な表情で見つめていた。
なんだか、嘘が許されないような、真剣な場ができあがる。
「お、おぅ……」
イザベルたちの真剣な表情に圧されてしまう。なんでこんなに張り詰めた空気なんだ?
オレは疑問を持ちながらも、恐る恐る口を開いた。
「全員だ」
「「は?」」
イザベルとジゼルから表情というものが抜け落ち、酷く冷たい印象を受ける真顔でオレを見ていた。声も温かみというものがまるでなく、視線はまるで棘のようにオレに突き刺さる。めちゃくちゃ怖い。なんで!?
だが、オレはイザベルたちの圧に対抗して声を大にして宣言する。
「ここに居る全員だ! ここに居る全員で、一緒に暮らさないか?!」
「自分の姉もって……!? この淫獣! 変態! おたんこなす!」
「ふけつ……」
「アベるん見損なったよ! この女の敵ぃいいい!」
イザベル、リディは、まるで汚物を見るような目でオレを蔑む。ジゼルに至っては、腰に佩いていた剣を抜いて襲いかかってきた!?
「うお!? 危ね!? なんで斬りかかってくるんだよ!?」
なんとかジゼルの剣を躱して、ジゼルの体を床に押し倒し、手足を使って拘束していく。
「離せ! 離せ!」
「こら! 暴れるな!」
「ちょ!? どこ触って! あっ! そこダメ!?」
暴れ回るジゼルを拘束する。ジゼルが本気で抜け出そうと暴れるため、オレも本気だ。暴れているためか、どんどんとジゼルの顔が真っ赤になっていく。
「暴れるなって!」
「じゃあ放してよ! んっ! もう! 初めてはもっとロマンチックに!」
尚も暴れようとするジゼルの体を締め上げていると、ふと、こちらを見る視線に気が付いた。
「ん?」
顔を上げれば、極寒のイザベルとリディの視線がオレを貫いていた。なんで?