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第105話

「ふぁー……。クソねみぃな……」

 オレは王都の裏路地でアクビを零した。まだ薄暗い中、片手で眠気眼を擦り、姉貴の家へと向かっている最中だ。

 いつものように、オレの収納空間にはマルシェで買い出した料理が入っている。今日もせっせと姉貴の家に飯を届けているわけだ。少しでも姉貴には楽をしてほしいしな。それに、冒険者になって、元々食の細かったクロエも、食う量が増えた。

 クロエには、美味いもの食わしてやりたいと思う気持ちは大いにある。しかし、どちらかと言うと、トレーニングの意味合いの方が強いかもしれない。たくさん食べて、体を作ってもらわねぇとな。

 今は華奢な少女でしかねぇが、2,3年もすりゃもう少し逞しくなるだろう。女の子に逞しいという表現は、あまりよろしくないらしいが、大丈夫。オレは逞しいクロエも愛する覚悟ができている。

 そもそも、外見で人を選ぶような奴にクロエを任せるのは抵抗があるからな。チャラい男を避けれて一石二鳥だ。

「だが、今の問題はそれじゃねぇ……」

 自分でも珍しいことだとは思うが、オレはクロエのことを意識の中で丁寧に横に置くと、別のことを考え始める。

 マクシミリアンのことだ。

 マクシミリアンを倒した影響は、オレが想像して以上に大きかった。あれから日にちが経つにつれて、まるでドミノ倒しのように、その波紋が大きくなっていく。

 俺たちに身近なところでは、冒険者ギルドがやり玉に挙がっていた。マクシミリアンの横暴を黙認してきた冒険者ギルドに対して、冒険者たちの怒りが爆発したのだ。

 大きなクランでは、これを機会に冒険者ギルドと距離を置くところも増えている。冒険者ギルドを通さずに自分たちで依頼を受けたり、ダンジョンのドロップアイテムを自分たちで商人に売る動きも出始めた。

 今まで、冒険者ギルドが、自分たちの既得権益を守るために目を光らせていたからできなかったが、冒険者ギルドへの求心力が落ちたこのタイミングで敢行したようだ。

 このままでは、冒険者ギルドはクランにその場を奪われることになりそうだが……。さて、どうなるか……。冒険者ギルドが、いざという時に守ってくれないと分かった以上、オレもクロエたちも身の振り方を考えねばならんな。

 これを機会にどこかのクランに加入するというのもありだろう。

 クランといえば、オディロンがついに正式にクランを創ることを決めたようだ。このまま初心者冒険者の庇護を冒険者ギルドに任せておくわけにはいかないと決心したらしい。なんともオディロンらしい理由でクランを創ったものだ。

 オディロンのクランは束縛が少ないと聞いたし、ひとまずオディロンのクランに参加するというのもありだろう。

 まぁ、冒険者ギルドについては、今後も注視する必要があるな。

 しかし、冒険者ギルドのことよりも、注視するべき問題がオレにはあった。

 貴族、そしてマクシミリアンの実家の反応だ。

 マクシミリアンは、腐っても王国最強の貴族であり戦士だった。

 そんなマクシミリアンが、どこの馬の骨とも知れない奴に文字通り消されたのだ。こいつは冗談じゃなく王国社交界が震撼したらしい。

 平民の間じゃあ、大した騒動にはなっていないが、それだけ強い衝撃が王国貴族の間を走ったのだ。

 マクシミリアンの存在は、王国の切り札のようなものだったのだろう。ソイツがいきなり消えれば騒動になるのも分かる。

 オレには政治なんて貴族たちのご都合主義なんてまるっきり分からない。雲の上の連中がどんな結論を出すのか、まるで見当がつかないのが本音だ。

 マクシミリアンはオレの収納空間の中で封印されている。出すこともできるが……今回の件で、マクシミリアンはオレへの憎悪をまた一つ確かなものにするだろう。それに、アイツはオレへの復讐としてクロエたちを襲いかねない。そんな危険人物を野放しにすることなんかできない。マクシミリアンは、このままオレの収納空間の中に封印しておきたいところだ。そして……。

 しかし、問題はまだある。一番大きな問題は、マクシミリアンの実家であるブルギニョン子爵家だな。マクシミリアンの力を背景に、大きく躍進している貴族だ。マクシミリアンの力が失われれば、一番困るのがブルギニョン子爵家だろう。

 ブルギニョン子爵家からは、必ず報復があるはずだ。息子が始めた決闘とはいえ、平民に負けたままでは格好がつかないし、オレへの報復感情があるのは間違いない。

 まぐれでも、オレはマクシミリアンに勝ったからな。正面からはこないだろう。そうすると、裏を動かすはずだ。その裏も、オレを正面から殺しにくるとは思えない。必ずからめ手でくる。

 毒を盛られるとかなら分かりやすいんだが、姉貴やクロエたちを人質に取ることが予想される。かなり厄介だ。

 裏家業の者が何人居るかも分からないし、いつ襲ってくるかも分からない。このままオレ一人では、絶対に守り切れないのが目に見えている。オディロンをはじめ、冒険者たちが力を貸してくれるが、敵の最初の奇襲を防がなくちゃ意味が無い。

「やっぱ備えはすべきだな……。まぁ、いつかはこうなったってことで、予定を早めるか……」

 独り言を漏らすオレを、黒猫が不思議そうな顔で見ていた。

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