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第104話

「な、ななな、なんじゃと!?」

 エヴプラクシヤは、その報告に目が飛び出んばかりに驚いた。

 ここは、巨大クラン『連縁の枝』のクランリーダー室。ここ王都のエルフの庇護という大任をされたエヴプラクシヤの執務室だ。

 ダンジョン攻略から帰ったばかりの疲労に満ちた体だったが、イスから跳び起きるほどの驚き。それほどエヴプラクシヤにもたらされた報告は、彼女の心を乱した。

「ではもう一度。今から五日ほど前のお話です。」

 エヴプラクシヤの動揺には付き合わず、背の高いエルフの女性が、手元の資料をもう一度読み直す。

「前置きはいらぬ! アベルは、アベルは無事なのかや?」

 しかし、エヴプラクシヤにとって、そんなことはどうでもいい。一番の問題は、彼女の最愛の人の安否である。

「無事です。マクシミリアン・ド・ブルギニョンとの決闘に勝利しています。目立った怪我の報告もありません」

「なんと……」

 信じられないことだが、エヴプラクシヤの想い人は、この国最強との呼び声高いマクシミリアンに勝利したらしい。

 エヴプラクシヤは、アベルの能力を高く評価している。しかし、その彼をしても、マクシミリアンに勝利するほどとは思えなかった。

「いったいどうやって……? いや、それを考えるのは後じゃ。なぜもっと早く連絡しなかったのじゃ? 緊急連絡手段も用意があったじゃろ?」

「もし、エヴプラクシヤ様にお知らせしたら、お一人だけでお帰りになりそうだったので。私の方で止めさせていただきました。レベル7ダンジョンでソロで行動など、危険が過ぎます」

「それは! そうかもしれぬが……。ぐぬぬ……」

 エヴプラクシヤが、秘書の女性の言葉に歯噛みする。自分でも、やりかねないと思ってしまったのだろう。そのくらい彼女にとってアベルは特別な人のようだ。

「はぁ……。そも、なぜアベルとマクシミリアンの決闘など起きたのじゃ? 冒険者ギルドにとって、彼らは大事な広告塔と収入源だろうに。決闘などさせて、どちらを失ったとしても、冒険者ギルドにとってはマイナスでしかなかろう?」

 エヴプラクシヤが大きく溜息を吐くと、秘書の女性に問いかける。彼女はまだ、事件の概要しか理解しておらず、真相は聞かされていない。

「冒険者ギルドは、王国の貴族との衝突を恐れて動きませんでした。冒険者たちが、ギルドに決闘を止めるように連盟状を出したようですが、黙殺されています」

「バカな……。冒険者ギルドが冒険者を守らずしてどうする……」

 エヴプラクシヤの端正な顔が、嫌悪に歪む。彼女はエルフの守護者であることを己に課しているためか、はたまた自分の想い人を危険にさらしたからか、今回の件で、冒険者ギルドがアベルを守らなかったことを嫌悪したようだ。

 エヴプラクシヤの言う通り、冒険者ギルドには、ギルドの構成員であるアベルを守る義務があった。たとえ貴族と反目しようと、ギルドの構成員を守る義務が冒険者ギルドにはあったのだ。

 元々、ギルドとは貴族の横暴に対する対抗手段という側面がある。その大義を失った冒険者ギルドは、もはや以前ほどの求心力は無いだろう。庇護を求めているのに、守ってくれなければ何の意味も無い。

 もはや冒険者ギルドは、その必要性を自ら手放してしまったに等しい。

「ギルドの阿呆め……。貴族たちの反応はどうじゃ?」

「はい。今回の決闘騒動の結果ですが、どうも歓迎されているようです」

「歓迎?」

 エヴプラクシヤは目をぱちくりさせて秘書のエルフ女性を見返す。まったく予想外のことが起こっているようだ。

「曲がりなりにも貴族が、ただの平民に敗れたのだぞ? なにかしらの報復があってもおかしくはない状況じゃが?」

「はい。最近のブルギニョン子爵家、というよりも、マクシミリアンの伸張を快く思っていない貴族が多かったようですね。どうも、かなり無茶なやり方をしていたようでして……」

「それは……」

 マクシミリアンは冒険者たちに蛇蝎のごとく嫌われていたが、貴族たちからも同じように嫌われていたらしい。

「マクシミリアンを諫めるべき立場のブルギニョン子爵は、マクシミリアンの意のままに動かされていたとか……」

「ふむ……」

 貴族からも、冒険者からも嫌われ、家族仲までギクシャクしているとは……。王国の英雄と持て囃されていたマクシミリアンの実像は、とても虚しいものであった。それ故に、彼は自身の力を拠り所とし、力こそが正義であると妄信してしまったのだろう。

「では、アベルには今後、憂いは無いと?」

 エヴプラクシヤが期待を込めた目で秘書を見る。彼女にとっては、マクシミリアンのことなどよりも、アベルの方が何倍も大事だ。そのアベルの無事が分かれば言うことは無い。

「それが……」 言い淀む秘書の女性に、エヴプラクシヤの呼吸は早くなる。なにか厄介なことが起きたのだと理解したからだ。

 エヴプラクシヤは思う。自分の力で制御できる問題ならいいと。できれば、自身の関与をアベルに悟らせずに問題を解決したいところだが、秘書の女性が言い淀むということは、それだけ問題が厄介であるということだ。

「……申せ」

 エヴプラクシヤの覚悟を決めた碧の瞳が光った。

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