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第100話

「それで、あの害虫の姿は見えないけれど、貴方の勝ちということでいいのかしら?」

「ああ」

 ようやく引っ付き虫になってしまったジゼルがオレから離れ、オレはイザベルの問いかけに力強く頷いた。

 害虫とは、おそらくマクシミリアンのことだろう。マクシミリアンなら、オレの収納空間に収納してある。奴はもうこの世界から消えたと言っても過言ではない。

「では、勝利の印に雄叫びでも上げたらどうかしら? 皆、混乱しているみたいよ?」

「ふむ……」

 イザベルの言葉に周りを見渡せば、決闘を見守っていた観衆たちが、ざわざわとざわめいていた。ここにマクシミリアンの死体でもあれば、分かりやすいのだろうが、あいにく、マクシミリアンは消えただけだ。勝敗の行方がはっきりと分からない状態なのかもしれない。

 まぁ、そうでなくても、賭けのオッズからも分かるように、大半の連中がマクシミリアンの勝利を予想していた連中だ。マクシミリアンが敗北したことが信じられないのかもしれない。

 それじゃなくても、この大勢の人の前で勝利を宣言するのは大事なことだな。

 そうすれば、オレたちにチョッカイをかけてくるような連中はいなくなるだろう。

「そうするか。しかし、勝利の雄叫びか……。なんだか恥ずかしいな」

 先程までは、命のかかった決闘中だったからか、あまり気にならなかったが、こんな大勢の人々に注目されているというのは、なんだか気後れしてしまう。

 オレは、根が元々日陰者なのだ。

「恥ずかしがらずにちゃんとやりなさい。いい歳した男が恥ずかしがっても、かわいくないわよ? 貴方は勝利したのだもの。その勝利を宣言する権利があるわ」

「おう……」

 オレは、イザベルに促されるように右腕を握り、天へと突き上げた。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」

 処刑広場に集まった民衆が、オレの雄叫びに呼応して、大声を上げて腕を天へと突き上げる。マクシミリアンの勝利を望んでいる連中が多いのかと思ったが、ちゃんとオレの勝利を祝福してくれるらしい。

 まぁ、観衆にとっては、どちらが勝っても、どうでもよかったのかもしれない。オレたちにとっては、命をかけた決闘だが、観衆のほとんどの人々にとって、この決闘は単なる娯楽に過ぎないということなのだろう。

「んじゃあ、賭けの報酬を貰って帰るか」

「ええー!? もう帰っちゃうの!?」

「勝利者として、長い演説でもするのかと思ったわ」

 ジゼルとイザベルにとっては意外らしいが、オレは今すぐにでもベッドで横になりたい気分だった。おそらく精神的な疲労だろう。マクシミリアン戦は、少しも気が抜けなかったからな。なにせ、相手は雷の速さで移動できるのだ。オレの知覚限界を超えている。なんとか勝つことはできたが、普通に考えれば、マクシミリアンにとって、オレなど取るに足らない存在でしかない。

 まったく、思い返してみても綱渡りのような戦闘だったな。もうこんな戦闘は懲り懲りだ。

「さて、賭博屋が持ち逃げしない内に金を払ってもらうぞ。約束通り、お前らの装備代はチャラでいいぜ? 大儲けしたからな」

「うひょー! アベるんってば太っ腹ー! もうぷにぷにってレベルじゃないよ!」

「私たちは助かるけど、本当に良いのかしら? それなりの額したのではなくて?」

「構わねぇよ。オレにも考えがあるからな」

 オレは、意外にも律儀に固いことを言うイザベルに手を振って軽く応えた。イザベルは難しそうな顔をしていたが、オレの勝利には水を差したくないのか、最終的には頷いてくれた。

 イザベルたちの装備の新調したいと思っていたから、丁度いいタイミングだしな。そろそろ宝具の一つ二つ持ってもいいだろう。とくにイザベルの防御面には不安が残るし、防御系の宝具を勧めておこう。

 今のクロエたちなら、宝具の力に溺れずに、自分を磨き続けることができるだろう。最初から強力な宝具を買い与えても、宝具の力に振り回されるだけだからな。ある程度地力が付いてきた今ならば、きっと大丈夫だろう。

 クロエには、どんな宝具を贈ろうか。考えるだけでワクワクしてくるな。

「まぁ、そういうわけで、そろそろ帰るぞー」

「「「「「はーい」」」」」

 オレの号令に素直に従ってくれる少女たち。その姿になんだか心が癒されるものを感じた。

「ん?」

「「「「「アベル! アベル! アベル! アベル!」」」」」

 気が付くと、観衆からオレの名が聞こえる。最初は小さかったそれが、どんどんと火が回るように大きくなっていく。今や、うるさいくらいのアベルコールが処刑広場に溢れていた。

 まさか、こんなことになるとは……。今まで派手なこととは縁遠かったオレには初めてのことだ。

 どうすればいいのか分からず、観衆に手を振って応えると、アベルコールが一層激しくなっていく。

 どうすりゃいいんだよ……。もう、どうにでもなーれ。

「ありゃあ……」

 ふと、前に目を向けると、観衆を無理やり押しのけて前に出てきた奴の姿が見える。深紅の外套を身に纏った巨漢と、それとは対照的にスタイリッシュな細い人影だ。

「オディロン、キール……。それに……ありゃ、宝具を貸してくれた連中じゃねぇか!」

 冒険者ギルドでよく見かける奴らが、オレ目がけて先を競うように速足で向かってくる。彼らの顔には、朗らかな笑みが浮かんでいた。

 オレがマクシミリアンに勝利したことを喜んでくれているのだ。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 オレは彼らに勝利を誇るように、右腕を突き出して力いっぱい声を張り上げた。

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