「さて、寄生虫。始めるとするか。貴様の処刑をな。それとも、無様に命乞いでもしてみるか? もしかしたら、私の気が変わるかもしれんぞ?」
嬉しくてたまらない。観衆を煽り、喜色満面のマクシミリアンが、オレへと視線を寄こす。その言葉からも分かる通り、早くオレを甚振って愉しみたいのだろう。悪趣味な奴だ。
「言ってろよ。後で吠えずらかいても知らねぇからな」
「くふっ。強がりもここまでくると滑稽だな。そんなに後ろの娘たちが大事かね? この処刑が終わったら、楽しませてもらうことにしよう」
「てめぇ……ッ!」
コイツ……ッ!
「決闘に応じたら、私が手を引くと思ったかね? 残念だったな」
マクシミリアンの顔が醜悪な笑みを浮かべるのが見えた。コイツの性根は、腹の底から腐っているようだ。
「あの中には貴様の姪が居るらしいな? あの黒髪がそうだな。いかにも貴様の血族らしい貧相な体だが、顔はいいじゃないか。私が直々に遊んでやることにしよう。壊れるまでな?」
「ッ!」
コイツ、クロエのことを知ってやがる……ッ!
マクシミリアンの汚らしい視線がクロエに注がれているかと思うと、気が狂いそうだ。コイツは可及的速やかに駆除しなければいけない。絶対に。絶対にだッ!
「くははっ! その顔! 情報は真実だったようだな。そんなに睨まなくても、今すぐ始めてやるさ。貴様の処刑をな!」
そう言うと、マクシミリアンは右手に摘まんだ金貨をオレに見せる。
「ルールは簡単だ。貴様の虫けらごときの頭でも理解できる。この金貨を弾き飛ばし、地面に着いた時点で決闘開始だ。理解できたか?」
オレはマクシミリアンの言葉に頷くと、マクシミリアンは拍子抜けのような表情を浮かべた。
「無様な命乞いはなしか……。期待していたのだが……。まったく、寄生虫に期待すること自体が間違っていたのだな」
誰が命乞いなどするというのか。命乞いをしたところで、マクシミリアンの気が変わることはないだろう。コイツは、ただオレを甚振って愉しみたいだけだ。
「まぁいい。諸君! これより処刑を始めるぞ! 巻き込まれたくない者は姿を消すがいい! 死んでも知らぬぞ!」
処刑広場に大きくマクシミリアンの声が響き渡り、観衆が我先にと動き出す。中には逃げ出さない者も居たが、マクシミリアンの雷を見た後だ。あの雷に命の危険を感じた者が大半だろう。ほとんどの者が決闘広場から姿を消していく。
「お前らも退避してろ」
「ヤだ!」
オレは振り返ることなくクロエたちに告げると、間髪入れずに否の返事が返ってきた。クロエだ。離れたくない気持ちは分かる。オレだってクロエと離れたくない。だが、今回ばかりはクロエの願いを叶えてやることはできない。
「私たちがここに居ては、アベルが動けなくなってしまうわ。私たちは絶対に人質になるわけにはいかないの。悔しいけど、私たちは足手纏いなのよ」
イザベルがクロエを説得する声が聞こえる。イザベルは、オレがクロエに言いづらいことを代わりに言ってくれた。
「そういうこった。すまないが、退避してくれ」
「叔父さん……」
マクシミリアンは、いざとなればどんな手段を取るか分からない。不安要素はできる限り排除するべきだ。
「分かった……」
オレに譲る意思がないと分かったのか、クロエの沈んだ声が背後から聞こえる。
「約束! 信じてるから! 絶対だから!」
「おう!」
オレはクロエたちに見えるように右腕を上げて、右拳の小指だけを立ててみせる。クロエと、姉貴と、少女たちと……たくさんの人々と約束した右手だ。
「アベるん! 約束破っちゃ嫌だからねー!」
「死ぬんじゃないわよ」
「アベル様、ご武運を……」
「がんば、って……」
「任せとけ!」
オレの背後から、パタパタと少女たちが走り去っていくのが聞こえる。少女たちにとって、オレのせいで自らの貞操まで賭けの対象になってしまったのだ。恨み言一つでもあってもよさそうなものだが、少女たちは、最期まで一身にオレの身を心配してくれていた。
これは負けることは許されないな。なにがなんでも勝たなければならない。
「随分と懐かれているではないか。これは味わい甲斐がありそうだ」
頭の中で少女たちを蹂躙している妄想でもしているのか、マクシミリアンが舌なめずりをしてみせる。
こんな奴にクロエたちが目を付けられているなど、絶対に許容できない事実だ。
「汚らしい妄想してんじゃねぇよ。色魔が」
「私に抱かれるのだぞ? あの女どもも泣いて悦ぶさ。くふふっ。そのためにも、手早く貴様を消してやろう。光栄に思うがいい。貴様は、この王都でも最強の存在に葬られるのだ」
「御託はいい。さっさと始めようぜ」
オレの言葉に、マクシミリアンは大袈裟に肩をすくめてみせた。
「自ら死に急ぐとは、いい覚悟だ。いいだろう、処刑を始めてやる」
マクシミリアンが、金貨を摘まんだ右手を真っすぐに伸ばす。
「あまりに一方的では面白くないからな。一手、貴様に譲ってやろう。まぁ、大したことはできんだろうがな。せいぜい私を楽しませろ」
あくまでも上からのマクシミリアン。オレがなにをしようと、負けるはずがないと思い込んでいる。自分の方が強いことを全く疑ってもいない絶対の自信。
せいぜい手を抜け。その間に、殺してやるッ!
キンッ!
マクシミリアンの右手が金貨を弾く涼やかな音がやけに響いた。
クルクル回り、黄金の輝きを発しながら弾き上げられた金貨は、その勢いを減衰し、ついには0になる。一瞬、上空で留まり、加速度的に速さを増して落ちてくる金貨。
あの金貨が地面に落ちれば、決闘が始まる――――ッ!