そして迎えたマクシミリアンとの決闘当日。
結局、オレは一睡もできないまま、今から処刑される死刑囚のようなふらふらとした足取りで、処刑広場への道を歩いていた。
王都の貴族街と平民街の丁度境目にある大きな広場。ここは見せしめとして犯罪者を処刑するのによく使われる広場だ。そのため広場は、本来の雅な名前などで呼ばれることはなく、皆に処刑広場と呼ばれている。
マクシミリアンが決闘の場所をここに選んだのは、オレを確実に殺すという意思表示だろう。なんとも嫌な奴だ。
「叔父さん……」
「きっと大丈夫よ。貴女の叔父さんを信じなさい」
「アベル様……」
「アベるん大丈夫だよね? ね?」
「ん……」
オレの歩く後ろで、クロエたちが囁くような小さな声でヒソヒソ話している。クロエたちの不安を吹き飛ばしてやりたいところだが、今のオレは自分のことだけで精いっぱいだった。
強がりなんてとうに売り切れで、振り絞っても笑顔なんて浮かべられそうにない。
情けない叔父さんだが、今だけは許してほしい。
「お! 主役が来たぞ!」
「へー。あの人がそうなのかい?」
「おう! レベル8冒険者“育て屋”のアベルだってよ」
「あの冴えないおっさんがレベル8ってマジかよ!?」
「まぁ、どうせすぐに死んじゃうんだろうけどね」
「マクシミリアン様の怒りに触れたのだから、それも当然!」
「がんばれよ、アベル! あのいけ好かないマクシミリアンをぶっ飛ばしてくれー!」
処刑広場には、驚くほど多くの人々の姿があった。先が見通せないほど人がごった返しているほどだ。
しかし、オレの姿に気が付くと、皆が細い道を開ける。その先には、木の柵で区切られた急ごしらえの決闘場があった。あそこで、オレかマクシミリアンのどちらかが死ぬまで戦うことになる。
罵声や歓声を浴び、まるで現実感が伴わないまま、オレは人々に誘われるように決闘場の中に入った。
オレが決闘場に入った途端、大きな歓声が響き渡る。
おそらくだが、ここに集まっている人々の大半は、オレとマクシミリアンのことなど、ほとんどよく知らない連中だろう。彼らは、命を懸け合った真剣勝負が見たいのであって、勝敗などどちらでもいいのだ。
いや、よく見ると、賭け事までしているらしい。そのオッズは、圧倒的なまでにマクシミリアン人気だった。
まぁ、マクシミリアンはレベル8ダンジョンを単独で攻略できる超人だ。貴族だし、顔が良いから人気があるのは知っていた。一方のオレはといえば、まったくの無名じゃないが、有名かと問われると、首を傾げざるをえない男だ。
誰の目にも勝利は明らかに映るだろう。
だが、こんなにも大勢の人間のほとんどが、オレの無様な死を望んでいるのかと思うと吐き気がする。クソッタレ!
バシッ!
俺は苛立ちを込めて両手で挟むように両の頬を叩く。寝不足のためか、どこか浮世離れした感覚が、ジンジンと熱を持つ頬のおかげで、やっとこれが現実であると認識し始めた。
この腐った現実を叩き潰してやる!
「ふぅー……」
オレは一度大きく息を吐くと、後ろを振り返る。後ろを振り返ると、クロエたちが暗い顔をしてオレを見ていた。
「叔父さん……」
「アベル……」
「アベるん……」
クロエたちがこんな不安そうな顔をしているのは、オレのせいだ。オレのあやふやな態度が、クロエたちをここまで追い込んでしまった。
オレは過去の自分を恥じ、クロエたちの前で跪く。
「不安にさせてすまなかった。オレはもう大丈夫だ」
「叔父さん!」
オレはクロエの頭に手を置きながら、『五花の夢』のメンバーたちの顔を見渡す。
しかし、クロエをはじめ、パーティメンバーたちに顔には、まだ不安の影が色濃く残っていた。
「大丈夫と言うのは簡単だけど、本当に貴方に勝機はあるの?」
「ちょ!? ベルベル!?」
ジゼルが驚きの声を上げるが、オレは、イザベルが敢えて厳しい言い方をしていることを分かっている。彼女は、オレの覚悟のほどを問うているのだ。
「だってアベるんだもん! 勝てるんだよ……ね?」
「叔父さんだもん! 当たり前よ!」
ジゼル、クロエがオレの勝利を信じる声を上げるが、そこにはどこか不安が滲んでいた。オレの勝利を信じ切れていないのだろう。
「大丈夫だ。オレを信じろ。必ず勝利してみせる。約束しただろ?」
「……うん!」
クロエは一瞬迷いを見せたが、迷いを振り切るように強く頷いた。
「お前らも、オレをもう一度信じてくれ。オレは必ず勝利をこの手に掴んで見せる」
「あーしは信じてる! 約束したもん! アベるんは嘘つかないもんね?」
「わたくしも、アベル様の勝利を信じていますぅ!」「まぁ、信じてあげるわ」
「んっ……!」
ジゼル、エレオノール、イザベル、リディ。『五花の夢』のメンバーたちと目が合う。彼女たちのキラキラした瞳が眩しい。皆、オレみたいな異物がパーティに入ることを了承してくれたいい子たちだ。彼女たちの信頼に応えるためにも、この決闘負けられない!
「イザベル」
「なにかしら?」
オレは、珍しく街中で黒のドレスを着ているイザベルに、収納空間から取り出した革袋を二つ渡す。イザベルは革袋の重さに驚きながら、胸に抱くようにして革袋を持ち上げた。
「こんな重い物を婦女子に持たせるなんて、紳士とは呼べないのではなくて?」
「そう言うなって。そいつの中身は、全て金貨だ」
「はい……?」
眼鏡をかけたイザベルの理知的な黒の瞳が、呆けたように見開かれるのが見えた。
「だから、そいつの中身は金貨だ。正真正銘のオレの全財産だな」
「これが全て金貨!?」
「おおおお叔父さん!?」
「金貨!? やべーよアベるん! そんな大金、早くしまわないと!」
「すごい量ですねぇー。お父様の商会の総資産よりも多いかもぉ」
「やべっ……」
色めき立つクロエたちを手で制して、オレは、クロエたちの後ろを指さしてみせた。オレの示した先にあるのは、賭博の文字。つまりは、オレとマクシミリアンのどちらが勝つのか賭けをしているのだ。
「全額オレに賭けてこい。オレが勝つからな!
「貴方……」
「勝ったら、お前らの装備の借金チャラでいいぜ? 悪くないだろ?」
オレは似合わないウィンクをして、クロエたちに言ってのけるのだった。