「わりぃな。切り札を借りちまって」
「アベルさんの役に立てるなら、そりゃあもう。相手はあのマクシミリアンです。少しでも勝率が上がるなら、なんだってしますよ。絶対、あの野郎をぶっ飛ばして、生きて帰ってください。私たちは貴方の勝利を願っています」
「助かる……」
冒険者ギルドに集まった冒険者たちから、マクシミリアンの情報や戦術などを聞き、彼らの切り札たる宝具を借り受けていく。本来、パーティの切り札になるような強力な宝具の存在は、秘匿されるべきものだろう。
しかし、彼らは快く宝具を貸してくれるどころか、その使い方まで伝授してくれる。これが異常事態というのは、よく鈍いと言われるさすがのオレでも分かるつもりだ。
この場に集まった冒険者たちは、本気でオレの勝利を望んでくれている。
昔、オレに世話になったからと協力してくれる冒険者が居た。ただただマクシミリアンのことが気に喰わないと言う冒険者も居た。理由はどうあれ、皆がオレの勝利を望んでくれている。
オレは、不覚ながら泣きそうだった。オレに協力してくれる冒険者が居るなんて、想像もつかなかったのだ。
オレの勝利を望んでくれている者がこんなにもたくさん居る。これは負けられないなと、改めて思った。
クロエたちとの約束もある。元よりマクシミリアンに勝つつもりだったが、その気持ちがより強くなった気がした。
やがて、冒険者たちからの話を聞き終わると、オディロンがオレの肩を叩いて口を開く。
「お前さんは皆に勝利を望まれておる。皆がお前さんが生きることを望んでおる。たしかに、相手は強大じゃ。じゃが、決して諦めてくれるなよ。友を一人失うなど、この歳になると堪えるでな」
諦めるな。オディロンの言葉にどこかハッとした気分がしたのは、オレが無意識に諦めていたからだろう。
こんなことじゃダメだな。クロエたちとの約束を守れない。
オレは人目も憚らずに両手で自分の頬を叩く。自分に喝を入れるためだ。
「しゃっ!」
頬がジクジクと熱を持つ感覚と共に、少しだけ目が覚めた気がした。
「どうしたんじゃ、いきなり?」
「いやなに、気合を入れようと思ってな」
「お前さんは……。昔からよう突飛な行動をとるのう」
「そうか?」
自覚はなかったが、オレはよく突飛な行動をとるらしい。変わった奴とか思われてそうだ。
だが、べつに構わない。それくらいのことでクロエが泣く未来を減らせるなら、いくらでも奇行してやるよ。
全ては、クロエが泣かなくてもいい未来のために!
◇
どんな祭りにも必ず終わりが訪れる。冒険者たちとの白熱した意見交換にも終わりがあった。
「お前さんには休息も必要だろう。このくらいでお開きにしよう」
このオディロンの号令に、否を言う者はいなかった。
冒険者から宝具と思いを託され、温かいものを感じながら、オレは帰路に就く。頭を巡るのは、どうしたらマクシミリアンに勝てるか。それだけだった。
頭の中で様々な想定をしては、切り捨てていく。なかなかマクシミリアンに勝てるような戦術は浮かんでこない。
それは、冒険者たちから託された宝具を使用したとしても同じだった。
思考がゴールの無い迷路に閉じ込められたように、右往左往する。
オレは、マクシミリアンのギフトの能力を知っている。
マクシミリアンは、オレが初めて冒険者としてパーティを組んだ時のパーティリーダーだった男だ。今ではソロのマクシミリアンだが、当初はパーティを組んでいた。そのパーティに荷物持ちとして強引に入れられたのがオレだ。
オレは、パーティの戦闘中にマクシミリアンのギフトの能力を後ろから見ていたのだ。
「どうすればいい……」
なまじマクシミリアンのギフトの強力さを近くで見てきただけに、マクシミリアンを倒すことは不可能に限りなく近いことも知っている。
宿に辿り着いた後も、オレの思考は回り続けていた。それなりの広さの宿の個室の中で、オレは思考に耽る。
バシュンッ!!!
夜闇を切り裂くように、ヘヴィークロスボウが唸りを上げた。
オレは焦点の合わない目で収納空間に撃ち込まれるボルトを見ながら、機械的にギコギコと巻き上げ機のハンドルを回していく。
ヘヴィークロスボウを操りながらも、オレの思考は打倒マクシミリアンの方法を考えていた。
「クソッ! どうすりゃいいんだよ……」
考えれば考えるほど、マクシミリアンの強さに圧倒される思いがした。
「負けられない……。オレは……負けられないんだ……」
宿の部屋の中で一人呟く。
決闘は明日の昼だ。もう時間が無い。
「時間さえあれば……」
最近、オレは【収納】の新たな能力をいくつも見つけてきた。【収納】のギフトには、オレもまだ知らない能力が隠れていることだろう。その中に、マクシミリアンを倒せるものがあるかもしれないのに……。
しかし、現実は非情だ。
今までいくら考えても辿り着けなかったものに、今更手が届くことは無い。
この短時間で、新たな能力を発見するのは不可能だろう。今ある手札で戦うしかない。
「どうする……アベル。考えろ……」
部屋の窓から、だんだんと明るくなっていく王都の街並みが見える。
結局、オレは一睡もできなかった。